梢(こずえ)
時間は少し遡って、峰司達が集会場に向けて歩いていた頃。
峰司の母は、屋根の上で小さな背をいっぱいに伸ばし風を受け止めていた。
短く揃えられた波打つ髪には所々白髪が混じる。
「今日は洗濯物が良く乾きそう。」
昨日の早朝まで雨が続いていたので久しぶりの洗濯だ。
たくさんの洗濯物に混じってヒダッカの服も並ぶ。
「勝手に洗って良かったかしら……」
しっかりと織り込まれた布は丈夫で、継ぎが当ててあり長く使い込まれた物の様だった。
……ヒダッカ様と出会えて良かった。
峰司が産まれた日を思い出す。
産まれたばかりの峰司は夫に似て可愛かった。
ぷにぷにと可愛いほっぺに栗色の髪。
小さな小さな爪のついた手で私の指をギュッと握って来る。
泣き声さえも愛らしかった。
私の可愛がりように夫は私をからかった。
ただ峰司は身体が弱く順調な子育てとはいかなかった。
一晩中看病した日も数知れず、命がそのまま消えるのではと不安な日々だった。
医者や薬師などに何度も相談したが皆原因はわからないと言う。
私達夫婦は魔力病だろうと結論を立てた。
この家に嫁ぎ、フォス国の男の話を聞いていた私は泣いた。
何日も二人で泣き、そうしていつ峰司が死んでも悔いの無いように幸せに暮らそうと誓いあった。
近所に住む沙葉ちゃんの母親は私達をみかねて香り袋を処方してくれた。
そのお陰で峰司の睡眠が改善された。
病気が治るわけでは無いと注意を受けたがそれまでより峰司は安定した。
峰司が友達と出掛けられるくらいになると別の問題もおきた。
峰司は皆に見えないものが見えると言い、奇妙な言動に遠ざけられるようになった。
峰司はそのうちに何も言わないようになった。
けれど私達夫婦には峰司が何かに耐えて過ごしているのが察せられた。
そして時おり熱を何日も出した。
憔悴していく峰司に何もしてあげられずただ回復を祈った。
私は峰司を失うのが怖かった。
それを悟られないように明るく振る舞った。
けれどもうそんな日々は終わりになるかもしれない。
私達に幸運が訪れた。
新たなフォス国の男が現れた。
出掛ける前にヒダッカ様に飲み水はどうしているかと尋ねられた。不思議に思いながらも雨水を貯めてろ過してから使っていると伝えた。すると魔法で雨水を浄化してくれた。とても美味しい水だった。あれほど呪わしかった魔力がこんな素晴らしい物だったなんて。
ヒダッカ様と出会えて良かった……
梢はいそいそと階下へ降りていった。
「さぁ、準備しなくちゃ。」
梢が弁当を鞄に詰めていると通りから声がかかる。
沙葉の父だ。
梢は、手を止め玄関を開け迎え入れる。
「おはようございます。どうぞ。」
「おはよう。お邪魔するよ。
お客さんはまだいるのかい?」
よく陽に焼けた顔で家の中を見ている。
「3人で一緒に出掛けてます。
沙葉ちゃんから聞いたのかしら?」
「ああ、フォス国から来たそうじゃないか。
家内が心配しててね。」
沙葉の母は定期的に香り袋を作ってくれている。
それだけでなくご近所のよしみで色々と気にかけてもくれた。
沙葉の父も果樹園が忙しいこの時期にわざわざ様子を見に来てくれたのだ。
「まぁ、いつも気にかけてくださってありがとうございます。」
「その様子なら心配は無さそうだね。」
「ええ。とっても良いお客様です。
それに峰司は元気になれるかもしれません。」
「そうか、病気の事何か分かったのか?」
「ええ、たぶん。詳しくは落ち着いたらお話に伺います。」
梢からは長年隠そうとしていた影が消え、いくぶんはしゃいだ声で話した。
「そうか、本当に良かったな。沙葉も喜ぶよ。何か必要な物は有るかい?」
同い年の峰司と沙葉は小さい時から良く一緒に過ごしている。
香り袋もいつも沙葉が届けてくれていた。
「いいえ、それよりおすそ分けしたいものが有るの。」
「なんだね?」
「イェローツリーの実を煮たものよ。
ヒダッカ様からたくさんいただいたの。
皆さんで食べてみて。」
沙葉の父は驚いた顔をした。
「イェローツリー?随分珍しいものが出てきたね。」
「ふふ、私達も驚いたわ。それにとっても美味しいのよ。」
「じゃぁ遠慮なくいただくよ。
良かったら俺も伝説の男に会いたいな。今度ヒダッカさんと一緒に遊びにきておくれ。色々と聞いてみたいね。」
「そうですね落ち着いたら。聞いて見ますわ。」
沙葉の父が帰ったあと、準備を整え家を出た。
集会場に向けて丘を登って行く。




