第11話:『言葉を重ねる夜と、自慢の居場所』
第10話での会えない時間に募らせた想いを経て、第11話では再び直接会えた夜の圧倒的な体温と、LINE越しに交わされるリアルな熱量を描きます。
お店でありながらまるで「家」にいるかのように無防備に甘える杏菜と、嘘のない誠実さで彼女を包み込む昇吾。二人の間に流れる甘く濃密な空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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グラスの縁を滑る小さな気泡が、ネオンの光を受けて煌めいていた。
テーブルに並べられた『ペリエ・ジュエ ベル・エポック』と『モエ ネクター アンペリアル ロゼ』。華やかな夜の象徴のようなボトルの隣で、杏菜は昇吾の肩の後ろにぴったりと身を寄せ、ちょこんと顔を覗かせていた。
会えない時間に募らせていた熱をすべて吐き出すように、彼女の唇からは言葉が止めどなく溢れ出てくる。
「あのね、ちいかわの映画行ってきたんだよ! それでね……」
無鉄砲とも言えるほど無邪気に、今日の出来事を一つひとつ報告してくる姿には、かつて客とキャストの間にあった警戒心や計算など欠片もない。昇吾の隣にいる時の彼女は、まるで静かな家の中で大好きな恋人に甘えているかのように、完全に肩の力を抜いていた。
ふと、杏菜が自分の前髪を指先で少し気にするような仕草を見せる。
「今日ね……前髪切ってきたの。ちょっと短すぎたかな」
照れくさそうに上目遣いで反応を伺ってくる彼女に、昇吾は穏やかな笑みを浮かべ、迷いなく告げた。
「可愛いよ。すごく似合ってる」
「……うん」
素直に頷く彼女の頬が、ほんのりと赤く染まる。夜の世界の嘘や媚びを嫌い、「カッコいいか、カッコ悪いで決める」という美学で己の筋を通してきた昇吾の言葉だからこそ、そこには一切の飾りがなく、まっすぐに彼女の胸へと届いていた。
どれだけ酔いが回っても、ヘルプの席に残されたグラスを見つければ、「失礼だから」と必ず自分の手で綺麗に飲み干す凛とした芯の強さ。そんなプロとしての誇りを持ちながらも、昇吾の前でだけは完璧なキャストの仮面を脱ぎ捨てて素直な感情を覗かせる。
別れ際、地下の店から地上へと続く長い階段。
普段なら階段の途中でお互いに手を振ってバイバイするのが常だった。けれどこの夜、杏菜は階段を一段ずつ登り、地上のお店を出た外まで一緒に歩いてきた。冷たい夜の空気の中、昇吾の姿が見えなくなるまで、彼女はただじっとその背中を見つめ続けていた。
一秒でも長く一緒にいたい。最後の瞬間まで目におさめておきたいという無防備な一途さ。
翌朝、スマートフォンの画面に灯る彼女からのメッセージ。
『私のお店の人とも仲良くしてくれてありがとう。みんなに昇吾さん自慢したい笑』
『昨日昇吾さんの背中が見えなくなるまでうしろ姿見てたよ』
『もう十分にかっこいいからずっとそのままでいてね』
送られてきたメッセージと、ピンク色のうさぎが描かれた「うんめい!」のスタンプ。
嘘のない誠実さで周囲にまで気を配り、堂々と大人としての筋を通してくれる昇吾の立ち振る舞い。そんな「男が惚れる男」である彼を、彼女は心から誇りに思い、愛おしくてたまらないのだ。
『変わらず一途だよ。地上まで来てくれたのも嬉しかったのに、ずっと見ててくれたんだ』
画面越しに返した言葉に、二人の心はさらに深く重なり合っていく。
客とキャストという枠組みも、言葉だけの甘い営業も、二人の間にはもういらない。媚びず、裏表なく自分を包み込んでくれる昇吾の圧倒的な美学と包容力に、彼女の心は完全に降伏していた。
画面に浮かぶスタンプの文字を指先でそっと撫でる。言葉を重ね、夜を越えるたびに、二人の結びつきは誰にも引き裂けないほど深く、確かなものへと変わっていた。




