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露程も知らない幻想組曲  作者: 熱帯長草草原地帯
第七章 試練の泉
53/106

町の桟橋に

 町の桟橋に戻り、板を渡してもらい船から降りた。


「おじさんありがとう。」

「世話になった。」

「ありがとうな、峰司(ほうじ)の帰りも宜しく頼むよ。」

「任せてくださいよ!」


 気の良い水夫と別れた俺達はモーリット先生の知り合いの所へ向かう。


「ヒボラ場所は分かるか?」

「ああ。けどその前にちょっと寄って行きたい所が有るな。」

「何処に行くの?」

「交渉を上手く進めるには手土産だろ、やっぱり。ヒダッカその知り合いの名前と家の場所以外でどんな人かとか聞いたか?」

「いや。爺さんだろう?」

「う~んどうかな?モーリット師匠はけっこう顔が広いからな……」

「酒で良いんじゃないか?」

「蜂蜜はどうかな?」

「……なんか良いもん有るか見てみよう。」


 ヒボラは小声で何か言っていたが諦めたように歩き出した。ヒボラは面倒くさいと言いつつもこんな時は率先して動いてくれる。ベアーの交渉の時も上手くやってくれたしな。

 モーリット先生の知り合いはクファルさんと言う名前だ。神殿の町に住む人と聞いて精霊の研究をしている魔法使いだと思っていたが……違うのか?


「なぁ、ヒボラ?もしクファルさんが神官だったらどうするんだ?」

「まぁ神官でもモーリット師匠の知り合いなら変な事には成らないと思う。だけど面倒そうなら別を当たろう。」

「別って?」

「神殿の町のギルドでは最新の学術書が閲覧出来るんだよ。研究者も多い場所だしな。前にちらっと目を通したけど専門外のは読むのが難しいけどな。」

「わぁ学術書か……ヒボラは色々勉強してるんだ凄いね。」

「まっまぁな。」

「……俺は役に立たなそうだな。」

「僕もだ……クファルさんが頼りになると良いね。」


 そのあと俺達は真剣に手土産を選び茶葉と昨日は売りきれていた人気の焼き菓子を持ってクファルさんの家に向かった。


「こんにちは。」

「クファルさん、いらっしゃいますか。」


 神殿の町には湖に面して大きな建物が多い。

 庭に桟橋が繋がっていて自家用船を所有する裕福な者も多い。

 クファルさんの家も湖の近くだ。

 凝った造りの家や庭を眺めつつ向かった先に在ったのは両側を大きな建物に挟まれた小屋とでも表現出来そうな小さな家だった。


「ここで合ってるよね?」

「たぶん……」


 俺達が玄関の前で戸惑っていると家の裏手から訝しげな表情を浮かべ警戒を露にした男が出てきた。


「クファルは儂だ。今日は誰とも約束はしとらん。」

「突然お伺いしてすみません。モーリット師匠の紹介で来ました。お話しを聞いて頂けませんでしょうか?」


 不審そうな様子のクファルさんにヒボラは最大限に敬意を払って話しかけた。

 俺とノアタも真面目な顔で側に控える。


「モーリット先生の弟子?先生は元気にしとるか?」

「はい、お変わり有りません。」

「そうか、そうか何よりだ。モーリット先生の紹介なら大歓迎に決まっとる。ここは狭いし散らかっとるから、近くで飯でもどうだ?」


 態度を豹変させて俺達の手を順々に握りにこやかに挨拶をしてくれた。驚きこっそり顔を見合せたがもちろん提案を受ける。


「はい、宜しくお願いします。」

「ちょっと準備してくるからしばらく待っとれ。」

「「「はい。」」」

「あの、これ良かったらお召し上がりください。」


 ノアタが手土産を渡す。


「うん?気を遣わんで良かったのに。」


 玄関を開けてクファルさんが家の中に姿を消した。


「えっと、神官では無さそうだね?」

「まっまぁ悪い人じゃ無さそうだな?」

「ああ……」


 クファルさんは五十代の顎髭を生やした男だった。身長は俺と同じくらいだろう、日焼けをして逞しい腕は学者と言うより農夫と言った方が似合う。作業用の服なのか胸から下を覆う長いズボンを履いていた。手を握られた時に水の様な匂いがしていた。


「待たせた。」


 出てきたクファルさんは着替えたのだろう町で良く見かける生なりの長袖のシャツに濃い青色のズボン、ショートローブと言う姿だった。先程ノアタが渡した手土産を持っている。

 玄関に向かって何やらぶつぶつと呟やいてから、俺達を振り返り言い訳をするように話しかけてきた。


「一応他人がここに入れないようにしとる。魔法を架けとかんとちっとばかし危険な物も有るんでな。」

「……そうですか。」


 クファルさんを先頭に道を歩き出す。


「儂の研究については聞いとるか?」

「どんな研究をなさっているかお伺いしても?」

「いや、知らんならそれで良い。それと敬語も慣れとらんだろう?普通にしとれ。」

「はい。」

「あっはい。」

「……はい。」

「なんだ3人で変な顔して?そこに入ろう。」


 色々考えてた人と違いすぎた。クファルさんは精霊の道を知っているだろうか?

 クファルさんは店主が見当たらないのに勝手に奥の席に着く。


「おーい客だぞ!」

「はーい!」


 奥から声が聞こえて来た。髪を布で包んだ若い女性が出てきた。


「あら、本当にお客さん連れてきたの?」

「おお、モーリット先生の弟子だ。それと土産を貰ったぞ。」

「あら、わぁ!このお菓子のお店いつも混んでて入れないんですよね。嬉しいありがとうございます。」

「あ、はい……」


 何故か手土産を店の女性に渡してしまった。随分親しげな雰囲気だが俺達は困惑する。


「モーリット先生はお元気ですか?」

「お知り合いでしたか。師匠は元気ですよ。」

「敬語は遣わんで良いぞ。俺の娘だ。」

「!!」

「えっ」

「……」

「似とらんのは知っとるがそんなに驚かんでも……」


 全然似てない。すらりと細く華奢で長い手足、ふくよかな胸、白い肌。クファルさんの四角い顔とは似ても似つかない細面だ。何より違うのは目だ。クファルさんはぎょろりっと大きな丸い目、娘さんは笑うと消えてしまいそうな細い目だ。


「もう、お父さん説明をしてから連れてきてよ。すみません、ご挨拶が遅れましてエノールと言います。ここは母が経営していまして、母は今市場へ出掛けています。」

「そうですか、突然お邪魔してすみません。」

「良いんですよ。まだ仕込み中で、昨日のトマトスープくらいしか出せませんがゆっくりしていってくださいね。」

「俺は羊と豆のトマトスープが好きだ。」


 クファルさん親子が凄い勢いでこちらを向いた。


「……なんだ?」

「お前名前は?」

「ヒダッカ。」

「仕事はしとるのか?」

「狩人。」

「歳は?」

「25才」

「勿論、嫁も子供も居ないんだろうな?」

「……独身だが。」

「モーリット先生に聞いたのか?」

「何の事を言われているのかさっぱりわからん。」

「何で羊と豆のトマトスープと分かったんだ?」

「匂いで。」

「そうか……こっちの勘違いだ。びっくりさせてすまんな。」


 何故か頬を赤く染めたエノールさんと大きく笑うクファルさんに俺は困惑した。

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