塔を後にして
塔を後にして俺達はケット先生の研究室へ向かう。
「なぁ今日も手土産買って行こうぜ?」
「ああ、構わん。」
「うん。昨日のお店が良いかな?」
間の悪い事に昨日の菓子屋が定休日だった。結局昼近くになってしまった事も有り自分達の分と合わせて魚のフライと野菜の酢漬けを挟んだパン、挽肉の腸詰めをくるくると巻いたパンそれぞれを5個づつ買った。
受付には昨日と同じ人が居てそのまま2階へ上がって良いとの事だった。クダナさんが連絡しておいてくれたのだろうか?
「「「こんにちは。」」」
色褪せた黄色の扉の前で声をかける。
クダナさんが直ぐに扉を開けてくれた。
「遅くなってすみません。」
「いえ、構いませんよ。」
「あの、お二人で食べてください。」
あらかじめ分けて包んで貰ったパンを渡す。
「お気遣い恐れ入ります、良い香りですね。丁度お昼を食べようかと思っていました。」
「実は私たちも同じものを買ってきてます。」
「皆で食べましょうかね?」
「ご都合が宜しければ……」
「はい。少しお待ちくださいね。」
昨日と同じ長椅子に案内されて座って待つ。今日は奥の扉を開けたままクダナさんが中に入っていく。
「……先生。差し入れを頂きましたよ。書類は出来ましたか?」
「もう少しだ。」
「じゃぁ早く仕上げてください。」
「儂腹が減ったな。」
「……ですから早く仕上げてくださいね。終わったらお昼を食べて良いですから。」
クダナさんとケット先生の話が聞こえて来る。仕事の途中のようだ。クダナさんが戻ってきた。
「先生はまだ時間がかかりそうなので先に食べましょうか。私はお茶を淹れますね。」
「……宜しくお願いします。」
席を外したクダナさんを見送り俺達は少し居心地の悪さを感じつつ声をひそめ話す。
「書類が出来るまで昼食べちゃダメって聞こえたよな?」
「クダナさんが先生みたいだね?」
「俺達に話すときより迫力有ったな。」
クダナさんが戻ってきて皆で食事を取る。最初は当たり障りの無い会話をしていたが遂に堪えきれなくなりノアタが尋ねた。
「あの、ケット先生はまだ?」
「今日が締め切りの書類が有りましてね、もう少しお待ちくださいね。」
「そうですか。」
ヒボラが続ける。
「ケット先生のご専門は?」
「元々は海洋学者と言うか色々な海の不思議についてお調べだったのです。」
「……精霊の道についてでは無いのか?」
「ええ。しかし全く関係が無い訳では無いのです。余り知られていませんが……この大陸は海に囲まれていますが大海に出ると或る場所から先へは行かれないんです。」
「あの、先へ行かれない?」
「ええ。例えば真っ直ぐ北に進んでいても或る場所まで行くと風が変わり先へ進めず南へ進路が戻されているんです。」
「どういう事でしょうか?」
「私達は結界が有ると考えています。シュタリアの祖先が来たと言われている大陸を探そうと何人もの方が海へ旅立ちましたが、不思議と近海までしか進めないのです。」
「何故結界だと?」
「これは内密の話ですが。私達は結界の外から来た魚人族の方からお話を聞きまして。」
「魚人族?」
「ええ。クファル先生とケット先生が海に出ていた時にお知り合いになられて。海で生きる方達です。近々その発表が有るので先生は忙しいんですよ。発表されるまで他言無用でお願いします。」
「「「……」」」
俺達は驚き過ぎて質問すら浮かばない。
「驚くのも無理が無いですよね。私も最初に聞いた時は信じませんでした。」
「あのクダナさんはどうしてそれを信じたのですか?」
「お会いしましたからね。魚人族の方と。」
「「「……」」」
「なんじゃ儂より先に話してしまったのか。」
いつの間にか一人の大男が俺達の側に立っていた。50代くらいのどこかクファルさんに似ている逞しい顎髭を生やした人だった。
「クダナ、終ったんじゃ。昼食を食べさせてくれ。」
どかっとクダナさんの横に座りニカッと笑った。クダナさんにお茶を注いで貰い食事を始める。クダナさんはちょっと失礼しますと奥の部屋に入って行ってしまった。
大男はばくばくと大きな口でパンにかぶり付く。俺達は既に食べ終えていたので食事が終わるのを待つ。
「旨かった!待たせて済まんかったな。儂がケットじゃ。」
「はじめまして、ヒボラと言います。」
「僕はノアタです。」
「ヒダッカだ。」
「クファルの紹介じゃぁ遠慮はいらん。何から聞きたいんじゃ?」
俺達は顔を見合わせた。質問したい事が有りすぎる。ヒボラが口を開く。
「結界とは何でしょうか?」
「そうじゃなぁ見えんし触れんが世界の区切りみたいな壁が有る。昨日の本は三人とも読んだか?」
俺達はうなずく。
「でも難しくて……」
「まぁそうじゃろう。あれは色んな書物から結界に関係が有りそうな所を掻き集めたものでな。光の女王の謎って所だけは海の男達から聞いた話しなんじゃ。海の男は物語が好きでな、迷信深い者も多い。」
「そう、ですか……」
「壁の外に出る手掛かりを求めて俺はクファルと一緒に海で調査をしていたんじゃ。クファルは海の生き物について研究しておった。でな、魚人族に会った。」
ケット先生は顎髭を触りながら魚人族について話し始めた。
「魚人族と出会ったのは10年以上前の話だ。儂らはな壁の近くで水流や海の生き物を調べていたんじゃ。船は通れずとも海はずっと先まで続いているように見えていたからな。その日は他とは違う生き物がいる場所に錨を下ろし海の中に入って水流を調べる調査をしておった。しかしなぁ調査結果に儂らはがっかりした。海は大きな池じゃとな。」
「大きな池?」
「壁の向こう側とこちらでは海水すら行き来していない、見えない壁に閉じ込められた池みたいなもんじゃ。
水中に特製の灯りを閉じ込めた浮きを幾つも沈めてな、壁の外との水流が有れば浮きが動いて分かるよう仕掛けをしたんじゃ。何度か場所を変え繰り返したがどの場所にも水流は無かった。閉じ込められ逃げ出せないそんな気持ちになったな。」
ケット先生はがっかりしたことを思い出したのか大きく肩を落とした。
「その日の調査を終えふと潮の満ち引きについて思い出した。海は干潮や満潮って言って季節や時間によって水面の高さが変わるんじゃ。調査はいつも日中に行っていたが夜の間に流れが変わるかも知れんとな。その日は浮きを沈めたまま俺とクファルが見張ることにしたんじゃ。」
空のカップに戻ってきたクダナさんがお茶を淹れてくれる。皆無言でお茶を飲む。
「日が落ちると暗い海に儂らの浮きだけがぼんやりと光っておった。その日は新月でな、星も雲で隠れてしまって寂しい海だったよ。クファルとこの先どうするかって話してた。儂はもう壁の外に行くことを諦めかけてた。そしたらな、浮きが動いたんじゃ。幾つも動いた、目の錯覚でも大きな魚が触れたとかでもない。それに錨を下ろした儂らの船も揺れた。寝ていた船員も皆起き出して船の上は大騒ぎじゃった。そのうちに誰かが叫んだんだ大きな魚が寄ってきたぞって。船縁に行灯を並べて海面を覗き込んだ。」




