過去からの贈り物⑥
パーシュル村の防御壁の上に年齢も性別もばらばらな寄せ集めの楽団が並んだ。
防御壁には人が二人擦れ違える程の幅しかない。
それぞれ縦笛、横笛、竪琴、太鼓弓弦楽器、撥弦楽器、多種多様の楽器を手に村の外へ向かって一列に立っていた。
その視線の先に迫り来る黒い雲の様な影に向かって楽器を弾き鳴らしている。
しかし覚えたての朝焼けの歌を奏でる面々の表情は硬い。
その硬さは寒さの為か恐怖の為か分からないが必死に奏でているのは確かだった。
楽団の皆が頑張っているのを神官は充分に分かっていた。それでも楽団を見詰める神官には歯痒かった。
ラクル神官パッヴァ様の歌は素晴らしかったと思い出す。自分の指導力ではそこまで到底及んでいないのが悔しかった。
既に森の中では戦闘が始まっている。だがその戦列は少しづつ後退している様だった。
「頼む…逸れてくれ……」
森へ向かって思わず呟いてしまう。
あれが村へ到達したら……
神官も手にした竪琴を掻き鳴らす。
……………………………………………
戦況は芳しくなかった。
徐々にウルフに囲まれる少隊が増えていった。
助けに行こうにも皆自分の周りのウルフを倒すのが精一杯だった。
視角から飛び込んでくる鷲や鷹、そして何より恐ろしいのが黒い影を纏ったウルフだった。
「うわぁっ!」
影を纏うウルフへと剣を切り結んだ兵士は剣を取り落とした。
「何やってんだ!」
援護に回る兵士が二人。
「ウインドカッター!」
「アースランサー!」
ザシュッ ドスッ
二人の魔法で黒い影を纏ったウルフが倒される。
「すまん…助かった…」
ウルフを焼き尽くし消え行く黒い影を見つめながら剣を取り落とした兵士は苦しげに言った。
「お前!その腕…」
「ああ、しくじった。」
兵士の腕は指先から肘まで黒く焼けただれていた。
小隊長は厳しく声を発する。
「急ぎ村まで後退。影へと触れればどうなるか、攻撃魔法で黒い影を纏ったウルフが倒せる事。両方を本部へ報告せよ。」
「はっ!……小隊長もどうかご無事で。」
利き腕が使えない兵士は悔しげに返答をして走り出す。
戦力に成らない自分が部隊のお荷物に成らない為、そして貴重な情報を届ける為に。怪我をした身体で独り決死の逃走をはじめた。
………………………………………………
櫓の上で警戒をしていた兵士は驚きぽかんとその物体を眺めた。
一人の神官、そして大きな水球から身体半分を出した魚人が三人。
突如目の前の空中に現れたのだ。
神官はふよふよと漂いパチンッと音をたてて防御壁の上に立った。
「いやはや…この年で空を飛ぶ事になろうとは…」
その呟きは兵士には届かない。
「ラクル先生!来てくださったのですか!」
「ああ、他の村はひとまず安心の様だからな。」
「あちらはパッヴァ様ポルヴォ様ビューユ様ですか?」
「そうだ、助太刀を申し出てくれた。」
「なんと有り難き事…」
そんな二人の会話を知ってか知らずかパッヴァは楽団の前に移動して中空に留まり話しかけた。
「なかなか上手い演奏だね。だけどちょっと力が足りないみたいだね。村の民から集めた精霊の守りを持って来て貰えるかい?」
「直ちに!」
最後の言葉は兵士に向かって発せられた。兵士が動き出す。精霊の守りは纏めて別の場所に置いて有った。三頭獅子が村へ到達してしまったらそれを差し出し民を守る様にとの思惑だった。しかしそれは同時に三頭獅子の力を強くしてしまう苦肉の策だった。他の使い途が有るならばそれに従う事は願ってもない事だった。
続けてパッヴァは楽団へ向けて優しく言葉をかけた。
「一旦曲を鳴らすのをやめとくれ。」
その言葉に不安そうにする楽団の者達。
目の前の不思議な生き物が話に聞いた魚人だろう。自分達が奏でる朝焼けの歌をシュタリアへもたらした者。しかし遠くに見える黒い影はこちらへ迫ってきている。不安そうにちらちらと見合う面々。
神官が手を挙げたのを見て徐々に楽器を降ろす。
「今から朝焼けの歌を歌うからしっかり聴いとくれ。」
パッヴァ、ポルヴォ、ビューユの顔に浮かぶ青い鱗が輝きだす。不思議な幾何学模様のそれは美しく顔を引き立てる。
そして紡ぎ出される歌声。
“ 珊瑚の舞台に描きましょう
群れて泳げば水玉模様
貴方は何を描きたい?
