鶇村、五十年後…
鶇村には永く語り継がれた伝承が有りました。
『フォス国の大男』
それが史実だったと知れわたったのはフォス国から新たな大男が現れたのがきっかけでした。
新たな大男と出会った少年は二人で旅に出ました。二人は過去からの贈り物を受け取り仲間と共に精霊の力を借りて黒い嵐の本体を救います。
黒い嵐に捕らわれていた精霊達は自由を取り戻し、世界は力に溢れその恩恵を受ける事が出来るようになりました。
鶇村には一際大きな精霊の力がもたらされ村人は魔法を使える様になりました。
その力はこの土地の実りを助け、危険が付きまとう採石場を安全にして村を豊かにしました。
聖樹であったイェローツリーは数年後人々の努力によりその真なる力を取り戻します。聖化の魔法を使った聖水で育てたのです。
薬師の憧れとも言える聖なる実は美味しいだけでなく薬に混ぜれば薬効を高める素材となります。
この成功を元に聖樹が他の土地でも栽培が可能なのか実験が繰り返されています。
黒い嵐の消えた夜まだ日の昇らぬ明け方、北の森に星が舞い降りました。その場所には精霊の舞う泉が湧きだしました。
清きその場所を守るため村へ戻った少年は泉の傍で朝と夕べに休む事なく癒しの曲を奏で続けました。
十年の後、力を増した泉からは数個の精霊の守りが産み出されました。
それは泉の近くに咲く金木犀の花を閉じ込めた様な美しい色合いをしていました。この泉が試練の泉となる日も遠く無いかもしれません。
既に壮年となっていた少年は『森の守護者』と呼ばれる様になりました。
…………………………………
「お祖母ちゃん。」
気付くといつの間にか足元に孫娘が来ていました。昔を思いだし少しぼうっとしていた様です。
まだ日差しの強い庭の方からははしゃぐ声が聞こえています。
「どうしたの?鈴乃ちゃん。何か飲むかしら?」
汗で額に髪が張りつきほてった顔にそう声をかけました。
「うん。」
鈴乃は、はにかみながらも頬を緩めうなずきます。
料理の手を一旦止めて冷蔵庫を開けます。
冷やしておいたレモネードをグラスへ注ぎ、テーブルへ置きました。
「ありがとう。」
まだ少しはにかみながらもお礼を言えました。
まだ椅子に座ると足が届かないぐらいの背丈です。
それでも上手に登って座り、お行儀よくグラスを手に取ります。
喉が乾いていた様で、ごくごくと美味しそうに飲む姿が微笑ましく、ふふふと笑ってしまう。
「おかわりも有りますよ。ゆっくり飲みなさいね。」
私も、ひと休みしましょうか。鈴乃の隣に座る事にしました。
ここ数年、庭の花が咲きはじめるこの時期に娘と息子が家族を連れて遊びに来る様になりました。
田舎に殆ど独りで暮らす私を心配しているのか、街へ引っ越すようにと言って来たことも有るのですが……
歳を重ねても今のところは身体に不自由は無く、この村に友人も多いので断ってしまいました。
街へ出掛ける事もたまには有るのですが、必要最小限の用事をすませれば早く村へ帰りたくなってしまいます。
それではと姉弟で相談して様子を見に来ているのだと予想しています。
久しぶりに孫たちに会える機会は何より嬉しく気遣いをありがたく思っています。
「鈴乃ちゃん、美味しい?」
「うん、おかわり!」
すでに空っぽになっていたグラスへレモネードを注ぐとこちらを見ながら目をきらきらさせています。
そんな様子を眩しくも眺めながらほっこりとした気持ちになっておりました。
ふと顔をあげ外を見ると、娘達がこちらへ帰って来た様です。
「お母さん、頼まれた薬草の根を取ってきたわよ。調合室に持っていけば良いのかな?」
「詩乃ちゃんありがとう、台の上に紙が置いて有るから重ならないように並べて置いてちょうだい。」
「お義母さん、アニスの葉とフェンネルはこの大きさで良かったでしょうか?」
「諷美ちゃんもありがとうね、ええ大きさも丁度良いわ、丁寧に摘み取ってくださったのね。量もたくさん、助かったわ。いつもの場所にお願いして良いかしら?。」
娘達は遊びに来ている間、薬草の採取もしてきてくれます。
娘の詩乃は子供の頃から私の薬師の仕事を見ていました。
土いじりも手慣れています。
街では出来ない仕事はお手伝いというより癒しになると言っております。
私に似たのでしょうか?
