第23話:『解けた緊張と、しょっぱいお味噌汁の魔法』
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前話では、二人だけの「専用シート」でプロの仮面を脱ぎ捨て、境界線を越えた先にある愛を静かにねだる杏菜の官能的な夜を描きました。
第23話となる今回は、大盛況の店内でのすれ違いから始まる、少し波乱を含んだ特別な一夜です。混雑ゆえにカウンターで待つ時間、店長との対話、そしてル・レーブの泡と共に更けていく夜。
滅多に酔わない昇吾が見せた初めての無防備な姿と、それを誰よりも愛おしく包み込む杏菜。二人が最後に分け合った「お味噌汁」の温かい体温と共に、彼女の溢れんばかりの可愛らしさと深い情熱を描きます。
その夜の「ETERNAL」は、週末特有の足の踏み場もないほどの狂騒に包まれていた。
人気キャストたちの席が埋まり、フロア中をグラスの鳴る音とシャンパンコールが駆け巡る。昇吾が店に足を踏み入れた時、彼の「専用シート」はまだ用意されておらず、杏菜も他のテーブルで多忙を極めていた。
「昇吾さん、申し訳ありません。すぐお席調整しますので、まずはこちらへ」
黒服に案内されたカウンター席。けれど、大人の余裕を纏う昇吾は少しも嫌な顔を見せず、上質なETROのシャツの袖口を軽く整えると、静かにグラスを傾けた。ほどなくしてやってきた店長と、夜の世界の深みやビジネスの歓楽についてグラスを交わしながら静かに言葉を重ねる。その佇まいは、混雑する店内にあっても浮ついたところのない、洗練された男の余裕そのものだった。
やがて、申し訳なさそうに駆け寄ってきた杏菜の手を引き、用意された席へと移動すると、夜の熱気は一気に加速した。
「遅くなってごめんね……! 待たせちゃってごめんね、昇吾さん」
申し訳なさと、やっと隣に座れた嬉しさで瞳をうるませる杏菜。そんな彼女の労をねぎらうように、昇吾は迷わずル・レーブのロゼとブルーを立て続けにオーダーした。
華やかな泡がグラスを満たし、立ち上る繊細な香りが二人のテーブルを彩っていく。
大勢の客に接客し、プロとして緊張の糸を張り詰めていた杏菜にとって、昇吾の隣は唯一息ができる場所だった。けれど今夜の昇吾は、いつもと少し違っていた。店長との酒、そして杏菜に会えた安心感からか、滅多に崩れない彼が、珍しいほど深くお酒に酔いしれていたのだ。
会話の端々で見せる、少し重くなった目元と、無防備な微笑み。
(あ……昇吾さん、すごく酔っ払ってる……)
いつもスマートで完璧な彼が、自分だけにみせるスキだらけの表情。その無防備な姿がたまらなく愛おしく、杏菜の胸の奥をキュンと甘く痺れさせた。彼のズボンに自分のアクセサリーが引っかからないよう、密かに気遣いながら身体を寄せ、そっと彼の手を握りしめる。
営業終了の灯りがともる頃、二人のテーブルには湯気の立つ小さなお椀がふたつ、運ばれてきた。
「はい、昇吾さん……お味噌汁。飲んで?」
ふうふうと息を吹きかけ、温かいお椀を渡す。一口飲んだ昇吾が
「……ちょっと、しょっぱいな」
と呟くと、杏菜は
「もう、酔っ払いさんなんだから」
とクスッと可憐に笑い、自分のお椀にも口をつけた。
出汁の風味と少し濃いめの塩気が、二人の身体と、少し酔いしれた頭を優しく解かしていく。
周りの狂騒が嘘のように遠のき、ただ温かいお味噌汁の湯気越しに、ふたりで笑い合う静かな時間。いつも格好よく自分を守ってくれる男が、今夜は自分のお椀の隣で、無防備に微笑んでいる。
(こんな昇吾さん、私しか知らない……)
誇らしさと、愛おしさと、胸がはちきれそうなほどの愛おしさ。
お店を出た後、心配で何度もスマホを握りしめ、
「珍しく酔っ払ってたから心配だよ」
「2人でお味噌汁飲んだの覚えてる?」
とLINEを送る杏菜の心は、完璧な紳士の顔から解き放たれた彼の「新しい魅力」と、二人だけで分け合ったしょっぱいお味噌汁の甘い記憶で、どこまでも満たされていたのだった。