想いのまま踊り魅せて
浮かび上がるの花模様 ”
「さあ今度は合わせて一緒に弾いとくれ。」
マノの竪琴がポンッポロンッと音を立てる。
それを見てパッヴァがにこりと笑う。
「ありがとう。」
曲に合わせて再び歌いだす。それに他の者も続けて音を合わせ奏で始める。
“ 珊瑚の舞台で歌いましょう
風雅な調べ貝殻に込めて
貴方の元に届けたい
幾重に寄せて震わせて
寄り添いたいのいつまでも ”
「そのまま続けて……」
懸命に音を合わせて行く楽団の演奏は先程迄の物とは全く別の曲の様だった。
“ 珊瑚の舞台を彩りましょう
雲の上から流れる光で
貴方を染めるの七色に
暁宮は照らされて
迎える命の芽吹きを ”
そして繰り返す。黒い影の事など楽器を奏でる者達の意識からは消えてしまっていた。ただただ歌に合わせて奏で続ける。
硬かった表情が徐々に変わっていく。その顔色は赤みを取り戻し、真剣だが穏やかな表情に変わっていた。
「精霊の守りが届いたよ。」
ポルヴォの言葉にパッヴァが顔を横へ向けた。精霊の守りを運んできた兵士が楽団の端に控えて居た。パッヴァは兵士へ向けて自分の目の前まで精霊の守りを持ってくる様にと指し示す。
兵士は楽団のほぼ中央へ精霊の守りを置き下がる。
歌い続けるビューユと合わせ曲を奏でる楽団の目はパッヴァを追っている。
「さあ、妖精!じゃなかった精霊!闇の王の影に喰われるより私達に力を貸しとくれ!」
パッヴァの言葉に呼応するように精霊の守りが揺らめき光を放つ。
輝く光がパッヴァへ、ラクルへ、ポルヴォへ、ビューユへ、そして楽器へと吸い寄せられて行く。
魚人三人の顔に浮かぶ青い鱗が作る模様が更に輝く。それと同時に皆が手にする楽器も輝き出す。
音圧が増し低音は深く響き高音は更に伸びやかに空へと舞っていく。
にわか仕立てとは思えぬ今生で最高とも称されるべき演奏。
マノは弾きながら涙が零れるのを止められなかった。
マノは自身とキュトから託された精霊の守りが温もり、輝いている事に喜びと幸福を感じていた。そして気付けば自分も声を出せる奏者達と一緒に精霊の力の籠った声で歌い出していた。
ラクル神官は驚きその声に聞き惚れそして涙した。
パッヴァが優しく皆を見つめる。
「人族もやろうと思えば出来るじゃないか。」
魂を揺さぶる音色が戦場へと流れ出す。
兵士達は懸命に戦いながらその音を聞いた。目の前の敵を倒しつつ未だか未だかと待っていた朝焼けの歌だと知る。固唾を飲んで見詰める兵士達。
その先に居た黒い雲が沸きだす塊、三頭獅子は一瞬足がとまった。そしてまるで音色にぶつかったかの様に後ずさる。
徐々に向きを変え加速するように逃げ出していく三頭獅子。黒い影を纏った獣も付き従う。
それを見た兵士達からどっと歓声が上がる。
「おいおいおい!気抜いてんじゃねえぞ?こっからはウルフ殲滅戦だ。下っぱどもに村へ入られちゃ堪らんからな!」
それは戦場に頼もしく響き渡る第四連隊隊長の大音声だった。それに続く鬨の声。
頼もしい援軍に力尽きそうだった第三連隊の部隊もそこかしこで同意の鬨の声を上げる。
戦場に美しく響く朝焼けの歌と鬨の声は不思議と溶け合い大地を揺らした。




