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露程も知らない幻想組曲  作者: 熱帯長草草原地帯
第十一章 大男と精霊
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過去からの贈り物⑤

 勇ましく鬨の声を上げた第三連隊は進軍を開始した。

 その人数300。第一連隊の半分程しかいない。それもその筈、シュタリア大陸の中で一番の小国。平時は少数精鋭で練度の高い軍隊、それで充分だった。第三連隊、第四連隊は予備役の退役軍人が招集され構成している。

 対して敵は攻撃を当てる事さえ難しいと思われる三頭獅子(ケルベロス)。それに付き従う数えきれぬ獣。

 単純に比較するべきでは無いが数だけ見れば圧倒的に不利な状況。防衛戦は防衛する側が有利と言うのが定説だが今回は村へ敵を近付ける事が危険な為打って出るしかない。

 部隊は進む、20の小隊に分かれ木々の間を。吹き溜まりを避け雪を踏み締めながら。

 前方から足下からどっどどどどと押し寄せてくる震動。


「アイシクルレイン!」

「ストーンバレッド!」

「バーンウォール!」


 あちこちから響く詠唱の声を合図に戦闘が始まる。

 氷柱の雨が降り、石礫が飛び、炎の壁が突如現れる。

 防具も無い獣に魔法を避ける術はない。次々に倒されて行くウルフ。

 蹂躙と言っても過言ではない攻撃力、魔法で撃ち漏らしたウルフは剣で止めを刺される。しかし。


「止まらんか……」


 ウルフは隊列を組むでもなくただ村に向かって走ってくる。先頭が倒され炎の壁が出来てもその後に続くウルフは一心不乱に足を止めず突っ込んで来る。攻撃を受け、傷付いたウルフすら怯む事が無かった。このままでは敵に飲み込まれる。

 僅かな期待も虚しくその光景を目の当たりにした第三連隊指揮官は即座に指令を出す。


「敵の数を減らしつつ村迄後退。」


 合図の太鼓が打ち鳴らされる。


 トーントーントトン

 トーントーントトン


 じりじりと後退を始める小隊。指揮官自身も攻撃を続けつつ素早く周囲を確認する。一際大きな音がする戦場に暗闇が現れた。


 闇の王(プルートー)の影


 その禍々しく異様な姿。

 黒い黒い雲が湧き押し寄せる闇の中心、更に深い暗い塊が有る。目を凝らしても見通せない様な闇の奥に更に凝り固まった黒い塊。その塊から発せられる威圧感が三頭獅子(ケルベロス)の象を見せているようだった。


