第585話 教育方針を詰める
「こちらへどうぞ」
リーヴァントが全員を校内の会議室へ案内し、それにぞろぞろと付いて行く面々。
会議室に着いて、私が上座、所謂お誕生日席へ座り、リーヴァントは書記の位置へ。
そして全員へ声掛けする。
「ご自由におかけください」
席に着いて早々、光の精霊のルミナリス先生から疑問の声。
「アルトラさん、教師ではないのですよね? この国の国家元首と聞いていますが……そんな方が教育も担当なさっているのですか?」
「え、ええ、まあ……うちの町、まだ発展途上国で教師が居ないので、必然的に『学校』という制度を知っている私が請け負う形になってるんですよ。では会議を始めさせていただきます」
会議開始の言葉と共に、再度ルミナリス先生からの質問。
「この町にはまだ学校が無かったとのことですが、どういった形態を想定しておいでですか?」
「まだ子供の人数も少ないので、小学校低学年、小学校高学年、中学生という三クラスにしようかと考えています」
「しかし、学校が存在しなかったということは、年齢相当の学力は修得していないということですよね?」
「え、ええ……まあ、そうですね……はい。働いているヒトたちも主なところではドワーフさんたちを筆頭に各国の方々や……カ」
『カイベル』と言いかけて留めた。
ここでアルトラルサンズの個人名を出すと面倒そうだ。ここでは言わず徐々に知ってもらった方が良いか。
「……などの助けで専門的な分野は修得していってますが、学校の勉強となると、誰一人修めていないのが実情です」
だが、この『専門的な分野』を習得すること自体が物凄いことなのだが……特に建築関係。
今やトロル族のみんなも『学校の勉強をしてこなかった』と言うだけで、全くの馬鹿ではない。
「そうすると、年齢関係無く一斉に小学校低学年の授業から履修ということになりますね」
「まあ……そうですよね……」
これはずっと考えていたんだよな……
例えば十三歳だからと言って、六歳から十二歳の基礎学力が無いのに、中学生の勉強ができるわけがないから……
「そうすると、基礎教導所って感じですかね?」
「『基礎教導所』? 何ですかソレ?」
「久しぶりに聞きましたな、ソレ!」
と、声を発したのは風鳥のウォルガルド先生。
マッスルだけあって声がでかい。
「『基礎教導所』というのは、『学校』という呼び名ができる前の我が国での学び舎の呼び方です。他にも素養所、基礎院、読数所など、地域によっての言い方があります。この名称が使われていた頃には全くバラバラの年齢の子供を集めて授業をしていたそうです」
「へぇ~、なるほど」
要するに日本で言うところの『寺子屋』ってわけか。
「つまり、その基礎教導所の方式で、授業を行うってわけですか?」
「それが現状最も現実的かと」
「でも、年齢バラバラの子を集めるんですよね? ってことは六歳の子の隣で十五歳の子が同じ授業を受けるってことになるんですか?」
「過去の私たちの国ではそうだったと聞いています。イグナート先生はご存じですか?」
ダークエルフのイグナート先生。見た目は若いものの、エルフ種だけあって恐らくこの中で一番年上なのだろう。
以前エネルギー体を受肉体にする精霊は寿命が短いと聞いている (第432話参照)。
つまり、ここに居る光の精霊、風の精霊はダークエルフの彼に比べれば、それほど長くは生きていないのではないかと思う。
それでも教師陣の団長を務めるのは、魔界で受肉する前の知識を様々持っているためだろう。
「ええ、私はその時代から生きていますからね。ただ、あのようにあまりにも年齢に差があり過ぎるのも問題かと思います。仮に下の年代の子が、上の年代の子を追い抜くようなことがあると、上の子には大分屈辱を強いることになってしまいますから」
そっか、やっぱりそういう問題もあるよね……
一歳、二歳くらいの年の差ならまだしも、万が一、六歳の子が十五歳の学力を抜いたとなると、十五歳の子は意気消沈するか最悪グレてしまうかもしれない。
地球でもそういうことが起こらないわけではないが、突出した天才だけに起こることだしね。
「アルトラさんが最初に仰っていた、三クラスに分けるというのが合理的だと思います。年齢バラバラでごちゃまぜにするよりは、年齢差が一歳から二歳ほどに抑えられますから」
ここでクラス分けについてひと段落して、別の質問が来た。