また、お嫁に来た諷美さんも薬草に興味津々という様子でした。
花、葉、茎、根、様々に分類してある調合室の様子にこれにはどんな効果が有るのですか?と質問してきて少し驚きました。
お土産に渡した料理に使える薬草などは工夫して家族の健康管理に役立てているようです。
「檜岳達はまだ外にいるのかしら?」
「もう帰ってくるわ、子供達にも手を洗うように言っといたわ。」
「何をしていたのかいっぱい汚れていたからね。」
二人で顔を見合わせて笑いながら答えてくれました。
詩乃と諷美さん、荷物を置きに仲良く2階へ向かって行きます。
その姿は本当の姉妹のように似ていました。
「温泉に行く用意をした方が良いかしら?先ずは飲み物が先かしらね?」
呟きが漏れてしまっていたのでしょう鈴乃がお返事をくれました。
「お兄ちゃん達もこれいっぱい飲むと思うよ。とっても美味しいもん。」
鈴乃は空のグラスを前にして満足そうに微笑んでいました。
……………………………………
まだまだ遊んで居たかったけどもう寝る時間だって、ベッドへ入ると何か良いにおいがする。
毎日お祖母ちゃんと一緒に住めたら良いのに。今日もとっても楽しかった。
夜ごはんにも鈴乃が大好きと言ったお魚さんパイを作ってくれた。
鈴乃の分には二人だけの特別なマークをかいてくれた。
お母さんが作ったご飯だって美味しいけどお祖母ちゃんのは特別なマホウがかかってるのかも?
白いおへやでお薬を作っている姿はマジョみたいだもん。
いつかお祖母ちゃんはマジョなのって聞いたら笑っていた。
お母さんは危ないから入っちゃダメって言うけど、お祖母ちゃんはお願いすると「特等席よ」っておへやの中の危なくないところに座らせてくれる。
鈴乃には届かない棚や、おんなじに見えるたくさんのツボから色々な物が出てくる。
それを混ぜたりはかったりしてお薬を作っている。
鈴乃がお腹が痛くなった時はお祖母ちゃんのシロップを飲む。
美味しくてなんだか体があったかくなって直ぐに元気が出た。
お母さんはびっくりしてた。
なんでだろう?
それに難しい名前の病気だって治せるみたい。
お祖母ちゃんにお薬ちょうだいって色んな人がやってくるもん。
変わった格好の人が多いけど、鈴乃を見てお祖父ちゃんにそっくりの目だねって言ってくれる人もいる。
白いおへやの中は触っちゃダメなものも多いけど珍しい道具にもたまに触らせてくれる。
お祖母ちゃんは優しい声で、
「鈴乃は上手ねぇ、小さいマジョさん」
なんて言ってくれる。
お兄ちゃん達と遊ぶのも楽しいけどちょっと鈴乃を邪魔に思っているみたい。
まだ小さいからダメって言われることもたくさん有る。
今も三人でこそこそしゃべってるし。
遅くまで起きてるとおこられちゃうのに。
お母さん達は大人の時間よって階段を下りて行っちゃったけど。
マジョじゃ無いときのお祖母ちゃんとお話しするのも楽しい。
明日はお祖父ちゃんの絵本を読んでもらいたいな。自分のお祖父ちゃんが絵本になってるなんてわくわくする。『森の守護者』何度も読んでもう覚えちゃったけどお祖母ちゃんに読んでもらうのがすき。鶇村の精霊の泉を見付けた話、まだ精霊の泉は見たこと無いけどお兄ちゃんはとっても綺麗だったって。そんな綺麗な泉を守ってるってお祖父ちゃんすごい。
どうして絵本にお祖父ちゃんの名前が書いて無いのって聞いたら皆が主人公の気持ちになって貰いたいからかしらって言ってた。良くわかんない。
でも私も大きくなったら守護者になるんだ。お祖父ちゃんみたいに金色の目が使えたらいいなぁ。
