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露程も知らない幻想組曲  作者: 熱帯長草草原地帯
エピローグ
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104/106

森には新緑を

 森には新緑を過ぎて夏の終りを告げるつつじの花が咲いている。槐国へとやっと帰って来れた。

 もうすぐ果樹園が見えてくるはず。オレの横を歩くヒダッカさんは機嫌良さそうにヴントゥー様の曲を口ずさんでる。


 …………………………………………


 あの戦いからオレ達は直ぐに家に帰る事は出来なかった。


「これだけ大事に成ったんだからしょうがないだろ?」


 引き止められるのを一番嫌がりそうなヒボラさんが諦めた様に言った。確かにそうだよねって思った。

 事の顛末を説明しなくちゃ行けなかったし、リベルト様から教わった魔法やヒダッカさんの聖化(ウォータークリエイト)を後世に残すため協力をした。

 ヒボラさんの研究者嫌いの理由も良く分かった気がする。研究が纏まったら本としてオレも貰えるらしい、凄く助かる。オレが魔法書に興味が有るって分かったら高価そうな本を幾冊も用意してくれた。父さんも喜ぶと思うし嬉しかったけどなんだか申し訳なく思ってしまった。


「遠慮なく貰っておけ。」


 そうヒダッカさんに言われてまぁ頑張ったご褒美だし大切にしようって気持ちを切り替えた。

 それとヒボラさんの矢は凄く画期的な魔法だと軍関係者から注目の的だった。戦場でも目立ってたし。


「僕は仕組みなんてまったく分かんないよ?」


 ノアタさんは素直に言ってた、実際そうだしね。

 あれだけの技量の持ち主なのに狩人とは思いもしなかったって驚かれてた。

 ヒボラさんは教えるのも面倒って思ったんだと思う、クダナさんに丸投げしてた。


「構いませんが……」


 矢を一緒に作っていた事も有ってクダナさんでも技術は教えられる。教えるのが嫌って事じゃなくてヒボラさんが功績を残せば良いのにって遠慮してたみたい。

 いざ教えるってなったら魔法の理論を交えて丁寧に説明してた。軽い気持ちで見に行ったオレには難しくて本物の先生みたいだなって思えた。いつの間にか研究者からクダナ先生って呼ばれる様になってた。

 クダナさんは時間的に作るのが間に合わなかった無煙炭(アントラサイト)を魔法陣に組み込む術式を研究者と一緒に作ったりもしていた。

 魔法陣と言えばリベルト様の迸生命循環拘束エターナルイモビライズは再現が不可能らしい。巨木が伸びる際に魔法陣を消してしまったって。

 そもそも空中から魔法陣を構築する方法すら解っていないんだって。

 雪原に現れた槐の巨木は雪の中でも青々とした葉を広げその場に根づいたらしい。


「オレの国では土地の守り木って呼ばれてます。」


 ロブド国王様に伝えたら国樹として大切にしようって嬉しそうにしてた。

 春になって雪原が溶けたらまた見に来て欲しいって。冬の長いロブド国では春が短いぶん一斉に花が咲き凄く綺麗な場所になるらしい。

 今回の戦いではあれ程の規模にしては犠牲が少なかったそうだけど亡くなった人もいた。その御霊を慰める場所になると良いな。

 犠牲者が少なかった理由の1つとしてプログレヤ様が作ってくれた薬の効果が高かった事があげられる。

 多くの命を救った薬だけど僅かに残った薬は徐々にその力が弱まり一週間程でただの水に戻ってしまった。

 ヒダッカさんが聖化した泉もいつの間にかただの泉に戻ってしまっていた。

 あの時は穢れてしまってはいたけど精霊の力が高濃度に溶け混んでいたから、薬を作れる聖水になったんじゃないかな?

 研究者達は聖化の魔法に加えて無属性の魔力を溶け込ませる方法が有ればプログレヤ様の薬を再現できるんじゃないかって張り切っていた。そもそもプロフ国の試練の泉の上に立つ聖樹に実がなる事が滅多に無いらしくそれについても研究するらしい。

 因みに聖樹はイェローツリーの親木だと分かった。代を重ねて聖なる力が弱まってしまっているらしいけど。フォス国の大男の話では実を食べると元気になる気がしたって書かれてたのは本当の事なんじゃないかな?

 影を追いかけて傷付いたナーダン様達の回復の為に持ち歩いていたのがフォス国と槐国に根づいたのかも知れない。

 真相は分からないけどそうなんじゃないかって思った。

 真相を知る事が出来ないのはあの後リベルト様も三大精霊もリンまで居なくなってしまったから。

 いつかまた会えるかな?

