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露程も知らない幻想組曲  作者: 熱帯長草草原地帯
エピローグ
102/106

巨木を見つめる

 巨木を見つめる俺の肩にそっと手が乗せられた。何も言わずヒボラが立っていた。俺はゆっくり立ち上がる。ノアタも近付いてきて俺の剣を拾ってくれた。


「あの、リベルト様ですよね?」


 緊張した面持ちでノアタがいつの間にかリンを肩に乗せた老人へ向かって声をかけた。


「そうだ。娘よ。」


 静かにしかしはっきりとした声で老人、いやリベルトは答えた。


「峰司は無事に帰って来れるんですよね?」


 ヒボラが否定は許さないとでも言うように強い口調で尋ねた。


「必要な事は全て教えた。まぁ大丈夫だろう。気長に待っているがよい。」


 リベルトの暢気な口調で場の空気が緩む。そこでようやく立ち直ったらしいクダナが尋ねた。


「リベルト様。そのお姿はいったいどうされたのでしょう?」

「姿形等はいくらでも変えられる。まぁ梟の姿は分身でこちらが本体とも言えるがな。」


 事も無げに言うリベルトの答えに絶句するクダナ。色々な感情がない交ぜに成っているんだろう。


「今俺達に出来る事は無いのか?」


 その質問にリベルトは目をすぼめて俺を見た。やや間があって答えた。


「峰司にして遣れる事は無い。獣達はもうすぐ目を醒ますが三頭獅子(ケルベロス)の支配が解ければ大人しく森へ帰って行くだろう。」

「……そうか。」


 既に日が落ち闇が迫ってきていた。目覚めたら森へ帰って行くと言われたが先程迄襲い掛かられた獣に囲まれているのも落ち着かない。

 沢山の亡骸を越え眠る獣達を横目に進む。

 改めて生き残れた事に驚愕の思いが沸き上がってくる。


「俺達良く生き残れたな。」


 ははとヒボラの乾いた笑が空しく響く。

 三頭獅子(ケルベロス)のもたらした被害に心が沈む。

 その場を脱出し巨木に触れる所まで進んだ。


「何か始まったようです。」


 クダナの言葉に表された様に俺達の視線の先で巨木が微かに光を放ち始めた。


 ……………………………………………………………


 第五連隊が雪原に到着したのは夕陽の最後の光が沈み濃紺の闇がその地に舞い降りた頃だった。

 彼らはカンテラを掲げ薬の入った樽を荷台に詰め込み先を急いできた。

 プログレヤ様の知識を元に急遽作製された薬だ。

 聖樹の実を聖水に浮かべた薬は影に触れた者への特効薬とも言える。

 勿論普通の怪我にも効果は高い。

 しかしいざ雪原に運ぼうとした時、雪原に設置された転移の魔法陣が使えなくなっていた。

 転移の魔法陣は二つの魔法陣を起動させなくてはならないが何らかのトラブルが起きている様だった。

 途中の村に描かれた魔法陣を経由して第五連隊に薬が届けられたのは戦が始まってどれ程経った頃だろうか。

 急ぎ進んだが雪原に近付くも戦闘の音が聞こえて来ない。最悪の事態を想定しつつも雪原に足を踏み入れた。


「どうなっている?兵を探せ!」


 先程から第一連隊第二連隊とも通信が出来なくなっていた。

 持ち込んだ明りだけでは状況を確認することも覚束無い。


「こちらに負傷者が三名!」

「こちらに重傷者が二名!」


 薬を満たした器を持って倒れた兵士を助け起こし口へ流し込む。

 生きてさえいれば…

 流し込まれた薬は溢れる事なく体へ染み込んでいく。

 血の気の無かった肌はみるみる暖かな色を取り戻していく。水を飲み下すことも出来そうに無い程力なく倒れた兵だったのだが。

 うっすらと目を開き縋る様に腕を掴まれた。


「ケ、三頭獅子(ケルベロス)はどうなった?」

「まだ私達にもどうなっているのか…」

「隊長!光が!」


 うわずった兵士の言葉にその場に居たものが顔を上げる。真っ暗闇の中に巨大な光を宿した巨木が現れた。


「なんだあれは!?」


 驚きの余り呆然と立ち尽くす兵士の目に更なる異変が映る。

 巨木の根元付近から光が溢れだしてきた。

 その光は戦場に流れだし光の絨毯の様に広がっていく。

 その光景は見るものに戦闘が終わったのだと分からせるには充分だった。


「終わったの、か?」


 雪原に倒れ伏していた兵士に獣に光が舞い降りる。


「無事か?」

「ああなんとか。」


 倒れた仲間を助け起こす兵士は先程迄とは違う獣の様子に戸惑う。

 ふらりと立ち上がったウルフはその目に狂気を宿さず、敵対する事なくその場を後にする。猛禽もふわりと飛びあがり森へと飛び去って行った。

 小波のように歓喜の声がそこここからあがる。

 それは大きなうねりとなって夜空を震わせた。

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