秋になったらまりょくのてきせいって言うのを調べて貰えるんだって。その時はお祖父ちゃんも帰ってくるみたい。
………………………………………
北の森を進むオレ達の目の前に太陽の光に照らされた場所が見えてきた。
「守護者様、精霊の泉はあちらでしょうか?」
そう言うホーテにオレは曖昧に頷き後ろから着いていく。ヒダッカさんから息子にホーテと名付けたいと言われた時は何だか誇らしく思ったものだ。オレの息子にもヒダッカさんの名前が欲しいと言ったら照れた様に了承してくれたのも良い思い出だ。今も現役の狩人として森で暮らすヒダッカさんに良く似た精悍な顔つきと母親似の切れ長の目を持つ若者に育っている。
木々の間を抜けるとぽっかりと開けた空は高く晴れ渡り、雲ひとつ浮かんではいない。森を抜ける風は爽やかで暑さを和らげてくれる。
飛び交う小鳥の囀りもどこか楽しそうだ。
ここ数年は村の者に泉を任せ各国を巡る事が多く戻って来るのは久しぶりだ。
精霊がいつもより多く集まって来ている気がする。
闇の王が消え北の森をヒダッカさんや父さん達と調べに来た時を思い出す。
リベルト様と魔法の練習をした場所、金木犀の前に泉が湧き出していた。
「おお!」
ホーテが精霊の泉に近付き感嘆の声をあげた。初めて泉を目にした時オレも同じ様に感嘆の声をあげ美しく尊いと感じた。今も泉は精霊の力を宿した水を尽きぬ事なく産み出している。
泉は50年の時を経た木々に周囲を縁取られその輝きを増しているようだ。
輝く水面を見詰めるホーテの姿は喜びに震えている。次代の守護者として名乗りをあげてくれたホーテを頼もしく感じながら言葉を伝える。
「精霊の泉を癒し守り、この森を愛してくれるか?」
「精霊の泉を癒し守り、この森を愛し、また次代へと繋げて行く為にこの身を捧げる事をお約束致します。」
決意に満ちたその声色はヒダッカさんの若き日を思い起こさせる。
「期待しているよ。では森を案内しようか。」
「はい。」
森を歩きながらそっとホーテを見る。本人は気付いて居ないようだがホーテの近くを精霊が遊んでと言うように飛び回っている。
無属性の魔力を持たずとも精霊に愛される者は時おり現れる、たぶん孫の鈴乃も精霊に愛されている。未来を想像するのが楽しみだ。
何処からか梟の鳴き声が響いてくる。
…………森を歩いて泉へ通うオレに沙葉が着いてきてくれた日の事を思い出す。
その日は髪を丸く結い上げ少し大人っぽく見えた沙葉。フォス国のお土産に渡した髪飾りをつけてくれている。
時折見つけた薬草を集めつつ泉へたどり着く。オレは横笛を構え癒しの曲を奏、沙葉は静かにそれを聞いてくれた。
泉の水面が揺れ波紋が広がる。時々精霊がもっと聞きたいと言うように合図を送ってくる事が有る。続けてリンの曲、朝焼けの歌、露程も知らない幻想組曲と吹いていく。
ふわりと気持ちの良い風が頬を撫でた。
オレは横笛を口から離し演奏を終わらせた。唐突なオレの行動に沙葉が尋ねてくる。
「どうしたの?」
風の中にリベルト様の声が含まれていた気がした。もっと聞こえないかと周囲を見渡すが老人の姿も梟の姿も見当たらない。
「聞き間違いかな……えっと、何でもない…」
それでも何か気になって森の奥へと足を踏み出した…………
オレはホーテが発した質問に彷徨っていた意識を浮き上がらせる。
「もしかして梟様かリン様ですか?」
良い質問だ、何と答えようか…オレは自然と浮かんでくる笑みを深めた。




