第595話 歴史編纂のために各地を奔走(地獄の門はいつから存在する?)
二度目の職員会議で、調べてメモした資料を歴史教師のラフィミィナ先生に手渡した。
「えー! 数日でこれ調べて来たんですか!?」
「はい。一部資料もお借りしてるので、読みたい場合はお貸しできますけど」
「それは興味あります! 中立地帯は今まで進入できないのが暗黙のルールでしたから! ああ、でも――」
何やらちょっと言い淀んだ。
「――歴史の授業って、もう少し理解力が出来てきた四年生くらいから始めるんですよ。つまり、その……」
ああ、別に急いで資料を揃える必要も無かったってことなのね……
早く行ってくれれば奔走しなくて良かったのに……でも――
「――良いんです! 今後の資料にしてください!」
「分かりました」
「じゃあ、これ、知り合いのツテでお借りした中立地帯の資料です。次の職員会議の時にお返しください」
「ありがとうございます! 丁重にお借りします!」
この日の職員会議で、更に授業方針を詰めた。
◇
帰宅後――
「そう言えばカイベル、何でこの星ってちゃんと年月日の概念があるの? 太陽も無いんだから日にちも分からないんじゃない?」
「日時計はありませんが、魔石の中には地球の引力に連動して微動する、通称:引力石というものがあります。大昔はそれを凹凸の少ないなめらかな穴の中に置き、それがどの方向へ動いたかでおおよその時間を確認していました。冥球の自転によって地球がどの方向にあるのか変わるためです。そして、のちにそれと連動する仕組みで動く大時計が作られました。これには真っ平に加工した円状の入れ物を使っており、中に入れる引力石も限りなく真球に近い形に加工がされています」
「そんな仕組みがあるの!? 凄いね!」
「世界の頂がこの冥球の赤道に当たるライン上にあるため、あの土地のとある場所にその大時計は設置されており、この魔界の時間は大時計を基準に決められています」
「なるほど、世界基準となる大時計ってわけね」
「それに付け加え、生物の中には今が一体何月の何日かを感じ取ってる生物がいますから。主にそういった方々に聞いていたようです」
「感じ取ってる生物? あ! フレアハルトたちやリディアか! 彼らは確かに年が明けたり、月が新しい月に移ったりしてるのを感じ取ってたわ!」
全員、少し日にちがズレてるとは言え、自分の誕生日まで把握してたしな。
「ん? それってどっちが先なの?」
「時計が先で時間感覚のある生物はそれを知ってから何日か分かるようになったというところですね」
「へぇ~、だとしてもヒーナさんたちは、腕時計のようなものを持ってないはずよね? 地球で時計が出来て五百年も経ってるの?」
「経ってますよ。時計は地球でおよそ七百年前、千二百八十三年に作られています」
「え? そうなの? じゃあ、腕時計はいつ出来たの?」
「千八百十二年です。およそ二百十年ほど前ですね」
二百十年……流石に五百年前に腕時計は無い。
「確か懐中時計って時期もあったよね? それは何年?」
「千五百五年です」
ちょうど五百年くらい前か……もう冥球にも伝わってる?
こっちなら亡者が伝えてれば有り得るか……
「アルトラ様は、地球が先という前提で考えていますが、魔界ではもっとずっと早い時期から時計は存在しています。八千年以上の歴史がありますから」
「八千年!? そんなに昔!? じゃ、じゃあ地球では何年前に出来たの!?」
「およそ七千年前にエジプトで作られた日時計が最初ですね。魔界はご存じの通り太陽がありませんので、時間を知る術がありません。ですので地球より早かったのだと考えられます」
「へ、へぇ~。つ、つまり、ヒーナさんたちは時間が分かる物を身に付けていたってことなのね?」
「はい。腕時計です。ドワーフの技術により既に発明されていました」
「なるほど……」
だから日誌の日付も正確なわけか。
「それと今回、手記見て思ったんだけど、何でグリーントロルってこの地に移り住んだの? 昔はもっと川まで近いところに住んでたんだよね? 何でこの場所?」
「場所についてはただの偶然ですね。偶然赤龍峰の麓に落ち着いただけです」
「こんなとこじゃ水汲み行くのだって大変でしょ? ヒーナさんの手記でも『大変だった』って記述があるし。理由は何?」
「グリーン、レッド、ブルーの三種族による諍いの激化ですね。あまりにも激しく争いどんどん個体数が減ってしまったため、その当時劣勢であったグリーントロル、ブルートロルが逃げるようにそれぞれの場所へ居を移したと、そんなところです」
「劣勢であったって、私がレッドトロルの集落に行った時は明らかにグリーントロルより少なかったけど? 確か四百人くらいしか居なかったんじゃなかったっけ?」 (第192話から第193話参照)
