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黒鎧の奥で君は  作者: 椿 柚柑


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その後の話2 前夜

「出来た!」「でっきましたね~~!」


 リヤとメグという二人の女の子が嬉しそうに手を叩く。中央に座るルディはぐったりと疲れていた。


「ぎりぎり・・・二人ともありがとう」


 三人がいるのはルディが使っている客室で、そこには借り物のトルソーが純白のドレスを纏って置かれていた。夕日が窓から差し込み、白いドレスを美しく輝かせている。


 結婚が決まってから半年間、明日の結婚式に間に合わせるためにルディは慣れない裁縫を頑張った。ドレスを作る習慣というのはハヴァフレアにはない、と聞いていたものの、ルディの中には子どもの頃に見た養父の部下たちの結婚式が強く印象に残っていた。彼女たちは手製のウェディングドレスを着て幸せそうに笑っていた。

 アイスリドラの女性は結婚が決まるとウェディングを手製で作る。貴族も王女も平民も関係なく。手伝いは認められているが基本的には自分で作る。最もルディが物心ついたときはその習慣は失われつつあって既製品のドレスもよく使われていたが、それでも小物だけは手作りするのが普通だった。

 偶々ルディが見た結婚式では全員花嫁が手製のドレスに身を包んでいたのだが、それがとても美しかったと忘れられない思い出になっている。


 作りたいと思ったもののどうすべきか全くわからず、まずリヤとメグに相談した。彼女たちは十一歳でまだ子どもではあるもののしっかりしていて頼りがいがある。ルディは常日頃女性特有の物事で知らないことや困ることがあると彼女たちに声をかけていた。


「ドレス作る手伝いなんて経験普通はできないから嬉しかった!」

「私も・・・それにルディさんのドレスなら言われなくても手伝ったもん」


 二人は出来上がったドレスをキラキラした目で見つめている。


「女将さんもきっと喜ぶよ。明日泣いちゃうかも~って今日言ってた」

「きっとみんな泣いちゃうよ。私もうウルウルしてるもん」


 大まかなドレスの形などは頼りにしている宿屋の女将が手伝ってくれた。何度が足を運び裁縫の手ほどきも受けたのだが、その時落とされた爆弾が大きすぎたことを思い出しルディは少し顔を赤らめた。


 ーー「妊娠するとサイズが変わるから気を付けてするんだよ、ほどほどにね!」


 妊娠するための手順を一応は知っていたが、具体的には何も知らなかったルディは言葉に詰まった。それを見たリヤとメグのほうが驚いていた。以前からブルーノの計らいで女将のところに足を運んではそう言う知識を学んでいた。二人は目を引く容姿をしていて、特にリヤは恐ろしいほど整った顔立ちをしている。ここに来る前、まだ五歳だと言うのに男性に組み敷かれたこともあったということはルディもそっと知らされている。だからこそ自衛のための知識はあったほうがいいとブルーノが判断したことを尊敬していた。そういう話題を男性は避けがちだと思っていたのだ。


「・・・ルディさん、顔真っ赤」

「うぅ、すまない。いろいろ思い出してしまった」

「初夜のこと?」


 リヤのさらっとした言葉にルディは口をぱくぱくと動かした。一昨日女将に会った際に、初夜の手ほどきを復習したのだ。具体的な図解と共に。



「ルディさん、そんな可愛くて大丈夫?神父さま結構腹黒いと思うよ?」

「嫉妬も執着もすごいと思う・・・頑張ってとしか言えないけど」

「神父さまって経験あるのかな」

「ルディさんの前で失敗したくないから経験なくてもカッコつけるんじゃない?」

「あーーわかる。ルディさんのこと大好きだもんね」


 女の子たちは言いたい放題言っている。


「ふ、二人からはブルーノさんはそう見えるのか?」

「え、そうってどう?」

「私のことを、その・・・」


 ルディが真っ赤になって口ごもっているのを見てリヤとメグは本気で心配になってきた。


(ちょっと・・・心配すぎるんだけど!好きって思われてるだけでこんなに真っ赤になってる!)

(私たちでさえここまでじゃないもんね。可愛すぎて逆に可哀想な気がしてきた・・・でも神父さまならそれすら押し切るんじゃない?)


