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黒鎧の奥で君は  作者: 椿 柚柑


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その後の話1 似た者同士

11話の、その後の話。

 ブルーノは常々思う。

 ルディを甘やかしたいと。


 結婚が決まり孤児院の改築も終わってそろそろ二人で同じ部屋で生活する準備を、という頃ルディが妙にぼんやりとしている日が続いた。

 マリッジブルーという言葉を聞いたことがあったブルーノはルディが生活が変わってしまうことに不安を覚えているのではと、一日中話しかけるタイミングを探していたのだが・・・


「全く話す時間が取れないのですが、皆さん何か知っていませんか?」

「え~わかんなーい!」

「僕知らないよー!」


 話しかけようとするたびに誰かがルディに用事を頼む。孤児院の子どもたちが話しかけることもあればマルコが来ることも、町の人がやって来ることまであった。いったい何がどうなっているのかわからずブルーノは焦っていた。


「ルディから何か聞いていたりはしませんか?」

「ん~どうかなぁ~よくわかんない」


 一番頼りになるリヤに恥を忍んで尋ねると曖昧な返事が返ってくる。ブルーノは子どもたちが何か企んでいるのだと思っていたが、その確証が得られない。


 悪いことでないとは思っている。同衾はしていないが、ルディの使っている客室はブルーノの私室の上にあり、引っ越してきた当初はよく呻き声が聞こえてきた。

 一度だけ泣き疲れたルディにしがみつかれて一緒に寝たあの夜も、彼女は酷く魘されていた。


 だが最近はそのような声は聞こえてこない。夜遅くまで物音がしていることはあるが、大きな音はしていないし話声もしていない。少し前に宿屋の女将のところへ女の子たちと何かを学びに行ったのでその復習でもしているのだろうそっとしておいた。

 思春期の女性の悩みを、思春期を経験したはずのルディは全く経験していなかったと言って落ち込んでいたので、恐らくそのあたりを女将に聞いたんだろう。そうなると男のブルーノは出る幕がない。


 魘されてはいないし何か辛いことを抱えているわけでもなさそうなのは安心できるものの、ブルーノにはルディを甘やかしたいのにそれが出来ない苛立ちが徐々に溜まっていた。


「ルディに会いたい・・・」

「毎日一緒にご飯食べてるのに神父さま変なのー!」


 ぽつりと零した言葉に子どもたちは大はしゃぎしている。リヤだけは何かわかったような顔をして、あーあと言っていた。十一歳を迎えたばかりでまだ子どもだが、美しい見た目のせいで成長せざるを得なかったのだろう。どこか達観した様子でブルーノ達を観察しているように見えていた。




 その夜、ブルーノは意を決してルディの部屋を訪れた。

 夜遅くに婚約状態にあるとはいえ女性の部屋に行くのが良くないことはわかっている。押しに押しまくってこの状況を作り上げたブルーノも、婚前ということできちんと境界線を引いて接していた。


 だがもう限界だった。こうなる前のほうが一緒に居られた気さえしてくる。神職に就いているのだからとあれこれ考えたが、ハヴァフレア王国の教会は神職に就くものたちの結婚を推奨している。夫婦仲睦まじく子だくさんであることを喜ぶ神だと言われている。それを理由にして、というわけではないが、ルディに触れたくて限界だった。



「・・・ブルーノさん?」


 部屋をノックするとおずおずとルディが顔を出した。扉をほんの少しだけ開けて中を見せないようにしている。


 その行動を見て、何か内緒で準備しているのかもしれないと思い立ち、無理に部屋に上がることはせず外に連れ出すことにした。


「久しぶりに散歩しませんか?」

「いいですね、すぐ準備します」


 ルディは嬉しそうにほんの少しだけ笑顔を浮かべてすぐに支度をして部屋を出てきた。すぐにブルーノはルディの手を取って指を絡める。


「・・・外に出てからにしません?」


 なんとなく教会内で触れ合うのに気後れしているルディはそう言ったが、今更だとわかってもいた。ルディは未だに一緒に寝た翌日の甘いブルーノの行動を思い出しては悶えているのだ。もう半年以上も前の話にもかかわらず。

 そしてやはりルディの訴えは却下された。



 夜の海は穏やかに、ざあ、ざあと一定のリズムを波の音が刻んでいた。

 二人はゆっくりと砂浜を歩く。言葉がなくてもその時間は二人の気持ちを近づけていた。


「ゆっくり二人で話す時間が欲しかったんです」


 立ち止まり、二人並んで砂の上に座り込んでからブルーノはそう言った。

 暗くて表情は良く見えないが、何か落ち込んでいるみたいだとルディは思う。


「寂しかったんです。ルディさんは?」

「わ、私も、寂しかった」


 ルディは素直に答えた。寂しかった。しかし今のルディにはあまり時間がなくあれやこれやと理由を付けては部屋であるものの制作に取り掛かっていた。リヤをはじめとした年長の女の子たちにと宿屋の女将がそれを手伝い、何とか間に合いそうになっている。