「グリーントロルたちは、ヒーナ様たちが壁を作ったことにより生存の可能性が広がり、少しずつ個体数が増えていったようです。とは言えここも過酷な土地でしたので、存亡の危機には二百人を下回っており、微増程度を続けて現在千三百人に至ったというところでしょうか。トロルたちは水もあまり必要としなかったため、その都度汲みに行く程度で済んでいたようです」
「な、なるほど。じゃあやっぱりヒーナさんたちはグリーントロルたちの恩人なわけね」
ここでもう一つ疑問に思った。
「トロル村から地獄の門って二本の道で繋がってるよね? 何でそうなってるの? ヒーナさんたちが壁を途中まで作ったのはどういうわけ? 何で途中まで?」
しかも、二本の道に沿って作られているという不思議。
「低い高度までにすると、ガルムが道に登ってきて、裏側から村へ進入するので崖を登って来られない高さまで作ったというところですね」
「だ、だって、私が初めて魔界に来た時には壁の“内側”にガルムが居たけど!?」 (第3話参照)
「五百年経って壁もところどころ壊れているので、穴が開いたところから侵入したのでしょう。エキスパンション・ジョイントがあるとは言え、四百年ほどで大穴が開き、入れるようになってしまっているようですから」
「エキス……何だって?」
「エキスパンション・ジョイント、所謂“あそび”というものです。二十メートルおきくらいの間隔で隙間が作られているのに気付きませんでしたか?」
そういえば切れ目みたいなところはあった気がする……
「ああ、あの縦の割れ目、あれって風化して割れたのかと思ってたけど、最初からそういう設計だったのね」
「現在は風化で大分ボロボロになってしまいましたが、元々はあそこに石灰質の壁が挟まっていました。現在は溶けてしまって隙間になっていますが」
「え!? そうなの? あ、クリアランスとか言うやつ? そう言えば手記にも書いてあったわ!」
「その分断による“あそび”が設けられていたことにより、現在でも大きく破損することなく壁が立っていられるのです。この“あそび”を設けずに一枚岩で壁を作っていた場合、もっと昔に大きな亀裂が入り、今頃は自重で壁など存在しなかった可能性が高いでしょう」
「へぇ~! そうなんだ。ガルムたちはいつ頃から壁内に侵入してくるようになったの?」
「百年ほど前からのようですね」
「そんなに前!? じゃあ何でトロルたちは百年間生存していられたの?」
「壁が出来てからガルムたちの習性が変わったためでしょう。共食いを警戒して一匹狼で行動する者が増えたため、穴に気付いてもそれを伝える仲間はいません。そのためトロルたちは現在まで何事も無く生存できていたのだと思われます」
「なるほど……」
それで現在は作物があったり、気温が下がったことによって別地域から別の生物が流入するようになったから、また性質が変わって集団で行動するようになったわけか。
まあ……集団で生活できるようになったのは良いものの、天敵も増えたから彼らにとっては大変な時代になってしまったかもしれないが……
「ところで何で山道と村が繋がってるの? 壁作ったんなら全部塞いじゃえば良かったのに。あんな熱い山、登るヒトいないでしょ?」
「ある時から畏怖の対象になっていましたので、村と山を完全に塞がないよう、二つの道を残したのでしょう。壁が途中まで作られたのは、ガルムが登って来れないようにすることの他に、気温が暑すぎてそこまでしか作れなかったという理由があります。ドワーフはそこまで熱に強くありませんので」
「え? だってレッドドラゴンの町を作ったのってヒーナさんたちなんじゃないの?」
「あれはまた別の技術を使って作られています。説明するのは長いですが説明しますか? なお、トロル族とは全く関係がありません。それに、私から説明してしまうと後々何かの拍子でその話題になった時に詳細に知り過ぎていると疑われるかもしれません。手記にも書かれているので機会があればそちらを読んでみてはどうですか?」
そんな機会あるかなぁ……?
フレアハルトたちだって、今はもう気にしてないと思うけど……
「それって、ヘパイトスさんから借りて来た手記の中にあるの?」
「ありません。もっと後年に書かれた手記ですね」
無いのか……
じゃああの七十冊くらいあったもっと後半の方なのか……
「じゃあ、まあ長いって言うし、今は良いわ。赤龍峰の話してたらもう一つ疑問が浮かんだ。今更だけど地獄の門を作ったのは誰なの?」
「それも神々のどなたかだと考えられます。地獄と共に設置されたのではないかと」
『考えられます』、『ではないかと』?
カイベルの言うことなのに、断定ではないのか?