 耳の良いルディは二人の内緒話も全てきっちり聞こえていたが、反応する余裕のかけらも持っていない。


「神父さまはルディさんのこと大好きだよ」

「この町の人なら知らない人はいないよ?」


 ルディは胸を抑えながらうんうんうなっている。年上の、しかも常に凛として美しい大人の女性のイメージだったルディのあまりにも可愛らしい姿を見てリヤとメグは嬉しくなる。


 結婚するという話が出る前まではルディは常に気を張っていた。それを子どもたちは言葉ではなく感覚で掴んでいた。甘えれば甘えさせてくれるし頼ればいくらでも支えてくれるが、どこか少し遠いところにいるような感じがしていた。


 それがこの半年で、ものすごく近くに来てくれたような嬉しさがある。手が届くところで見守ってくれる、母のような姉のような、時に妹のような存在。


「神父さまがね、私たちみーんなで家族だって言ってたよ」

「ルディも一緒だよ。だから大丈夫」


 二人はルディの両側から抱き着いて頬にキスをする。ルディは感極まったようにぽろぽろ泣いて、二人は大慌てしたり大笑いしたりしながら温かい時間を三人で過ごした。





 子どもたちとブルーノ、ルディ、そしてマルコも揃って夕食をとり、その後皆の前にブルーノとルディが立って明日結婚することを改めて報告した。


「明日は朝から忙しくなるけれど、皆お手伝いよろしくね」


 ブルーノがそう言うと年下の子たちは元気にはーいと手を伸ばした。リヤとメグはルディを見て任せてと頷いている。明日は女将さんを含め三人がルディの準備を手伝うことになっていた。


「みんな、ありがとう。よろしく頼む」


 ルディが頭を下げるとマルコの涙腺は緩んだ。


 一年近く一緒に旅をした老人は、間違いなくルディの関係者だろうと思っているマルコは、世話になった老人から託された娘のように思っている。ブルーノのことも息子だと感じているマルコにとって明日の結婚式は嬉しさも妙な寂しさも一緒くたになっている。


「お前たち幸せになるんだぞ」


 と言いながらおいおい泣き出したので子どもたちはびっくりした後大笑いして、結婚前夜の夕食は和やかに締めくくられた。



 明日は午前中に教会で式を挙げる、その後町を巡り挨拶をして回る。そのまま宿屋に向かい、広い食堂を借りて皆でご馳走を食べ町の人にも振舞う、という流れを片づけを終えたブルーノとルディは確認し合っていた。


「式での宣誓は私が音頭を取りますので、同じように繰り返していただければ大丈夫です」

「わかりました。ほかに気を付けることは?」

「ありません。緊張しても間違えても大丈夫ですからね。常に隣にいますから」


 礼拝堂で明日と同じような立ち位置で確認していたせいか、ルディはもうすでに感極まっていた。目を閉じれば養父やその部下の人たちと過ごした厳しくも楽しかった日々が浮かんでくる。


「・・・私の養父の話をしても?」

「ええ、もちろん」


 ルディの手を引いて、近くの長椅子に二人で腰掛ける。肩を寄せ合いながらぽつりぽつりとルディは養父の思い出を話していく。


「養父は・・・私を拾ってくれた。私が育った国は厳しくて、生き抜くのが難しかった。力が必要で、軍人に混ざって訓練していた。大変だったけれど、楽しかった」


 ブルーノはルディの肩にそっと手を回し肩を撫でる。


「養父が処刑されると聞いた時、私は助けたいと思った。だけど力がない子どもで、信頼できる部下だと言われていた一人に、逃げるように諭された。つらかったし、悲しかったし、どうしていいかわからなかった。でも、その人が言っていた。生きてほしいと」


 いつの間にかルディの目からは涙が流れている。ぽとり、ぽとりとブルーノの肩を濡らす。


「私はただ生きていればいいのだと思っていたが、今なら養父の言った意味が少しわかるような気がする。きっと、幸せになってくれと言ってくれたんだ」


 目を閉じればぼとぼとと大きなしずくが瞳から落ち、目の裏には豪快だった養父の笑顔が浮かんでくる。

 ルディはずっと処刑される時の養父の顔ばかり思い出していたが、今浮かぶのは笑顔ばかり。その養父が生きろと言うのなら、幸せになれ、楽しんで生きろと言うことだろうとようやく理解できた。


