16 記憶のシルエット
集合場所は飛行機の離発着が見える待合ロビーだ。速足で向かう伊織の目に、なごやかな集団が飛び込んで来た。先ほどの集団とは違う知的な顔ぶれだ。教授のゼミに参加している顔見知りも多いが、見知らぬ人たちも参加しているらしい。
「いよいよ会える。」
空港で萌絵に出会ったのは予想外だったが、今はサイトの主を探したい。近づくと、一か所に大きな輪が出来ているのが分かった。一歩踏み出そうとしたとき、再び萌絵に捕まってしまった。
「もう!勝手に行かないでよ。」
「はぁ?いい加減にしてくれよ。君はゼミの研修には入っていないだろ?」
「なによ。冷たいわね。」
絡んでくる萌絵を拒絶しながらも、視線はサイトの主であろう輪の中心に向かっていた。
「ああ、あの人が気になるの? Nostalgic Placeのアキって人よ。本名は、佐久間 明希。私たちと同学年で、南国の風土に詳しいんだって。」
「佐久間…。」
その時、伊織の中で何か大切な物に触れられそうな妙な感覚があった。もうずっと抱えていた大切な何かへの喪失感だ。
じっと考え込む伊織の前に進み出る者がいた。
「やぁ、冬野君、久しぶりだね。」
「佐久間、くん? えっと、どうして僕の名前を…。」
言いかけたとき、教授から集合の号令がかかった。
「行こうか。」
人懐っこい笑顔で促されると、反対側の腕がぐいっと引っ張られた。萌絵だ。
「もう、私と一緒に行くんでしょ?」
「やめてくれないか。君はゼミの研修には参加していないじゃないか。もう離れてくれ。」
困惑する様に二人を見ていた明希だったが、伊織がはっきりと拒絶しているのを見て安心したように伊織を誘った。
「さぁ、行こう。」
「ああ。」
そのまま搭乗口に流れ込んだ研修の団体は、ぞろぞろと飛行機に乗り込んでいった。遠巻きにしている萌絵には、近づくことはできない。
渡された席に座ると、伊織の隣は明希だった。
「俺の事、覚えてないかな?同中だった佐久間明希だ。研修の間、よろしくね。」
遠慮するような、伺うようなそんな明希の様子は、空港で見かけたあのはつらつとした表情とは全く違う対応で、思わずたじろいだ。同中だというのに、思い出すことが出来ない。
「ねえ、この写真見ても、思い出せないの?あなたたちは、とっても仲が良かったのよ。」
懇願する様に問い詰めていたあの頃の母の表情が思い出され、不安が募る。あの時のあなたたちって、誰の事だったんだろう。見せられた画像も記憶がぼやけて思い出せない。
「よろしく。」
それだけの言葉しか言えない自分が情けないと思った。なんとか隣り合わせになったこのチャンスを生かしたい。思いめぐらせる伊織は、胸ポケットに入れていたムーンストーンに気が付いた。
「あの…、『Nostalgic Place』、よく見せてもらってるんだ。さっきも空港で見たけど、すごい人気だね。」
「あ、ああ。有り難いことだよね。 俺の父さんが現地で研究を続けているから、その影響が大きいんだろうね。」
明希の話を聞きながら、右手が無意識に胸ポケットのムーンストーンをシャツの上からなぞる。
「あのサイトの副題にある、ムーンストーンに願いをって、どんな意味が込められてるの?」
「うん、そうだな。今の伊織なら、聞いてくれるかもしれないね。」
「え?」
少しほっとしたような表情になって、明希は自分のカバンから小さなムーンストーンを取り出して掌の上でそっとなでた。そして、ゆっくりと語りだした。
「これは、単純にネットで買った石なんだけどね。中学生の時、俺はちょっと不思議な体験をしたんだ。笑わないでくれよ。その頃、自分には大好きな友達がいたんだが、俺がクラスの奴に絡まれているのを助けようとして、階段から落ちて意識を失ってしまったんだ。俺が落ち込んでいるのを見て、母さんが父さんのいる南国の島に連れて行ってくれたんだが、帰りの給油地の島で青い竜が中で動いているムーンストーンを見つけたんだ。」
明希は、そのおとぎ話のような冒険談をちゃんと聞いてもらえるのか不安だった。それでも、じっと真剣に耳を傾けてくれる伊織に、微かな希望を見出して、語り続けた。
「それから、こちらの世界に戻って来て、すぐに彼の病院に駆け付けたんだ。そして、彼の手にムーンストーンを握らせて祈った。そうしたら、奇跡的に意識を取り戻したんだ。いや、偶然かもしれないんだけどね。あの頃の俺には、必然だと思うのに十分だったんだ。本当に、嬉しかった。」
今でもその話をすると、胸の奥からうれしさがこみ上げてくる。気持ちを抑えようとふうっと深呼吸する明希を、伊織はじっと見守っていた。
「だけど、それから数日後に、彼は記憶を失くしてしまったんだ。今でもきっとそのままなんだろうと思う。だけど、俺は今でも親友だって思ってる。いつでも記憶を取り戻したら、以前のような関係に戻りたいと思ってるんだ。」
思わず熱く語ってしまった明希は、照れ臭くなって下を向いた。そのすぐそばで、ぽろりと伊織の言葉が聞こえて来た。
「そこまで大切に想われているなんて、その人が羨ましいな。」
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