また神域だから観測できない………………ってわけではないはずよね……
ここが神域に含まれるなら、私たちの行動だって観測できてないはずだし。
「じゃ、じゃあ、地獄が出来たのはいつなの? この地獄の門前広場に異変があった頃を観測すれば良いわけだから、いくら神域って言ったって出来たのがいつ頃なのかは分かるでしょ?」
「少々お待ちください」
…………connecting…………
また、深い情報を得る時の挙動だな。
動きが停止した。
◇
十分経過――
…………connecting…………
な、何か今回はいつもより大分長いな……
◇
二十分経過――
…………connecting…………
長いな……もう二十分以上経つ。こんなに長く沈黙されると、不安になってきた……
ちょ、ちょっと声をかけてみるか。
「カイベルさん?」
「はい」
「ど、どうだった?」
「およそ二十万年前まで遡りましたが、ずっとあそこにありますね」
「二十万ンンンッッ!!?」
年代の桁が違う!
「もしかしたら人類有史、例えばサヘラントロプス・チャデンシスの時代から存在するのかもしれません。『地獄』は人類の咎人のために作られたものと考えられますから。ただ……確定ではないのでもっとずっと前の可能性もありますが……」
「サヘ……なんだって? 何そのピテカントロプス・エレクトスみたいな名前のヤツ」
「サヘラントロプス・チャデンシスです。世界最古の人類でおよそ七百万年前には存在していたそうです」
「世界最古ってアウストラロピテクスじゃないの?」
「それはアルトラ様が勉強されていた時代の中学一年生の教科書の歴史ですね。アルトラ様が勉強されていたその五年後の二〇一二年に書き変わり、現在の最古の人類とされるようになりました」
「へぇ~、そうなんだ……」
最古の人類って書き変わるもんなんだ……
私が高校卒業後くらいに書き変わったってことか……知らないわけだよ……
しかし、カイベルが『されるようになりました』って……そこまで遡るのに膨大な時間を要するから、現在確定している歴史を提示されたってことか。
ここに来てまた別の弱点が判明してしまったな。以前からカイベルから遠くなれば遠くなるほど情報を得るのに数秒の時間を要してたけど、それは過去を視る時にも適用されていて、過去を遡れば遡るほどそれ相応の検索時間が必要ってわけね……
まあ数百万年前なんて、そもそも調べることすらしないし、気付かなかったのもおかしくはないか……
「じゃあ結局地獄の門がいつから存在するか分からなかったの?」
「はい。もっと時間をかければ可能かもしれませんが、アルトラ様が声をかけられたので中断いたしました」
あ、声かけると中断しちゃうんだね……
しかし、二十分以上かけてもまだ二十万年…………いや、たった二十分で二十万年遡ってることがもう驚愕の性能か……
ホントに、何でこんな優秀な子を私が創れたのか不思議でならないわ。あの頃は、魔法を使えるようになったばかりだから、きっと『何でもできる!』っていう万能感が反映されたんだろうな……
「じゃあ、別に良いわ。七百万年はあまりに長い」
二十分で二十万年ってことは、七百万年は単純計算でも七百分でしょ?
十二時間近くも停止させてたら、リディアかネッココかクリューか、誰かしら声をかけるだろうからそこでまた停止するだろうし。
しかも、カイベルの予想から考えると下手したら七百万年で済まない可能性もあるって言う……
例えば、現在は人類が罪を濯ぐ場になっていたとしても、もしかしたら“人類以外に使われていたその前段階”があるかもしれないし。
そんなどうでも良いことにカイベルを使うわけにもいかない。
「それと……」
「なに?」
「私の推測になりますが、神々の方々が関わっているとなると、これ以上遡ってももしかしたらあるポイントから先が視られない可能性もあります」
つまり、人間が知るには過ぎたるもの、もしくは視られたら都合が悪いものだから妨害が入る可能性があるってことか。
「なるほど……」
ドタバタあったものの、何とか分かる範囲でだけだが、この地の歴史を知ることができた。
侵入禁止の暗黙のルールがあった中立地帯であるため、資料が物凄く少ない。
薄っすい歴史ではあるが、それはまあ仕方ないだろう。今後は地層学者などの調べによって何らかが判明するかもしれないが、それはまだ先だろう。
「ん? …………地質学者?」
……
…………
………………
「あ……!」
突如として一つの危機感を覚えた……
今回気付かれてはいなかったが、もしかしたら今後 (現在捏造している)古代遺跡にまで言及や調査が及ぶ可能性も……? (第438話から第440話参照)
ま、まだ教師間だけの話だし、広がるまでには数年あるだろう。それまでに『誰が見ても古代文明の遺跡』って感じの遺跡に捏造しておかないといけない。
「い、今は考えないようにしよう……」
そして後日、三度目の職員会議で更に授業方針を詰め、遂に学校が開校される日が来った。
地獄の始まりっていつなんでしょうね。
次回は2026年4月24日の投稿を予定しています。
第596話【学校開校】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は21時付近までのいずれかの時間になります。




