鶇村に峰司を
鶇村に峰司を送り届けると前回に増して人々から向けられる視線が強い。
それはそうだろうフォス国の大男の話が伝わる村にやって来たフォス国から来たと言う俺。
何処とも分からぬ場所から来た不審者とも言える。そして消えた峰司。
騒ぎにならない方がおかしいのかもしれない。
峰司の帰郷を安堵して見つめる村人の視線は俺に移ると怯えの様な感情が見え隠れする。
敵対的では無かったのは沙葉の言葉が有ったからだと聞いた。
「峰司君はやらなくちゃ成らない事が有るから行ってくるって言ってました。それは峰司君が連れ去られたとかでは無いって事です。成し遂げたいって希望を持って立ち向かっている言葉に思えました。」
俺達に取り残される形で森を後にし、ひとりで村に戻った後の顛末。
心配し狼狽える大人達へ向けて告げた少女の言葉が村人達の落ち着きを取り戻させた。
その覚悟を悟った大人達は峰司の意志を尊重してくれたらしい。
峰司の姿を見付け涙ぐんだ沙葉からは想像も出来ない峰司を信頼する真っ直ぐな言葉。その思いはどれ程の繋がりが生んだものか…
そして不思議な事に峰司が消えた晩、まだ陽が昇るには早すぎる時間に北の森へ一柱の光の帯が降ってきたのを見掛けた者がいると言う。
峰和や梢もその日は中々寝付かれず庭に出た時にそれを見たと。
「空に瞬く星が今日は何だか随分近くで輝いて見えるなって思ったんです。」
「とても綺麗でした。暫くその光景に見惚れていたと思います。そうしていたら空の一角が揺らめく様に感じたの。」
「俺も見たよ。星が揺らめきながら北の森に降りて行って大きく光ったんだ。」
「私も見ました。」
二人の他にもその光景を見た者達が不思議で美しい光景だったと、それが峰司の居なくなった事と関係が有るんじゃないかと思ったと言う。その異変は吉兆と捉えられ、心配しつつも落ち着いて待っていられたらしい。
「光か、精霊なのか?」
「その可能性は高いよね?」
俺と峰司にはほぼ確信に近い事だと思われた。
雪原で三頭獅子を倒した後、空へ昇って行った多くの精霊が世界へ巡って行ったとしても何らおかしい事は無い。
北の森にリベルトが居たことを考えれば縁の有る精霊が戻っていったと言う事も考えられるだろう。ヒボラがこの場に入ればとつい思ってしまう。
「ヒボラさんかモーリット先生に調べて貰えたら良かったのにね?」
峰司も俺と同じような事を思っていた。北の森へはひとまず立ち入り禁止として誰も入らぬ措置をとっているらしい。リベルトが戻って居ることも考えられるため調べに行きたかったがとりあえず何が有ったかを説明しなければ成らないだろう。
話を聞きたかった者は多かったが先ずは両親と沙葉達の家族、村長の七名に峰司の家に集まって貰った。
峰司は既に何度も繰り返した話しでも有り、淀みなく一編の物語を伝える様に言葉を紡いでいく。一通り話し終えた後で丁寧に質問に答えていく。
「峰司君、もう影と呼ばれた物の脅威は去ったと言うことで良いのか?この村に残された影は有るのか?」
村の事を一番に聞いてきたのは村長だった。
「えっと存在を歪めていた元凶と言うか核が無くなったから本来の姿に戻ったと思います。ロブド国で倒した三頭獅子が消えた後の様に精霊に戻ったり、いつか生まれ変わる為に眠りについたりしたはずです。」
「ナーダン様が倒したのは本体ではなく影の一部だったと?」
「はい。その頃は影が強く本体の様に見えてたんじゃないかと思います。」
その言葉にひとまず安堵したのか頷き厳しかった村長の表情が緩む。
「闇の王の魂を見付ける時に出会ったのはナーダン様だったのか?」
今度は峰和が質問を投げ掛ける。
「うん、オレの名前の由来を知っていたのがその証拠だよね?今考えたら質問したい事もいっぱい有ったけどその時はそんな余裕も無くて。何て言うかオレの魂を守る為にそばに居てくれた感じだった。」
「魂を守る?」
「うん。闇の王の魂に接触するってとても大変な事だったんだ。プルートの記憶や思いに飲み込まれてオレがオレじゃ無くなってしまうような。そうならないように守ってくれたんだと思う。」
その言葉の意味を深く考えているのかその場の誰もが口を閉ざす。
次に言葉を発したのは梢だった。
「リベルト様は核を壊す為に闇の王の魂を消滅する技を授けて下さったのよね?どうして危ない思いをして闇の王の魂を助けようと思ったの?」
答えにくい質問だったのか峰司は少し間を置いて口を開いた。
「理由は色々有るんだけど諦めて欲しく無かったからかな。意識がほとんど残ってなかったのに朝焼けの歌を嫌がったのは大切な思い出だったから。」
「大切な思い出だったのに嫌がった?」
「うん。朝焼けの歌って元々魚人族の子守り歌だけど巨人族にもその歌を気に入って歌う人がいたんだと思う。闇の王には幼くして亡くなってしまった子供がいたんだ。だからそれを思い出させる朝焼けの歌が嫌だったんじゃないかな…」
「……そうなの…」
その場に重苦しい沈黙が流れる。
大切な子供を亡くす。その恐怖を感じていた事の有る梢には聞くだけでも辛い事かも知れない。
子供を亡くした事が闇の王を歪める一因となったのかも知れない。
数百年忘れる事なく魂に刻まれた思いを抱えていたのに、異形の物として消え去るしかない等とは闇の王にとってどれ程の苦しみだったろうか。
しかも命の理から外れてしまえばいつか子供と巡り会う機会も失われてしまうと言うこと。
自身が親を残して先に死ぬかも知れなかった峰司なら捨て置けぬ思いだったのだろう。
それを不憫に思い、いつかまた子供と巡り会える機会を残そうと思ったのか。
梢の背中に峰和がそっと手を添えている。
「峰司君の魔法はまだ使えるのかい?」
その場の雰囲気を変えようとしたのか沙葉の兄が声をかけた。峰司は頷き沙葉の兄の前に有る空になったカップに手を翳す。
「ウォータークリエイト」
あっと言う間に水が満たされる。
驚きの声があがり興味深そうに皆が顔を寄せる。
「これは飲めるのでしょうか?」
沙葉の父親が聞いてくるので俺と峰司は頷く。
「ヒダッカさんの聖水ほど美味しくはないけど?」
峰司の言葉に皆が俺を見る。手を貸せって事だな?ちらっと峰司を見れば笑顔を向けてくる。まぁたいした事では無いので俺はカップに手を触れる。
「ウォータークリア」
見た目は特に変化は無いがきちんと魔法は発動した。
「飲んでみろ。」
しげしげと眺めつつ口を付け旨いと驚くのでそれぞれのカップに峰司が水を満たし俺がウォータークリアをかけていく。
「魔法とは不思議な物ですね。」
沙葉の母親の言葉に皆が同意の意を表す。
「そう言えば鶇村の者も魔法を使えるかも知れないそうだぞ?」
「それはどういう事でしょうか?」
村長の問い掛けに研究者達の言葉を伝える。
「『精霊がいるならば魔素がその場に有るはず。力の強弱は有るかも知れませんが魔法を使え無い事の方が不思議です。』と言っていたな。」
俺の発言にその場が大混乱に陥った。俺のせいなのか…?