第596話 学校開校前夜のアルトラ邸
開校前日の夜――
「リディア、ネッココ、明日の準備済んでるの?」
「おお、バッチリだゾ!」
『抜かりないわ!』
「じゃあ、確認するわ。ランドセルは?」
「大丈夫だゾ!」
『私も!』
このランドセル、町にできた袋メーカーにお願いした。
開発をお願いする前は他国に注文しようかとも考えていたが、やはり国内の技術を高めたいということで、無理言って開発してもらった。アドバイザーはカイベル。
これにより袋メーカーであったものが、鞄の技術を得ることになり、その技術力も飛躍的に向上した。
ちなみに十三歳から十五歳のクラスもランドセル。新しく町に導入された鞄のため、『年上が背負ってたらカッコ悪い』とかそういう感情は全く無いように思う。
むしろ、大人からも羨望の眼差しで見られそうな鞄に仕上がっている。どうやら、他国にもこの手の鞄は無いらしく、各国から大使に付いて赴任して来ている子供を持つ親御さんからも珍しそうに見られてるらしい。
今年入学のみんなには、開校記念ってことでランドセルを貰える券を配布した。来年入学する親御さんからは多少不満が出るかもしれないが、その頃には今より経済が潤ってることを期待してのこと。
まあ、初の入学者たちへの『開校記念』ってことで……
「ネッココは背負って持って行けるの?」
『無理に決まってるじゃない!』
無理に決まってるのか……それを堂々と言うとは……
「じゃあ、どうするの?」
『リディアに持って行ってもらうわ! ね!?』
「仕方ないナ……ネッココは小さいしナ」
『小さいから』ってことで納得してるところが凄いな……
力持ちのリディアだから言えることね。私だったら二倍分のランドセルを毎日持って登下校するなんてゴメンだわ。
と言うか、ネッココはいつも態度でかいけど、誰も文句言わないのよね。フレアハルトですら文句言わないって言う。みんなが気付いてないだけで、そういう特殊能力なのかしら? それとも見た目の愛嬌?
「登校はそれで良いけど、下校はバラバラになるんだから、自分の物は自分で持って行きなさいよ」
『無理よ! 何キロあると思ってんの!?』
確かにランドセル (+中身)って結構重いんだよなぁ……
子供ながらに、肩凝った記憶があるし……
「カイベル、何キロあるの?」
「はい。現時点で三.九キロほどと思われます。ネッココ様では持ち上がりませんし、床に置いた状態で背負おうとしても立ち上がることすらできない重さです」
そう言えばネッココ……正月の餅つき体験では子供用の杵すら持ち上がらなかったのよね……あの杵、たった一.五キロしかなかったのに…… (第582話参照)
う~ん、貧弱貧弱ゥ!
「…………じゃあネッココ一人でも持って行けるように、私が改造してあげるわ」
一旦自室に引っ込み、空間魔法の重力系統+物質魔法+創成魔法を使って『吊り下げ金具の魔道具』を作った。
この魔道具の効果は『これを装着させたものと、中に入れたものの重さを、“持ったヒトの筋力に依存する重さになるようにする”魔道具』。
つまり、ネッココが持っても、リディアが持っても、他の誰が持っても『それなり』と感じる程度の重さになるというわけ。
この吊り下げ金具の魔道具とランドセルの首の後ろ辺りにある吊り下げ金具を交換する。これでこのランドセルは、魔道具の影響を受けるようになった。
名前は仮に『筋力依存くん』とでも呼んでおこう。
部屋を出てネッココにランドセルを渡す。
「はい、これならどう?」
『あ、さっきと比べて凄く軽くなった! これなら背負えそうだわ! 流石アルトラね! ありがと!』
態度でかいけど、こういうちゃんとお礼言えるところが良いのかもしれないな。
しかし、ああ……また古代遺跡から発掘された (ことにしなければならない)魔道具が一つ出来ちゃったな……
空間魔法系の魔道具はまだ『ゼロ距離ドア』しか存在しないことになってるのに……