「ここまでか…」


 戦場に立つ兵士達は悟った。決して勝てない敵がいると。

 悪夢のような敵に恐れを抱きつつ目の前の敵を倒していく。戦場が死地になろうとも抗う事を止める事は無い。その背後に守るべき者がいるのだから。


 ……………………………………………


 慌ただしく走り寄ってきた兵士に誘導されマノ達朝焼けの歌を練習していた者は移動をする事になった。


「マノ!マノ!」


 マノが振り返るとキュトの姿が人だかりの中に見えた。こちらへ来ようとして兵士に止められている様だった。

 マノは急いでキュトの下へ向かう。マノが向かう先を見てナジンが神官に声をかけてくれている。


 キュトはマノ達が演奏をしている姿を見ていた。

 広場の手前で片付けをしている父親とは既に話をしていた。

 父親達は荷物を纏めて荷馬車と馬を避難させようとしていた。一緒に付いて来るようにと言われたがマノが心配だからと断り広場の隅でマノを見守っていたのだ。

 兵士から避難するように言われたが家族が心配で同じように停まる者も多かった。

 マノ達の移動が始り堪らず駆け寄りたかったが兵士に止められた為に声を上げたのだ。


「キュト。」


 キュトの前に辿り着いたマノが声をかけた。

 その顔には不安気な様子が表れていた。

 そしてキュトは同じ表情が自分に浮かんでいると気付く。

 己の不安ではなく他者を気遣う心。それはキュトを心配する表情。


 …そうか…


 交錯する視線。

 既に覚悟が決まっているのだと分かった。キュトも覚悟を決めた。

 マノに確認の為に話しかけた。


「行くんだね?」


 キュトは問う。


「うん。」


 マノは答えた。

 それだけでキュトには充分だった。胸元から革袋を引き出しマノの首へ掛ける。

 精霊の守り(フローライト)が少しでもマノの力になればと思って。


「僕の分も守って貰って。父さんと一緒に待っているからね。」


 それだけ伝えると踵を返しキュトは走り出した。

 マノもその後ろ姿を見詰める事はしなかった。同じ様に踵を返し先へ進んだ。ナジン達に合流すべく歩き始めた。胸に下がる二つの革袋を握り締めながら。


 ………………………………………………


 峰司とヒダッカが進み出て三大精霊と挨拶を交わす姿に衝撃を受けた。

 だが何故かああそうかと納得する自分が居た。

 この不可解な件の始まりはヒダッカがウルフに追われうろに逃げ込んだ所から始まった。

 森を熟知している俺達狩人も気付けない秘された精霊の道。そこへリンの加護を受け導かれたって事か。

 寒さではなく鳥肌が立った。

 子供の頃から知っているヒダッカが少し遠く思えた。


「その剣はな精霊の力を溜め込んで放つ事が出来るんだそうだ。」


 一振りの剣をヒダッカに渡しながらロブレシア様が言う。


「強力な武器だが三頭獅子(ケルベロス)とは相性が悪くてなひとまず我々で預かっていたのさ。」


 フォムン様の言葉に首を傾げるヒダッカ。意味が分かっていないのだろう。

 魔力についての話になると途端に理解力が落ちる。師匠に教わってその毛嫌いと言うか食わず嫌いと言うか少しは治まったと思ったんだがな。


「ヒボラ説明してくれ。」


 ヒダッカは俺を振り返り心底困っているという表情を浮かべる。いつもの様に。

 …魔力関係はお前の専門だろう?…

 その信頼に俺は子供の頃から応えて来た。そこらの攻撃魔法使いよりもよっぽど知識は有ると自負している。

 教えると言うのはただ自分が魔法を扱うよりも難しいのだ。教えてる内に自分が楽しくなってしまい詳しくなったと言うのも多分に有るが。

 今も俺が分からないと答える等とはヒダッカは微塵も考えていないんだろう。

 面倒だが俺はその信頼に応えてやるぜ。


「少しお伺いしても宜しいでしょうか?」


 俺はフォムン様に歩み寄り尋ねた。

 威圧感を出しまくってるロブレシア様が怖いとかでは無いぞ。(リベルト)様を撫でる事に夢中なプログレヤ様に尋ねるとかも無いしな。目下の者から話しかけると非礼だとかもこの場合許されるだろう。


「どんな事だ?」


 フォムン様は俺の質問に快く答えてくれた。

 俺が確認したい事は二つ。

 精霊の力は三頭獅子(ケルベロス)の餌となるのか。

 ラッセルの技とはウォータークリアの事なのか。


三頭獅子(ケルベロス)は力を取り戻す為に精霊の力を欲していて、剣に蓄えられた力も餌となると?」

「そうだな精霊の力は喰われればそのまま奴の力となるであろう。」

「それで今回の戦では相性の悪い武器と言うことなんですね。」

「そうだ。」

「そしてラッセルの技とは浄化の力もしくは聖化の力とでも言うべきヒダッカのウォータークリアの事で宜しいのでしょうか?」

「そうだ。聖化と云うのが本来の呼ばれ方だった。何故そんな風に伝わったのかは知る由も無いが。」

「ありがとうございます。」


 そのままでは餌となってしまう精霊の力も聖化状態で有れば三頭獅子(ケルベロス)に対抗出来ると言うことか。

 今までヒダッカのウォータークリアには何度も助けられていた。普通より旨い水程度に思っていたがそもそも違う魔法だったと言うことか。

 黒い泉をウォータークリアとか良く考えればおかしな事だ。触れる事も厭う影の塊みたいなもんだったんだから。

 転移の魔方陣や空中に投げ出された衝撃なんかで感覚が麻痺していた。聖化と言う特殊な魔法だったから出来た事か。

 聖化の魔法を体系的に残す方法とかを考えたいがそこら辺はクダナが喜んで協力してくれるだろう。

 そんなことを考えつつヒダッカを振り返る。


「その剣にウォータークリア出来るか?」

「やって見ないと分からんが…」

「アイスブレードを作ってみろ。それからウォータークリアで良いと思うぞ。」

「ああ。」


 程なくして翠に揺らめくアイスブレードが完成した。

 そこからもう一度魔力を練りあげている。


「ウォータークリア」


 アイスブレードが微かに発光する。


「どうだ?」

「やるなヒダッカ。一回で出来たかぁ!」

「格好いいね。光ってるよ。」

(アイス)(ホーリー)(ブレード)と言ったところでしょうか。」


 ノアタとクダナもヒダッカの剣を見詰める。


「ほう、早速この剣を使いこなしているのか。」


 俺達を見下ろしていたロブレシア様が感嘆の声をあげた。良し、この方向で正解だったみたいだ。


三頭獅子(ケルベロス)本体に止めを刺す事は出来ぬ……だがその剣ならば黒い影を引き裂き対向手段と成り得るだろう。」


 フォムン様から発せられたのは近付く事さえ難しい三頭獅子(ケルベロス)に対して心強い言葉だ。


「作戦は頼むな。」


 面倒な事はヒダッカに任せよう。

 俺はヒダッカの肩を叩いた。

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