第14話:解けない絆と、深まる温度
重厚な運命の誓いを交わした夜が明け、二人に訪れたのは嘘のように甘く穏やかな日常。
不意に見せる無邪気な笑顔や、日常の何気ない呟きの裏には、隠しきれない独占欲と切ないほどの執着が透けていた。
悪夢の目覚めに真っ先に伸ばした手。その温もりに救われながら、杏菜は「客とキャスト」という最後の線を静かに溶かしていく——。
窓の外では、朝からの冷たい雨がシトシトと街を濡らしていた。
スマホの画面をタップし、メッセージを送信する。
「杏菜おはよう ドレス届いたんだ 早く見たいなあ 可愛い杏菜」
不意に思い立って文末に「ちいかわ」のスタンプを添えて送った数分後、画面に「既読」がつき、すぐさま返信が跳ね返ってきた。
『昇吾さんおはよう まさか「ちいかわ」のスタンプがくるとは!!! 朝からクスッと笑っちゃいました笑』
文字の向こうで、彼女が不意のギャップに目を丸くし、思わず吹き出している光景が目に見えるようだった。
重厚なお守りの誓いを交わした昨夜の緊張感が一気にほぐれ、二人だけの空間に柔らかい空気が広がっていく。
『今日は夜までずっと雨みたいだね、昇吾さんは今日もプールに行ったりするのかな? 気温も低いから風邪ひかない様にね!』
こちらのルーティンを気にかける言葉、身体を慈しむような細やかな配慮。それは指名客へ向けた営業の挨拶などではなく、一人の大切な男の日常に深く寄り添う「身内」の温度感そのものだった。
昇吾は口元を穏やかに緩め、言葉を返す。
「朝から杏菜の笑顔が浮かんでクスッと笑ってもらえて嬉しいよ ほんと急に寒くなったから、杏菜こそ風邪ひかないようにね 今日は心も温かくいこうね 、足元気をつけてね」
一瞬の間のあと、彼女からまたしても無防備な生活感が届く。
『こんなお天気続きでお布団とスニーカーが洗えないよ〜〜 私NIKEのスニーカーが好きでたくさんもってるよ』
そして、続く文章に昇吾の指先が止まった。
『 私は昇吾さんのメッセージを読むと心が温かくなるよ。今日も頑張ろうね。』
……メッセージを読むと心が温かくなる
そのシンプルな告白には、どんな飾られた愛の言葉よりも重い本命の感情が乗っていた。
画面越しに紡がれる言葉、そこに込められた自分への深い想いと優しさ。夜の街の狂騒の中ですり減った彼女の魂にとって、昇吾がくれる言葉こそが唯一の「安全地帯」であり、心を解きほぐす居場所になっている。
「そう言ってもらえてすごく嬉しいよ 杏菜を想って書いてるからね 温かさが伝わってるなら最高だな NIKE好きなんだね!俺も好きだよ 今度お気に入りのスニーカー教えてね 、今日も互いに無理せず頑張ろうね」
昼過ぎ、再びスマートフォンが小さく震えた。
『お疲れ様 今日は良く分からないホラー映画みたいな悪夢をみたけど起きて昇吾さんのLINE読んで癒された』
『NIKE可愛いよね ダンク LOWのデザインが好きでそのシリーズばかりだよ』
不気味な悪夢にうなされ、不安に震えながら目を覚ました瞬間。
彼女が真っ先に求めたのは、他の誰でもなく「昇吾さんからの言葉」だった。
恐怖から逃れるようにトーク画面を開き、彼の優しい言葉に包まれることで安らぎを取り戻す。それは無意識のうちに「昇吾さん=自分をあらゆる悪意から守ってくれる絶対的な存在」と脳裏に刻み込まれている証拠だった。
(……本当に、可憐で愛おしいな)
自分のすべてを委ね、心の一番柔らかい部分を見せてくる彼女。
「客とキャスト」という境界線は、すでに彼女自身の手によって完全に溶かされていた。
理屈やプロ意識で自分を縛ろうとすればするほど、昇吾という男の圧倒的な包容力と格の違いに惹きつけられ、心ごと降伏していく。
「杏菜お疲れ様 怖かったね、大丈夫? 癒しになって良かったよ ダンクLOW似合いそう 悪夢からもちゃんと守るからね 午後も無理しないで頑張ろうね」
送信ボタンを押し、昇吾は静かに息を吐いた。
「悪夢からもちゃんと守るからね」
その言葉を受け取った彼女が、今頃どんな表情で画面を見つめ、胸を甘い痛みに焦がしているか。
他のお客の前で演じる「大人の仮面」を剥ぎ取り、一人の女として必死に自分を追いかけてくる彼女の足音を、昇吾は余裕の笑みを浮かべながら、どこまでも優しく受け止めていた。