 自分がそうしたくて選んだのに寂しいと言うのはお門違いだと思っていたルディは寂しさを我慢していた。だが、ブルーノも同じように寂しがっていてくれたのだと思うと途端に嬉しくなってしまった。


「自分だけが寂しいのかと思っていたのでブルーノさんもそうだったと聞いてちょっと嬉しくなりました」

「私もですよ。そう思ってもらえたのはすごく嬉しいです。でも、これ以上は我慢が出来ないと思いまして」


 ブルーノはルディの方を見て、口付けがしたいと小さな声でつぶやいた。


「こ、婚前の・・・・ん」


 嫌なわけではなかったが婚前にそういうことをしていいのかと迷っているうちに唇に柔らかなものが触れ、目の前にはブルーノの顔がすぐそこに迫っていた。


 ルディにとってこれは初めてのキスだった。口の横にブルーノから口付けられた時よりも激しく胸が鼓動する。何もかもが初めてのことでどうしていいかわからず息を止めていると苦しくなってきて、ぽんぽんとブルーノの肩を叩くと触れていた唇がそっと離された。


「鼻で息してくださいね・・・と言っても私も初めてなんですが」

「え?」

「え?ってそんなに遊んでいるように見えました?」

「い、いえ。手慣れているなと」


 ブルーノは思わず笑ってしまった。いつも凛としているルディが膝を抱えて蹲っている。そのままルディの体を自分に引き寄せ、耳元でささやく。


「ルディさんに触れたいし、カッコいいところも見せたいし、必死なんです」

「うあああ、そそそ、そうですか」

「照れてますか?可愛いです」


 ぺろ、と耳をほんの少し舐めるとルディはんぐっと何か詰まるような音を出したあとげほげほとむせ出した。

 そんなに驚かなくてもいいのに、とブルーノは笑いながらルディの背中をさすってやる。


「ぶ、ブルーノさんって時々悪魔のようです」

「おや?それはどうしてでしょうか?」

「私の心臓を壊しに来てる気がする、いつもは天使様みたいなのに」


 ブルーノは驚いた。ルディはいつもブルーノに対してどう思っているのかを口にすることがない。好きとかの想いを伝える言葉もロターリオが来て引っ掻き回していった頃にさえはっきりとは口にしなかったが、それ以外のことも殆ど言わない。


「天使のようだと思っていたんですか?」

「お祈りをしている姿が神々しく・・・ブルーノさんがいてくれたから救われたと思っていもいるし・・・それに、子どもたちを見る目はすごく温かい、ですし・・」


 恐ろしい口説き文句だとブルーノは胸を抑えた。言葉が巧みなわけではなく、ぽつりぽつりと小さな声で紡がれたのはまさしくルディの本心だ。


「そんな風に思われていたのは知りませんでした・・・私には、ルディさんは女神のように見えていますよ」

「!!そんな・・・そんなことない」

「いいえ、初めてここで話しかけた時あまりの美しさに跪いて愛していると言いたくなりました。つまり、一目ぼれです」


 今度はルディが驚く番だった。エスメラルダと名乗っていた頃のことも含めて好きだとブルーノは言っていた。それを疑っていたわけではない。ただ、あの頃のことがあった上で、孤児院で手伝いをするようになっていったからこそ、そういう思いが生まれたのかと思っていたのだ。


「知らなかった」

「言ってませんでしたか?元々好意的に思っていた部分はありますが、そういう意味で好きだったわけではありません。ここに立っているあなたを見た瞬間に恋に落ちたんですよ」


 徐々に顔に熱が集まっていくのがルディにはわかった。本当にすぐ目の前にいるブルーノにそれがばれてしまうのが恥ずかしくて目を背けるけれど、その瞬間に目じりにちゅっと軽く口付けされる。


「外なのが残念ですが、教会の中ではゆっくりできませんし今日はこのくらいにしておきましょう」

「こ、このくらいとは?」


 ルディはもう限界ぎりぎり、いやもう超えている。男女の営みについてざっくりとした知識は持っていたが、リヤたちと共に宿屋の女将にしっかりと教わって絶句したのがつい先日のことだ。何度かそういう講義を受けていたリヤたちよりもルディのほうが初心な反応をしたために相当揶揄われたが心配も同じくらいされた。

 そんな事態があっという間に目前に迫っていると思うと生きた心地がしなかった。


 戦場のほうが緊張しなかったとさえ思うくらいにブルーノに対してはよくわからない緊張が走るのだ。


「ゆっくり行きますから安心してください。酷いことは絶対にしないと誓います。ただ、甘やかすのは止めませんから。せっかく女神が隣にいてくださるのだから愛を囁くのは当たり前ですからね」


「う~~~~あああ・・・」


 声にならないうめき声を小さく漏らしながら、ブルーノに手を引かれたルディは真っ赤な顔のまま町を歩く。


(今からこんなに可愛くてどうしたらいいんですかねぇ)

(今からこんなにドキドキしたら心臓が持たない!)


 二人は似たようなことをそれぞれ考えながら歩いていく。


 同じ場所に帰ることが出来る幸せを噛みしめながら。




次で最後になります。

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