まあ、『持ったヒトの筋力依存』に設定したから気付かれる可能性は低そうだけど。
それに、見た目はただのカーブした金属だから、発掘されたと言ってもそれほどおかしくはない。
ちなみに、さっき部屋で一応確認したところ、このランドセルを体重計に乗せると、やはり『それなり』の重さになった。つまり、体重計に乗せたらその時点で魔道具だとバレる可能性が高い。
まあ、体重計にランドセル乗せることなんて、そうそう無いから大丈夫でしょ。
「……じゃあ持ち物検査を続けるわね。筆箱、ノート、連絡帳、下敷き」
「大丈夫だゾ」
『私も!』
アルトレリアになってからも筆箱やノートの文化は無かったため、筆箱もノートも下敷きも、開校するにあたって業者に『こういうのを作って』と手描きの絵の資料を渡して作ってもらった。
特に筆箱は開校というイベントがあって初めて作られたと言っても過言ではない。
役所などでは個人的な筆箱を使用しておらず、ペンやハサミなどの小道具類はペン立てに入ってることが多い。
「上履き、上履き袋、体操着、体操着袋、給食袋」
「大丈夫だゾ」
『私も!』
新しく開校する学校では体操着などにゼッケンを縫い付けて、そこに名前を書いている。
日本の学校では、児童の安全性の観点からもうほぼ絶滅してしまったと考えられるが、平成初期から中期頃の学校事情と考えてもらえれば分かり易いと思う。
体操着についてはエルフィーレの服飾店で無理言って作ってもらった。
給食袋など扱う業者はこの町にまだまだ少ない。しかも、それらの業者もランドセルの方に回ってもらったため、生産ラインが分散した。
、そのため、入学する子の親御さんに巾着袋やゼッケンなどを縫ってもらうよう連絡してある。
まあ……うちは全部カイベルがやってくれたんだが……
「ハサミ、のり、色鉛筆、クレヨン、粘土」
「大丈夫だゾ」
『私も!』
懐かしい~!
色鉛筆は会社員時代も使っていたからまだしも、クレヨンとか粘土とか使ったのは、もう記憶の彼方だわ。
思えば児童の頃からイラストはそれなりだったけど、造形は酷いもんだったなぁ……でも、パソコンで作った3Dは普通に出来が良いという不思議…… (※)
(※答え:ただの不器用)
私の作った例の不格好なフィギュア群 (※)たちは、先日のネッココが増えて三体になってるし。
(※不格好なフィギュア群:アルトラが出先で暇を持て余して作る物体。詳しくは第136話、第187話、第559話参照)
「教科書は大丈夫?」
「明日の持ち物リストにあったカ? 明日まだ使わなんじゃないのカ?」
『もう持って行った方が良いの!?』
「あ、そうだったね」
学校のことも、もはや記憶の彼方だったからその辺の境界も曖昧だったわ……
入学式って、式やってすぐ帰って来るもんな。それはこの世界でもそれほど変わらないわけか。
「そして一番面倒くさい名前書きは……」
既にカイベルが一晩でやってくれました。
なお、制服については、導入する案もあったが、まだまだ資金が潤沢にある状況というわけではないことと、業者の負担が更に増えるため見送りとなった。これについて再び議題に上るのは数年先になりそうだ。
とは言え、気になったために色んな国のヒトに聞いて回ったところ、割とどこの大国でも首都にある有名な学校には制服があるらしく、やはり格式高いのだとか。
種族ごとにどうしてるのかとも尋ねてみたところ、やっぱり結構トラブルがあるようだ。
例えば、ケンタウロス族。上は通常の制服、下はスパッツのようなものを穿かせるが、下は自分で着脱できないため介助が必要なんだとか。大抵は同じ悩みを共有する同族の同性の友達が担当するらしい。居ない場合は同性の友達にお願いして手伝ってもらうとのこと。
あと、背の高さの関係で、ドアが開けづらかったり、机は利用するが椅子は使わなかったりするとか。
人魚族や魚人族の場合、水に濡れても大丈夫な素材で作られているそうだ。彼らの生態も考慮され、水が多い国は学校での水浴びが認められているとのこと。 (生態については第383話参照)