 希望を持ち続ければ、きっと会えると思う。いつか魔法の続きを教えてくれるって言ってたし。

 帰る時精霊の道のフォス国側迄はヒボラさんとノアタさんが着いてきてくれる事になった。けど遊びに来るのはまた今度って。


「俺とノアタは結婚する。」


 帰国の準備の為に5人で集まった席で突然発表された。恥ずかしそうに結婚宣言をする二人をオレ達は心から祝福した。ずっと両想いだったらしいし今回の件でお互いをより大切に想う様になったって。

 その後の飲み会で酔っ払ったヒボラさんが


「ノアタに振られたら友達でも居られなくなるって不安だった」


 って漏らしてた。ヒボラさんを懐抱しつつノアタさんは顔を真っ赤にしてた。とにかくその準備に忙しいみたい。

 因みに春になったらクダナさんとケットさんが改めて精霊の道を調べに来る予定に成ってる。

 槐国にも調査(あそび)に来るって。

 滞在中は色々な式典や会食に招かれる事も有った。緊張もしたけど意外と楽しかった。

 偉い人達とも会ったけど礼儀作法とかは注意されなかったし、異国から来たオレに解りやすい言葉を選んで話してくれていたと思う。

 あるときの式典で魚人族の五人が披露してくれた曲がある。朝焼けの歌を含め魚人族の幾つかの曲は大人気だった。その中でも魚人族の長老の一人、ヴントゥー様の創った曲はその後何処に行っても流れているくらい人々の心を捉えた。



“ 漆黒の森に冷たく重い風が走る

  冷たさに触れれば吸い込まれそうになる

  まるでなにもなかったように


  遠くで小鳥達の歌が聴こえる

  吸い込まれる間際に振り向けば

  一条の光に鼓舞される


  朝焼けの森風に僅かな温もりが

  軽やかな風は奥へ奥へ走っていく

  もう夜が明け始めた


  気が付けば森は光り輝いていた

  夜の森はどこかへ歩いていってしまった

  また、なにもなかったように… ”



 ちょっと難解な歌詞だと思ったけど今回の戦いの事を表現したんだって。

 パッヴァ様の歌声も凄かったけどこの曲に関してはヴントゥー様の低い声が凄く合ってた。

 正直感動して泣いちゃって気まずかったけどオレよりもクファルさんが号泣してたから良い思い出だ。

 プロフ国の女王様にこの歌の題名はって聞かれてヴントゥー様が拙作に名前など有りませんと言ってた。


「謙遜も過ぎると嫌みですよ!」

「張り切って作ってたしな!」

「名曲が出来たって自画自賛してたよな?」

「じゃなかったらこんな大舞台で披露する分け無いでしょ?」


 他の4人の魚人族から内情を暴露されヴントゥー様は絶句してた。普段は表情が分かりずらい魚人族の驚きの顔を見てつい吹き出してしまった。


「では峰司殿にお名前を付けて頂きましょうか?」


 プロフ国の女王様に指命されて慌ててヒダッカさん達を振り返ったけど誰も目を合わせてくれなかった。

 うっかり吹き出してしまった少し前の自分を後悔した。

 プロフ国の女王様は咎める様な表情では無くて優しく微笑んでくれてたけど。会場の視線が集まるなか必死で頭を働かせる。


「えっとヴントゥー様が気に入って下されば『幻想組曲』ってどうでしょうか?」

「ほう…大変良い名付けですが私の曲には立派過ぎる気がしますな。『露程も知らない』と前に付けても良いでしょうか?」


 ヴントゥー様の言葉を疑問に思っているとパッヴァ様が補足してくれた。


「魚人族の言い回しでさ、海水に落ちる1滴の露では何の価値も無いって意味なんだよ。」


 オレを見て分かったかな?って尾びれをパタパタさせてる。謙遜って事かな?『露程も知らない幻想組曲』けっこういい感じがする。オレが言葉に詰まっているとプロフ国の女王様が話を引き継いでくれた。


「大海に落ちる一滴の露を知る人が居なくても、回り回って誰かの命を繋いで行きます。今回の戦いでも受け継がれた物が無ければ勝利は得られなかったでしょう。そう考えれば素晴らしい名前だと思いませんか?私達はこの経験を未来へと繋いで行かなければ成りません。この『露程も知らない幻想組曲』と共に。」


 その語られた言葉の重みに背筋が伸びる。拍手が巻き起こりそれはいつまでも鳴り止まない様だった。


 …………………………………………


「どうした?」

「う、うん。何でもない。」


 ヒダッカさんの声で慌てて意識を戻す。

 果樹園へと続く坂道を登る。緊急だったとはいっても沙葉ちゃんへの簡単な伝言だけで2ヶ月くらい家に帰らなかった。きっと心配してるよね。

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