「今年入学する予定の生徒は何人ほどなんですか?」
「現時点で八十人程度です。開校が四月なのでもう少し希望者が増える可能性はありますが」
「八十人? 町の総人口は二千人ほどと聞いていますが……総人口としては大分少なめですね」
イグナート先生が疑問を口にする。
元々は町の総人口は千七百人ほどだったが、実は大使館員が百数十人増え、移住者、仮移住者が少し出てき始めたため、以前より少しだけ増えている。
それに伴って、学校に入学する子もトロル族以外が少量混ざるように。ロミネルちゃんもその一人。
もっとも……ロミネルちゃんは年齢に達していないものの、フレアハルトの強い希望で特例で入学させるわけだが……
「まだ我が国はそれほど豊かというわけではないですからね。経済的事情もありますし、現時点では義務教育とせず親の許可制にしましたので」
「まあ、四人で回すにはそのくらいが妥当ですよ。あまり多いと手に収まり切れませんし」
と言うのは、風の精霊のラフィミィナ先生。
◇
年齢問題を詰め終わり、次は教科の話に。
「共通語、算数、理科、社会は良いとして、歴史はどうしますか?」
「この国の歴史を、我々は知りませんからね……」
「下手すると、各国で中立地帯の資料を探して紐解かなければならないかもしれないですね」
「アルトラさんはこの地の歴史についてご存じなのですか? 意見をお聞きしたく思うのですが……」
「え? あ、はい……」
私だってこの地の歴史知らないよ……
近代史どころか、直近代史になりそうだ……
紙で資料が残ってるわけじゃないから、下手したら私が魔界に来た辺りからこの地の歴史が始まってるような感じになりかねない……
「え~と……わ、私にもこの地の歴史については何とも……こちらで調べてみようと思いますのでしばしお待ちを。しばらくは世界史だけということで……」
カイベルに聞いたら分かるんだろうけど……カイベルに聞いたところで、教師陣には分からないから『それはどこからの資料ですか?』とか『出典はどこですか?』とか聞かれそうだ……
と言うか、事実に基づいて授業をするなら聞かれないわけがない。
一応全部資料に基づいて作らないといけない。
昔の資料も何も無いこの地でどうやって歴史を編纂したら良いんだ?
とりあえず、各大国の図書館なんかで調べればある程度の歴史が知れるかもしれない。
現時点で、ドワーフがトロル村の原型を作ったってことは言わない方が良いかも。
「そう言えば、この国の原住民ってグリーントロルなんですよね?」
とリーヴァントに質問するラフィミィナ先生。
「そうですね。現在は随分多種族との交流が増えましたが、元々は私たちだけしか住んでいませんでした」
「でも、この国のお金、なぜかトロル族がお札の顔ではないですよね。私にはドワーフっぽく見えるんですけど」
既にこの地のお金に換金したらしく、ラフィミィナ先生が一万イェン札を広げる。
「あ……」
お札に描かれた顔がこの国の種族じゃないってことは、もう昔にドワーフが関わってるって示唆しているようなもんじゃないか……
「それに、アルトラさんが国家元首というのも不思議なんですけど……」
その言葉を受け、リーヴァントがこれまでの経緯を説明する。
「なるほど、リーヴァントさんたちがアルトラさんにお願いして、村の代表になってもらったんですね!」
と、こちらへパスを回すラフィミィナ先生。
「え、ええ、そうですね……」
私が代表である経緯は何とか納得してくれたが、お金については納得していなかった!
「それでは、なぜお札はドワーフ族なんですか? その話からすれば、アルトラさんが描かれていてもおかしくないのでは?」
「ど、どうやらこの町……元々は村でしたが、この村の生存に大きく関わりがあるようで、その彼らをお札の顔としました」
「アルトラさんが国家元首なのに、お札はアルトラさんではないんですね。大国は魔王陛下の顔がお札に描かれるのが常なんですが」
「そ、そうですね。私判断で過去の偉人からということに。それに出来たばかりの新興小国ですので」
主に自分の顔がお札になるのは恥ずかしいという理由でお札化を避けたわけだが……
「なるほど、ということは、その歴史的資料がどこかにあったということですか?」
ギクッ
うわぁ……そりゃこの展開になるよね……お札作る前にここまで想定できてれば逃げ道作れたのに……どうしよう……?
