17 こじれた心
くっそー!どうして思い出さないんだ。ここまで話してもダメなのか?伊織、思い出してくれよ。明希の心の中にたくさんの想いがあふれ出し、思わず涙があふれそうになって、ふいっと窓の方に顔を背けた。
「そ、そうかな。」
なんとか感情を押し殺してつぶやいた。
「ごめんね。長い話に付き合わせて。先は長いから少し眠った方がいいよ。」
「いや、興味深い話だったよ。話してくれてありがとう。じゃあ、お休み。」
少し寂し気な明希がアイマスクをするのを気になりながら、自分もケットを羽織ってアイマスクをつけた。それでも、伊織の中で、何か大切な物に近づいているような、なにかソワソワした感覚が渦巻いていた。
現地に到着すると、すぐにホテルのバスが迎えに来ていた。ホテルのロビーで簡単なオリエンテーションをすると、それぞれ割り振られた部屋に向かった。ホテルの1フロアを貸し切りにしているようだ。
指定された部屋に入ると、すでに同室の学生が荷ほどきを始めていた。
「やぁ、私は教授の研究室に所属している三上だ。君、冬野君だろ?教授が優秀だって、褒めてたよ。今回の研修では教授の補佐であまり部屋にいないと思うけど、よろしくね。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
三上は早速教授の部屋に行くと言って、出て行ってしまった。荷ほどきをしながら、伊織はふうっと大きなため息をついた。明希が同室でないことの失望と妙な安堵を覚えていたのだ。
時差の関係で、外はまだ明るいが体内時計はすでに深夜だ。いろんなことがあって眠くはないが、伊織はベッドによこになることにした。胸ポケットのムーンストーンをベッドサイドに置いて、ラフな格好に着替えると、横になって今日会ったことをぼんやりと思い出す。
「佐久間 明希か。青い竜に異世界転生…。まるでライトノベルだな。それにしても、思っていた以上に話易い。この研修で、もっといろんなことが話せたらいいんだが。」
伊織は、自分でも気づかないままベッドサイドのムーンストーンを握り締めて笑みを浮かべていた。
「もし、あの話が本当なら、どうしてそいつは佐久間君に気が付かないんだろう。」
歯がゆい想いが胸をよぎる。同じように一時期の記憶を失くしている自分とは、随分違う気がして、明希にそこまで思われている人物に微かな嫉妬を覚える。
翌朝、目が覚めると、伊織は早速朝食バイキングに明希の姿を探した。しかし、人気者の明希はすでに多くの学生たちに囲まれていて、傍に行くことはできない。途方に暮れていると、三上が声を掛けて来た。
「冬野君、こっちに席があるよ。良かったらおいでよ。」
「あ、ありがとうございます。」
今朝、目覚めたときには、すでに三上の姿はなかった。いや、部屋に戻ったのかも怪しい。少し眠そうな顔をしながらも、三上は今度の研修の興味深いポイントを、あれやこれやと話し続けた。教授をサポートするだけあって、話も面白いし、とても詳しい。伊織は思わず聞き入って、明希が帰っていくのにも気が付かなかった。
「じゃあ、ゆっくりして行ってよ。僕はまた教授の資料の準備に行くから。じゃあ。」
三上を見送ると、自分も急いで朝食を済ませた。明希と話したかったのに、しくじった。そんな後悔を覚えていると、テーブルから見える通りにイヤな人物を見つけてしまった。
「まずい。」
伊織は急いで食器を片付けると、すぐさま部屋に戻った。
研修も後半に入った3日目の夜、ちょっとした事件が起こった。彼らが借り切っているフロアに不審者が現われたのだ。客室のドアをのぞき窓から覗きまわっているところを、参加した学生が見つけて通報したのだ。大き目のフードを被ってマスクをした姿は、身元を隠そうとしているのがあからさまに分かる。自分の部屋が分からなくなったと言うが、ホテルの宿泊客名簿にその名前はなく、警備員に事情聴取されたという。
幸い、何の被害もなかったので、大きな騒ぎにはならなかったが、教授からは、しっかり鍵を掛けるようにと通告があった。
翌日は、自由行動だった。研修内容はすべて終わり、参加者たちがあちらこちらに自由に集まって、それぞれの見解を述べ合っていた。明希はサイトに来る学生たちとカフェで話し合っていた。そんな明希を探してふらふらしていた伊織は、活発に意見を出し合っている目的のグループを発見すると、思わず顔をほころばせた。
時折、面白い見解が聞けると、皆がわっと一斉に笑う。
―佐久間君という人は、本当に人たらしだなぁ。―
そんなことを考えながら、進んでいくと、笑い声に割って入るように女性客の悲鳴が聞こえた。
「ん?どうかした?」
「アンタのせいよ!」
振り向いた明希の声に重なって、恨めしい声をあげて突進してくる人物がいた。手元がギラっと光って、刃物を持っているのが分かった。伊織はとっさに明希の前に飛び出してその腕を打ち払った。反動で床に倒れ込んだ人物を、周りにいた学生が取り押さえた。 床には、ポタリと真っ赤な血がこぼれている。
「伊織?…大丈夫か!伊織!」
驚いて伊織に声を掛ける明希の声を聞いて、頭をかち割られたような痛みに襲われた。すぐに警察がやってきて、取り押さえられた人物のフードをめくると、ツインテールの髪が露わになった。萌絵だった。そのまま警察は狂ったように騒ぎ立てる萌絵を連行し、後からやってきた救急車で、明希に付き添われた伊織も搬送されていった。
伊織の傷は幸いにも小さな切り傷だけで、すぐに帰国することができるという。病院に付き添っていた明希と伊織の元に、警察がやってきて不思議なことを訪ねた。
「君たち、川村 沙也という人物を知っているか?」
「川村…?そういえば、中学時代にそんな名前の奴、いたよな。え?もしかして、さっきの犯人なの? なんだか感じがちがうなぁ。」
「何かの間違いでしょう。あいつは同じ大学に通っているんだが、粘着質で参ってたんだ。だけど、萌絵って名乗ってたんだけど。」
「いいえ、パスポートの名前は川村 沙也です。本人に間違いありません。」
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