この辺りの事情も突っ込んで聞いたら、土の国は水が少ないためそもそも水棲亜人がかなり少ないらしい。水の少ないところと言うと火の国が思い浮かぶが、大使がいないから分からなかった。氷の国も同じく。
うちの場合は、そういう考慮まで考えが至ってなかったからまだ部屋が作られていない。しばらくの間はプールを利用することで我慢してもらうことになるだろう。
変身すると巨大化するような怪鳥種やドラゴン種のような子の場合は、大抵自身の身体の一部を変形させられるためウロコや羽を使って制服を構成できるように訓練するそうだ。ロミネルちゃんのケースと同じってわけだ。 (第565話参照)
また獣人のように少しだけ体格が変わるような種族は、少し大きめに作っておいて、人型形態の時には絞っておき、獣人形態になった時には広げるような形を取るらしい。
特に変身能力を持つ種族は、子供の頃だと人型を維持することができず、不意に真の姿に戻ってしまうことがあるため、注意が必要なんだとか。
まあ、現在のアルトレリアの学校では、制服を取り入れないことが決定したからどうでも良いことだが。
「よし! じゃあ準備万端だね! 通学路の確認は済んでる?」
「お~、友達ともう何度も行ってるから大丈夫だゾ」
『何度も行ってる』って、開校が待ち遠しかったのかな?
『私は……まだ行ったことないわ! 私、超貧弱だけど、歩いて行けるかしら!?』
「いざとなったらリディアがおぶってやるから大丈夫ダ」
以前身体検査の時に、もうネッココは成長しないって言われてたっけな……
体力が付かないというのは困るな……
カイベルに小声で話しかける。
「……カイベル、ネッココには筋力が付かないって本当なの?」
「……厳密には多少は付きます。が、ネッココ様は植物ですのでヒト種や動物のようにやったらやった分、ある程度の成果が出るというものではありません。動く植物には動く植物なりの性質がありますので、ネッココ様は非力な部類なのだと考えられます」
ってことは、クラスの子たちが成長するにつれて、体力的にどんどん離されてしまうってことになるな……
背の高さもこれ以上変わらないらしいし。
「……ネッココの変身魔道具、創成魔法で筋力補助するような仕組みを追加することってできるかしら?」
「……ネッココ様の身体構造を変えるわけではありませんので、可能と考えられます」
あ、考えてみればネッココ、今現在も魔道具で無理矢理人の形に変身してる状態なんじゃん。
フリアマギアさんがエールデさんに変身した時 (第523話参照)は明らかな質量の変化が出せてたし、創成魔法を用いれば時間の経過で少しずつ成長しているように見せかけることもできるかもしれない。
別に大根の背の高さと同じにする必要は無いんだ。
「よし! ネッココ、ちょっと魔道具外して」
『何で!?』
「ちょっと改良するから」
『改良するの!? じゃあ外してもらえるかしら!? 自分じゃ外せないし!』
「ああ、そっか。はいはい……」
バンザイさせ、身体から変身魔道具を外す。
久しぶりに見た、大根のようなネッココの真の姿。この姿でも身体の側面につぶらな目みたいなのがあって可愛いのよね。
また自室に入って創成魔法で筋力補助と時間経過で成長したように見えるような性質を付与し、戻って来て再装着。
「どう?」
『何が!? 何か変わったの!? 私には分からないんだけど!?』
「ちょっとその辺りを走ってみて」
部屋内を走らせてみると……
『何コレ!? どういうこと!? いつもより早いし、全然疲れない! これなら学校まで歩いて行けそうよ!』
よし、小さい憂いだったが、これで地力で登下校できそうだ。
「ところでカイベル、給食はどうなってる? ネッココの特性についてきちんと話してある?」
「はい。固形物は食べられない旨を全先生方にお話ししてあります。トロル族の先生方は既に把握済みですので、大丈夫かと思います」
