神官様の少し
神官様の少し後ろに着いて二人で葦原に向かって歩き出した。
ヒダッカさん達は船に乗って町へ戻るって言ってたと思う。ノアタさんが心配そうに見送ってくれたけど緊張しすぎて上手く答えられなかった。
葦原には木道が敷かれ木の下は湿地になっているみたいだ。葦原に入っていくと風に吹かれサワサワと揺れる草の音がした。さっきまで神殿の町の音がしていたんだと音が聞こえなくなって気付いた。
「怖がる事は無いのですよ。この先に泉が有ります。そこで精霊の守りを見つけて拾って来るのです。どの道を進んでも泉に辿り着きます。どれを拾っても良いですが自分に必要な守りがどれか良く考えてくださいね。」
「……はい。」
葦原はいつの間にか終わり地面にうっすらと森へ続く道が出来ていた。
「では行きなさい。」
明るい森の中に向かって足を踏み出す。徐々に背の高い木々が増えていく。いつしか道も下草に覆われぐるりと緑に包まれた。
足を止めて周囲を見渡す。
正面に続く道の他に左右へ続く道が現れた。
……どうしようかな、どの道を進んでも良いって神官様は言ってたよね。
正面は今まで通ってきたのと同じように緑に包まれる道。どちらも同じ様だけど右には高い真っ直ぐな木が並んで見える。左には秋だというのに花が咲いている。
一生に一度しかこれない場所。精霊の守りが早く欲しい気持ちといつまでもここに居たいような気持ちの良さ。
悩んだ結果、オレは右の道を選んだ。
真っ直ぐに伸びた大きな木々、オレの両手を伸ばしても幹の半周くらいかな?そっと一本の木に近づき触れてみる。ゴツゴツとした感触、木の表面には所々苔が貼り付いている。何年生きたらこんなに大きくなるんだろう?
精霊の護り手が現れた後だとしたら300年。途方も無い年月だけど、この木はまだ成長を続けているみたいだ。大地にしっかりと根を張り上を見上げれば青々とした葉が風に揺れている。水と土と太陽、木の欲しい栄養が調和した場所なんだろうな。
「……ふぅ」
深呼吸を繰り返すと身体の奥深くまで浄められる気がした。
オレはゆっくりと地面を感じながらまた歩き出した。
せせらぎが聞こえて来て音に誘われ進んだ。けっこう歩いたと思うけど疲れを感じないし喉も渇かない。
小さな川が道を横切るように流れていた。試練の泉から流れて来たのかな?確か試練の泉から流れ出した水で湖が出来てるんだよね。
川の向こう側を見ると何故かくっきりと木の葉が見えそうなくらい近く感じる。大きな石を足場に水の上を通る。スコットさんの靴を濡らさない様に渡りきりたい。爽やかな香りが上流から優しく吹き付けて来る。身体が軽くなる様なふわふわとした心地良さに満たされて小さな川を渡りきった。
……わぁ……
そっと足を踏み込むと何かに触れた様にぞわりとする。
空気が歪み距離感が掴めない。何も無いところに手を伸ばしても押し返されそう。揺らめく陽炎と違って本当に存在する透明だけど重さがない水みたいな質感の有る空間に思えた。
何もかも密度が濃い場所に一瞬口を塞がれた様な圧力を感じた。水の中で呼吸が出来たらこんな感じかな?液体を吸い込んでるかと思うほどに精気に溢れた空気。呼吸を忘れそうなほど満ち足りた気持ちになった。
「ほうぅ…」
ゆっくり息を吐き再び歩き出す。静まり返った森の中は木が成長する音さえ聞こえそう。清浄で音をたててはいけない様に張り詰めている。だけどどんなに騒ごうとも受け入れてもらえるような暖かさも感じる。
不思議な空間をただ道に沿って進む。いつの間にか木々が濃く空を覆い暗くなってきた。目を凝らすとポウッと光が道の先に現れた。そこまで行くと光は消え、道の先にポウッとまた光が現れた。
道しるべなのかな?……光を追いかけて行くと道の先が明るくなってきた。
ほのかな光りに誘われ近付くとたくさんの精霊の守りを水のなかに沈ませた泉が現れた。澄んだ水の底に静かに佇む光を放つ精霊の守りに目を奪われる。更に泉を覗き込むとこぽこぽと水がいくつも湧き出し小さな砂が踊っているのが見える。
そっと手を伸ばし泉に触れる。ひんやりとした感触を感じたと思ったら精霊の守りがざわざわと揺れる光を放ち始めた。慌てて手を引っ込めると徐々に光が落ち着いた。
……ビックリした。
心が浮き立つのを感じながら少し離れて泉を眺める。オレの精霊の守りはどこだろう?えっと、自分に必要な守り?
精霊の守りを探しながら泉の周囲を回ってみる。壁が精霊の守りの光を受けて揺らめき泉を半円に包んでいる。いつの間にか天井のない洞窟みたいな空間の中に入り込んでしまっていた。見上げても空は見えない。木々が覆ってしまってるのかな?
視線を戻して試練の泉を眺める。泉は真ん中へ行くほど深くなっているみたい。
翠、黄金色、桜色、碧、紫、色んな色が水の中に踊っていた。
自分に必要な守り……オレには何が必要何だろう?熱をだし寝込んでしまい苦しく辛いベッドの中でこのまま死んでしまうかも、なんて思うこともあった。魔力の身体への心配を軽減する為に両親は送り出してくれたと思う。
だけどオレ自身の希望は……
フォス国の大男の様な強い男への憧れでここまで来た気がする。強く逞しい人と思ってたけどそれだけじゃ無いんだろうな……精霊を癒し守る……どんな人だったんだろう。
「ふぅ……」
今は自分の事考えなきゃ。旅は思ってた以上に楽しかった。少しだけど成長も出来たと思う。オレはこれからどう生きて行くんだろう?鶇村に帰ったら、仕事を決めて……たまにはフォス国の皆と会えるかな?
自分がどうしたいか……
自分の事なんてあんまり考えた事無いや……
「はぁ……」
横笛を吹いて落ち着きたいけど宿屋に置いてきちゃった。そう言えば精霊の守りを初めて見たとき懐かしいって思った。
自分の精霊の守りも懐かしいかも知れない。懐かしい物……懐かしい物……泉の中を心を落ち着けて眺める。どれも綺麗だけど懐かしいと心を響かせる物は無い……
左足に体重を掛けて半歩進んだその時、目の端に映った精霊の守りのひとつがふわっと揺らめいた。心臓がどきんと大きく脈打った。これだ……
見つけた精霊の守りに向かって手を伸ばす。水に触れると先程と同じようにざわざわと揺れる光を感じた。だけどオレの目は1つの精霊の守りの輝きだけに吸い寄せられている。精霊の守りにそっと触れそのまま水の外に引き上げた。
どくんどくんとオレの心臓は鳴る、それに合わせるように精霊の守りも揺らめく。精霊の守りもオレを認めてくれたと感じられた。冷たい泉の中から拾い上げた精霊の守りはひんやりとしていた。けれどやっと巡り会えた、そんな気持ちで胸は暖かくなる。
日が昇る少し前の空をギュット凝縮したような深く濃い紫。明るく揺らめくと鮮やかな紫、だけどフッと暗くなると青色に近くなる。
何故か右目からだけ涙が出てきて頬を濡らす。
そのまましばらく涙が出るままに精霊の守りを握りしめていた。




