隣家と離れ少し
「いらっしゃい。」
隣家と離れ少し奥まった所に、広い庭に囲まれた古めかしい家が建っていた。ノックをするとモーリット先生は迎えに出てきてくれた。
モーリット先生はつるりと禿げ上がった頭、細い垂れ下がった目に丸い眼鏡をかけた爺さんだ。背筋はしゃんと伸びゆったりとした動きで俺たちを家に招き入れてくれた。
「宜しく頼む。」
「宜しくお願いします。」
「よく来たのぅ、遠慮なくお入り。」
大きな暖炉に火が入れられ暖かな部屋は壁の一面が天井まで本で埋め尽くされていた。
反対の壁には魔法に使うのだろう珍しい道具が棚に幾つも並んでいる。その下には色々な種類と大きさの椅子が有り、気に入った椅子に座ると良いと言われる。
モーリット先生も暖炉の近くの座り心地の良さそうな肘掛け椅子に座った。
「さてさて、何を覚えたいか決めてきたかのぅ?」
昨日ヒボラと挨拶に来たとき2週間では覚えられることも少ないだろうから習いたい魔法を決めて来るようにと言われていた。
峰司を目で促す。
「白い魔法を教わりたいです。」
「白い魔法?」
「黒い嵐を倒す白い魔法を知りませんか?」
【フォス国の大男】の話を伝える。
「複合魔法かの?それだけじゃどういう魔法か分からないのぅ……」
「そうですか……あの、そしたら木の魔法を覚えたいです。植物が早く育つとか?豊作になるとかそう言う魔法は有りますか?」
「ふむ、それまた難しい事をいうのぅ。木の魔法はちょっと特殊でな、まぁ頑張ってみようかの。」
「はい!宜しくお願いします。」
モーリット先生は峰司の方を向いて話しを聞いていたが、今度は俺に向き直り目を合わせる。
「ヒダッカ君は決めてきたかの?」
「ああ、剣や弓の硬化を教わりたい。」
「ふむ、実用的じゃの。それに丁度よいのぅ。峰司君もヒダッカ君も魔力の通り道を身体の外に作る練習をしようかの。」
準備をすると言われ待っていると、モーリット先生が棚のひとつから何か取り出した。紙で出来た棒の様なものをひとつずつ手渡される。
「振ってみると音がするじゃろ?」
言われるまま振ってみると、中に何か入っているのかシャラシャラと音がする。
「筒の両端を持って少しづつ傾けて見るのじゃ。交互にの。」
シャララ~シャララ~と音がする。
「中にはワシが作った魔力を通しやすい小さなボールが入っておる。今度は水平に持ったまま、両手に魔力を込めて見るのじゃ。」
魔力を込めると俺の筒も峰司の筒もシャッと音がした。
「ふむ、魔力の練り込みは上手じゃな。そのまま魔力を筒の中に進ませるのじゃ。右から左、左から右とな。筒を傾けながら音に合わせて揺れる様にしてみると良いのう。」
シャララ~シャララ~と音に合わせて魔力を動かしてみる。数分続けているとカラカラカラと音が変わってきた。
「ふむ、一旦やめなさい。どうじゃ?筒の中を通す感覚は掴めたかの?」
「はい!」
「掴めた。」
それではと今度は20㎝程の枯れ枝に持ち替える。
「ではここからはそれぞれ別の事をしようかの。」
「峰司君、木が育つためには何が必要かの?」
「えっと、水と土と太陽ですか?」
「ふむ、大体そうじゃな。土に含まれる栄養を水と一緒に吸い上げ、太陽の力を借りて育つのじゃ。儂らの食事と呼吸に近いのう。魔力でそれらを作って行くのじゃ。木の魔法の特殊な所はそれらをバランスよく木の欲しいものを作って行かなければならんことじゃ。どうじゃ?ここまでは分かったかの?」
「はい、木の欲しいもの……」
「木の枝に魔力を通して木の声を聞くのじゃ。直ぐには出来んじゃろうけど、しばらく木の中で魔力を動かして調べるのじゃ。」
「はい!」
「ではヒダッカ君、硬化とはどういう物だの?」
「身体強化と同じように魔力を纏わせ硬くするのか?」
「ふむ、近いようで大きく違うのじゃ。身体強化は魔力で筋肉を活性化させている。硬化は魔力そのものでコーティングして硬くするのだ。」
「うん?魔力が硬くなる?」
「やって見せた方がわかるかのぅ」
モーリット先生は木の枝を持ち何やらぶつぶつと唱えると端から氷がパリパリと木の枝を包み始めた。数秒で木の枝は氷付けになってしまった。
「これは硬化ではないが、カチカチじゃろ?魔力で包み硬めるのを見えるようにするとこういう事じゃの。」
「ほうぅ。よく分かった。」
「では、やってみなさい。」
しばらく俺も峰司も無言で枯れ枝と向き合う。
いつのまにかモーリット先生がお茶を用意してくれていた。
「今日はそこまでにしようかのぅ。疲れたじゃろうお茶を飲みなさい。峰司君とヒダッカ君は甘いのは好きかの?」
二人とも頷くとジャムをカップに入れお茶を注いでくれる。
「旨い。」
「美味しいです。」
「ほっほっほ。真剣にやっとったからの。それで依頼料は忘れずに持ってきてくれたかのぅ?」
「ああ、持ってきたぞ。」
「持ってきました。」
峰司は香り袋を出す。
「鶇村から持ってきた、よく眠れる薬草を詰めた物です。これで大丈夫ですか?」
「ほう、良いものじゃな。歳を取ると眠りが浅くなっていかんからの。」
俺は酒を渡す。
「俺は、熟成酒だ。」
「ほう、どれ。良い酒じゃのぅ。」
依頼料はお金ではなく物でと言われていた。
授業を誰でも受けられる様にと言う配慮なのかもしれない。
空になったカップに二杯目のお茶を注いでくれた。俺とモーリット先生の分は熟成酒をとぽりと垂らした。良い香りが漂う。
「さぁそれを飲んだら今日はゆっくり休むのじゃぞ。明日は続きをやろぅの。」
モーリット先生は細い目をさらに細めお茶を飲んだ。