派遣教員がいずれ帰国することを考え、トロル族の教員候補を選定し採用し、それぞれの先生に付かせて学ぶ機会を設けた。
それが『トロルの先生方』のこと。
「あなたも食べちゃダメよ?」
『そんなの分かってるわよ! あんな痛い思いするのはもうゴメンだわ!』 (第368話から第369話参照)
ま、本人が食べる気が無ければ、そういう事故も起こらないしね。
「あなたたち、クラスは分かってる?」
既に学校からの便りでそれらも送られてきている。
「お~、Bクラスだゾ」
『私はAクラスよ!』
低学年、高学年、中学生と分けるとややこしくなりそうだという話が三回目の職員会議で出たため、初期は七歳から九歳がAクラス、十歳から十二歳がBクラス、十三歳から十五歳がCクラスという呼び名ということでまとまった。
リディアは今年満十歳、ネッココは満八歳らしいので二人は分かれてしまったようだ。満三歳のロミネルちゃんは特別枠としてネッココと同じAクラスに入る。
余談だけど、トロルの二歳児はロミネルちゃんほど成長速度が早くないため、思考能力も人間の二歳児とほぼ変わらない。いくら『うちの子も学校に入れたい』と言われても入れるわけにはいかない。
「よし、二人ともちゃんと把握してるわね。あ、それから二人共、知らないヒトに付いて行っちゃダメよ?」
『何でよ!?』
「この町に知らないヒトなんかいないゾ?」
マジ……?
リディアってコミュニケーション能力ずば抜けてるのね……
私、トロル族ですら大半が知らないヒトなんだけど……
「ま、まあ付いて行ったら色々悪いことされる可能性があるのよ」
「悪いことっテ?」
「例えば、連れ去られちゃったりとか」
「連れ去リ? じゃあ、アルトラ悪いヤツなのカ?」
あ、そう言えば私ってリディアを連れ去った側なのか?
「悪いヤツに見えてる?」
「見えてないナ」
「私の場合は一応許可取ってあなたを引き取ったからね」
本来なら親に許可取るべきところだから、『誰に?』というところがおかしいが、一応水の国に断りは入れてある。
近くに親おらんらしかったし……
「他にも例えば、ネッココだったらすり潰されちゃうかもね……」
『えっ!?』
「あなた、マンドレイクって知られちゃったらまずいからね」
まあ……変身魔道具付けてる限りは、バレることは無いだろうけど……
『そ、それは嫌だわ!』
「ってわけで、怪しいヒトには近付かない」
「分かったゾ」
『分かったわ!』
「さて、明日から早いから今日はもう寝なさい。明日七時半起きだからね」
「『 えっ!? 早過ぎ! 』」
「学校ってそんなもんだから。普段は六時半に起こすからね!」
「『 えぇ……やだぁ……! 』」
「遠くから来る子なんて五時起きだったりすることもあるから。働いてるヒトはもっと早くから起きてるヒトもいるのよ?」
「じゃあ、リディア学校行かなくて良いヤ……」
『私も……!』
「ダメよ。この町で生活してるからにはきちんと学んでもらうんだから」
「あ、でもアルトラには転移魔法があるかラ、ギリギリまで寝てられるナ」
『ホントね! 私もそうしよっと!』
「…………ダメよ。時間になったら叩き起こすから」
カイベルがね。
「みんな転移魔法なんか無くても歩いて登校するんだから。さあ、明日から遊びほうける時間も終わりよ! さっさと寝た寝た!」
こうして学校準備で夜は更けて行った。
入学前なんて、懐かしい……
現在の年から考えると本当にもう記憶の彼方ですよ。
それから、三度目の『GEM Standard』ランクインしました!
推していただいてる方、ありがとうございます!(^^)
詳しくは活動報告にて。
次回は2026年5月1日の投稿を予定しています。
第597話【学校開校】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は21時付近までのいずれかの時間になります。