「それに気づけた私は果報者だ。そして気づかせてくれたブルーノさんをこれからもずっと愛していくと・・・明日心から誓うよ」


 ルディの口から出た愛していくという言葉に、ブルーノの心は震えた。目頭が熱くなり涙が溜まっていくのがわかる。

 ブルーノとて平穏無事な人生だったわけではない。家族は無事だったが友人や祖父母らとは祖国が滅んだ際に永遠の別れとなった。家族でハヴァフレアに入ってからも風当たりは強く、辛い時間はあった。支え合える家族と遠く離れ一人で従軍治癒師という立場を選んだのは、救えなかった人たちの姿がいつもどこかにあったからだ。ただ一人必死に走ってきたブルーノにとっても、ルディの愛は初めて注がれる種類のものだった。



「・・・明日が楽しみですね」


 震える声でブルーノがそう言うと、ルディは驚いたように顔を上げた。ルディは自分がここに来てからよく泣いていると思っていたが、ブルーノが泣いているのを見たことは無かった。


「見ないでください!」

「いや、見せてほしい。夫婦になるのだから構わないだろう?」

「構います!すごく構いますから!」


 急にぐいぐい来たルディにブルーノは簡単に翻弄された。普段押しているうちはいいのだが、いざ押されると全く経験のないブルーノは耐性がない。それがばれないように甘い言葉を浴びせていた部分も少なからずある。


 真っ赤な顔で顔を隠しているブルーノを見て、ルディは何かほの暗いような、感じたことのないような感情が沸いたように思った。


「ブルーノさん・・・ブルーノ、こっちを見て」

「急にそういうのやめてください!」

「赤くなって可愛い。ほら、はやく」


 顔を抑える手に指を絡ませ、ルディは少しずつブルーノの顔をあらわにしてく。

 ちらっとこっちを見た真っ赤なブルーノの目尻にキスをして、驚いたようにルディを見たブルーノの唇を奪う。

(女将には舌を絡ませるといいと言われたな)

 真面目な性分を遺憾なく発揮したルディは、教わったままブルーノの唇の隙間に舌を滑り込ませる。舌を絡ませ、歯の裏をなめるように動かすとブルーノが体を震わせた。


「んん」


 ブルーノから漏れ出た声に興奮するのがわかった。


(ああ、これはいけない。初夜は明日だった)


 そっと唇を話すと潤んだ目で少し怒ったようにルディを見つめるブルーノがいた。


「・・・急に余裕が出てきたみたいですね!?」

「なんとなく、ブルーノが私にぐいぐいくる理由がわかった気がする。私もそうしたいと思った」

「うう・・・そうですかわかりました!」


 ブルーノは自分に覆いかぶさるようになっていたルディを逆に押し倒すと、耳元でささやいた。


「明日を楽しみにしていてくださいね、ルディ」

「ううっ」


 ルディはさっきまで妙に冷静だったはずの胸がどくんと跳ねたのを感じた。

 顔が赤くなる。きっとさっきのブルーノのよりも赤くなっているに違いない。


「・・・今日は引き分けにしませんか」

「賛成・・・」


 二人はそう言ってよくわからないままお休みのキスを頬に交わし、寝室に戻っていった。






 翌日の結婚式はバオで長く長く語り継がれた。

 異国を感じさせる背の高い花嫁はハヴァフレアでは珍しい花嫁手製のドレスを身に纏い、その姿は女神のように美しく、花婿はバオを復興させた立役者で人々からの信頼の厚い神父は今まで見たこともないほどに幸せそうに花嫁を見つめていた。

 二人並び教会から出てきた時、空から色とりどりの花が舞い降りてきた。誰かの魔法だとも天からの祝福だともいわれる花は町中に降り注ぎ、地面に触れるときらめきと共に消えていった。

 その光景は絵画のように美しく、町中が幸せに満ちていたという。


 戦争により悲しみに包まれていたバオは黒鎧の英雄エスメラルダが最後まで守った地というだけでなく、幸せな結婚を上げられる地だとも言われ、遠方からわざわざ手製のドレスを持ってバオの教会で式を挙げる人々が後を絶たなかった。


 夫婦は多くの子宝にも恵まれ、孤児院で育つ子どもたちと共に力強くたくましく成長し、各地で活躍した。

 そのうちの一人はハヴァフレアの属国となり衰退の一途を辿るアイスリドラに渡り、孤児院で同じく育った年上の妻と共にアイスリドラの復興に力を注いだという。


 かつて権力に酔いしれたアイスリドラの姿は今はなく、家族を愛し、平和を尊ぶ人々が住んでいる。


最後までお読みいただき誠にありがとうございました。

いろんな思いがあり書いた作品になります。拙いですが、何か伝わったのなら幸せです。


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