中空に浮き上がり
中空に浮き上がり巨木の方から朝焼けの歌が流れている事に驚いた。
精霊視を発動させた時に核が動いていなかったのはこの曲のお陰だったんだ。朝焼けの歌を奏でる人達へ思いを馳せる。
戦っているのはオレ達だけじゃないんだ。
ヒダッカさんが剣を振りかぶるのが見える。両手を握りオレは叫んだ。
「「「「「行けっっっ!!!」」」」」
重なる思いを乗せて氷聖剣が放たれる。
特大の輝く斬撃は長く光の尾を引き巨木ごと三頭獅子へ大きな孔を開けた。
斬撃を追いかけるようにオレの背丈ほどに開いた孔へ真っ直ぐに飛びトンネルの様な暗い隙間に入り込む。
切断された場所が盛り上がり孔を塞ごうと蠢くのが感じられた。
背後から上下左右から迫ってくる影。
異物へ対して憎しみの様な殺意を放っている。
あと数歩先の所に核が浮かんでいる。
精霊視を守るように上げた腕が影に切りつけられた。
傷付けられた腕の痛み以上の激痛が傷口から入り込んでくる。
怯むオレの身体を射止め様とするように次々と影が突き刺さってくる。脳が悲鳴を上げるけど意思の力でそれをねじ伏せて核へと加速する。
影が膨れ上がりオレと核の間に入り込んでくる。影に塞がれる前にと両手を伸ばし抱きつくように掴んだ。
その瞬間いままでの攻撃がぴたりと止まり影がゆっくりと退いていった。
ノミで削られた様な正八面体の核を抱くオレの周囲に球状の隙間が形成され影はそのまま止まってしまった。
さっきまでの影からは殺意が感じられた。影は恨みや憎しみを糧にして作られた禍禍しい存在なのだと思う。それがオレに向けられなくなった。
だけど核からはそう言う禍禍しさは伝わってこない。
そっと飛行魔法を解除し掴んだ核を改めて見る。両手で抱える大きさなのに重さは感じない。
純粋な力の塊。
その力が司るのは全てを無へと帰す力。
本来ならば生まれるはずの無い命の理から外れたもの。
生まれた瞬間に自らを消滅させてしまうはずだが闇の王が核に混ざり今まで存在し得たのだと聞いた。
命は巡り死は等しく誰にも訪れる。
その死は新たな命の糧になり世界を巡る。
そして形を変えてまた生まれ代わる。それをどれ程悲しんだって、そう言う物なんだってそれくらいオレにだって分かる。
だけど無へと帰す力は全くの別物。
触れた物を全て消滅させる力。この世の繋がりなど無いものへと完全に滅する。
核の力は恐ろしい物だけど影と違い吸い込まれるような魅力もあった。そのまま身を委ね消えてしまいたいと思わせるような。
……今なら分かる。
鶇村にはごく僅かに闇の王の影が遺されてしまっていたのだと。
リベルト様はそれを押さえる為に残ってくれたんだと思う。
魔力を多く持ち微かな聖気を生まれながらに持っていたオレにが集まってきていたのだと。
魔力を制御出来ていないオレは闇の王の影に翻弄された。
今思えば助けて欲しくてオレの前に現れたのだ。
しかしそんな事には気付かないオレは恐怖し遠ざけようとした。
熱を出したのも取り付かれた闇の王の影をオレの聖気で癒していた為だ。
だけどオレは肉体的にも精神的にも傷付いた。
幼かった友人はオレの言動に気味悪そうな顔をして背中を向けた。
悪気が有ったとは思わない、その立場になればオレだってそうしていたと思う。
自分を不吉な物でも見るように避けられて傷つかない訳はなかった。
これ以上傷つきたくない。だからオレは黙り壁を作った。
自ら助けを求める事もせず嫌なことが通り過ぎるのを待った。
それは成功したように思えた。
学校へ通うようになれば友人も出来、普通に話せるようになった。ちょっと身体の弱い友人。皆からはそう見えていたと思う。避ける相手ではなく保護する相手と思われたのだ。
オレは自分が正しかったのだと思い更に口をつぐんだ。
何も望まない、平穏に日々が送れればそれで良いと。