ドワーフが生存のための礎を作ったというのは情報として間違っていないのに、カイベルに聞いただけの情報に過ぎないから、あの頃に意図しなかった矛盾が生じている……あの頃の私はライブ感で動いてたからな……少々浅慮が過ぎた……
この町が生存できた理由についての資料なんて存在するんだろうか……?
禁忌の土地で、ほとんど誰も立ち入らなかった土地なのに?
と、とりあえず、ヘパイトスさんに聞いてみようか? ご先祖様だって言うし資料を持ってるかもしれない。
「アルトラさん?」
「そ、そうですね……あ、あったんじゃないかなぁ…………」
後半に行くほどに声が上擦り、トーンが下がる……
案の定――
「え?」
――後半は聞こえなかったらしく、聞き返されてしまった……
「げ、現在の資料だけでは不足していると思われるので、れ、歴史の教科書については私が調べて編纂しておきます……」
とりあえず、今はこう言っておくしかない! 見つからなかったらそれはその時だ!
トロルの誰かの家で手記が見つかった! とか捏造も範囲に入れておかないとな……
いや、でも七大国会談でルシファーが『あの地には頭の悪い亜人しかいなかったが』的なことを言ってたから (第230話参照)、中立地帯のことをも少しは知られているってことだ。つまり各国には資料が存在している可能性が高い!
探してみる価値はありそうだ。
「そうですか? ではお願いします」
と、とりあえず切り抜けたか……
と思ったその時、
「じゃあ次ですけど、千イェン札のこの方は誰ですか? この方だけドワーフではないですね。…………ん?」
何かに気付いたようで、ラフィミィナ先生が千イェン札とリーヴァントの顔を交互に見る比べる仕草。
「このお札だけトロル族……ですね? どことなくリーヴァントさんに似てるように見えるのですが……?」
世界史を教えてるだけあり、人物画も気になるらしい。
そこも突っ込まれると、ヒヤヒヤする……
しかし、その一言にリーヴァントの表情がパッと明るくなり――
「はい! アルトラ様が想像で描いてくださった我々のご先祖様だそうです! ウォルニールという方なのだそうです!」
――と誇らしげに答えた。きっとこの町の礎を作った人物と自分の顔が似てると言われるのが嬉しいのだろう。
『想像で描いた』と言ったが、カイベルに聞いて描いてるからもちろん本物の顔なのだが、資料が無いために本物であるとするには面倒。そのため、リーヴァントの顔をモデルに想像で描いたことにしている。
「なるほど、想像の人物とは言え、このお札の方たちがこの町の礎を作ったのですね。しかし、これだけでは資料が圧倒的に不足してますね。資料が無いのでは深堀りするのも難しいですし、この国の歴史について教えるのは難しいと思います」
「そ、そうですよね! い、今は世界史だけで問題無いです!」
ホッとしたのも束の間、更なる追撃が来た。
「そう言えば、ここの図書館の本って、各国から寄贈されたものが多いんでしたね。もしかしたらその中に中立地帯に関する本もあるかもしれませんし、私の方でも調べておきましょうか?」
こ、これは大丈夫なやつだよね? 調べられても大丈夫だよね?
もはや、何が大丈夫で何が大丈夫じゃないかの境界線すら、焦りで分からなくなってきてる。
「そ、そうですね。そうしていただけるとありがたいです! 私の方でも調べておきますので!」
私には空間転移魔法がある。各国の図書館を回ってこの地の資料を集めよう。禁忌の土地と言われていたとは言え、誰かしら書き残しているヒトがいるだろうから。
その前にまずヘパイストスさんのところだな!
と、こんな感じで教科の話を詰めた。
そして会議は終わりへ。
「では、これにて初回の会議を終わろうと思います。皆様、ご参加いただきありがとうございました」
終わった後は疲労困憊……
だが、すぐに我が家に帰ってカイベルに資料になりそうなものの在り処をピックアップしてもらう。
その結果、ヘパイトスさんのところに手記があるとのことだったので、ドワーフ商会が営業時間外になるのを待って水の国へ飛んだ。
この地の歴史編纂は前途多難です……
次回は2026年2月13日の投稿を予定しています。
第586話【ドワーフ名工の手記を求めて……】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