けれどナーダン様の手記を読み心踊らされれば英雄の末裔となる自分がこんな姿では不甲斐ないと心の奥底で囁く声が聞こえる様だった。
自分で作った壁に進路を阻まれ取り残された様に不安になった。
その壁は自分で取り払わなくちゃ誰も入ってこれないのだから。
精神魔法の習得が一番難しかった原因でも有った。
何者でもない自分をさらし拒絶されるのが怖かった。独りになるのが怖かったそれだけ。
でも、自分の弱さを受け入れてしまえば良かっただけなんだ。独りにしないでって言えば良かったんだ……
「核の中の闇の王を破壊する。不純物を取り除き純粋な無へと帰す力を取り戻せば自滅するのは自明之理」
事も無げに言うリベルト様。
リベルト様から教わった魔法は核の中の闇の王の魂を破壊する方法。
けれどそれでは闇の王も命の理から外れて巡る命の流れに戻ることは出来ない。
大陸を滅ぼした事を考えれば当然の報いかも知れない。
だけどオレは知ってしまったのだ。
闇の王の悲しみを、そして願いを。
闇の王は影を作り出そう等とは考えていなかった。
思いもよらない不運の産物。方法を間違えた罪と言ってしまえばそれまでなんだけど。
その惨劇を一番悲しんでいたのは闇の王だと理解しまった。
既に助け出されたいと思うことすら出来無い崩れた魂の欠片と成り果てている。
それを破壊するなんてオレには出来ない。
壁を作り身動きの取れなかった自分に闇の王を重ねてしまったのかも知れない。
未来を求め続けたのに巡る命の理からも消えるしかないなんて。
諦めたく無いでしょう?
オレはそう思ってしまった、だから助けたい。
わずかな可能性にかけて無属性の魔力を全て解放する。
透浸精神魔法
核へと入り込むのではなく闇の王の魂を呼び寄せる。
微かな微かな繋がりに糸を伸ばすようにして触れそっと引き寄せる。
最後のひとかけらを助け出した瞬間、音もなく核が消滅した。
「やった…」
……………………………………………
力を使い果たしその場に倒れ伏す峰司。
喜びも束の間その体は影へと沈んでいく。
主を失った影は自分達も救ってくれと峰司へ押し寄せた。
永き眠りから目覚めた闇の王の魂は完全では無いが自分を取り戻した。
「我は大きな間違いを犯したというのに……
心優しき少年よこれらは我が受けねばならぬ呪詛、全て持っていこう。」
峰司は返す言葉もなくその思いを魂に刻み受けとめる。
本体は既になく魂の姿を保っていられるのも峰司の魂に守られているから。
しかしその姿を失おうとも巡る命の一粒に成れる。その事を正しく理解した闇の王には恐れる物など無かった。
「良き鎧を持っているな、少し力を借りるぞ。」
動けない峰司はもう貸せる力が無い、そう思ったが胸元の精霊の守りが温もりを持ったのを感じた。
それで力が足りたのだろう、闇の王は元々精霊工学の天才と言われた者。その粋を極めた魔法陣を鎧の内側に描く。
「さらばだ。」
峰司の内から抜け出た魂は霞みのような巨人の姿を現す。
その巨躯へ峰司に群がっていた影が襲いかかった。
闇の王は数百年ぶりに現した身体を影に貫かれた。
その全てを愛おしい者のように受けとめ吸収し口角を上げ笑った様に見えた。
数瞬の後、闇の王は光の粒子となって昇っていった。
残された空間には影を形作っていた悪意が取り払われ、解放された精霊が眩い程の光を放ち満ち溢れていた。
光の一部がふわりと移動し峰司の鎧に吸い込まれていく。
黒かった鎧は白く姿を変え峰司を優しく包む。
「う、動ける?」
立ち上がり自身の傷が癒えていることに驚きつつ手足を調べる。負った傷は跡形もなく消えていた。戸惑いつつ光に溢れる空間を見上げる。闇の王との別れを悼み、頬に零れた涙を拭うと天まで届けと叫ぶ。
「また…また会おう!」
峰司は前を向いて走り出す。帰りを待つ仲間の元へ。




