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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第四章【創世記】
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覚醒

ヨハンはゆっくりと立ち上がり、父の目を見た。


「証明するとはどういう意味だ?」


ヨハンの父は既に弓を収めていた。

それだけヨハンの気概に圧されていたのだろう。

乾いた声で息子に問い掛けた。


「俺がルイーダの知識で村を変える。」


「一体何をするつもりなんだ?」


「まずは水道を作る。」


「すい、どう?」


ヨハンが発した言葉の意味が分かるわけがなかった。

フランツですら分からなかった。

それだけルイーダの技術は文明を超越してるのだ。


「一軒一軒、皆の家に川から水を引く。」


「そんなことが・・・」


「出来る。」


父の言葉を遮り、ヨハンは断言した。


「何をしたいのかは分からないが、そうまで言うならやってみろ。

その代わり、その水道とやらが意味の無いものであれば、ヨハン、分かっているな?」


「ルイーダは殺させない。

俺が代わりに死ぬ。」


「ヨハン!」


声を上げたのはヨハンの母だった。


「あなた!やめさせて!」


群衆の中に埋もれていた母が遂に口を開いた。

この期に及んでのようやくの発言に、フランツは呆れ果てた。


「お前は黙っていなさい。

ヨハンがやると言っているんだ。

自分が何をしているのか、分からせる必要がある。

それで、ヨハン。

それは完成するまでにどのくらい掛かるんだ?

俺達はどのくらい、お前の我儘に付き合えばいい?」


「百日。」


「それは長すぎる。

十日でやるんだ。」


「十日。

それじゃあ、人を十人貸して欲しい。

十人いれば十日でやって見せる。」


「冗談を言うな。

皆、自分の生活がある。

お前の我儘の為に十日も時間を割ける者などいるものか。」


「それなら・・・・。

フランツ。」



フランツは心底驚いた。

まさか今ここで、ヨハンの口から自分の名が出てくるとは思いもよらなかった。

群衆の視線が一斉にフランツに注がれた。

こうなってしまっては無視するわけにもいかない。

意を決して前へと出た。


「フランツ。

小屋の中。釜戸の隣に壺がある。

取ってきて欲しい。」


ヨハンの言葉に従って、フランツは小屋の戸を開けた。

小綺麗に整理された空間。

少しだけ良い香りが漂うその空間を見渡すと、ヨハンの言った通りの場所に、フランツの膝丈に満たない程の壺があった。

持ち上げるとかなりの重さであった。

腰に力を込めて抱え上げると、それをヨハンの元へと運んだ。


「ありがとう。」


ヨハンが壺の蓋を開けると、中には白い細かな砂がびっしりと詰まっていた。


「これは砂糖と言って、食料にとても甘い味を付けるものだ。

フランツ。

これの価値は?」



フランツは小さな白い粒を指先でつまみ上げると掌に乗せ、舌の先を軽く触れさせた。

途端に未だ味わったことのない強い甘みが舌を覆った。

こんなもの、見たことも聞いたこともない。



「これは、

これはとんでもない価値があると思う。

出す場所さえ間違えなければ、砂糖と言ったか、両の手のひら一杯のこの砂糖でしばらく食うに困らないだけの食料と交換出来るだろう。

もちろん他の道具や材料ともだ。」


「そうか。

ならフランツ、この壺の半分の砂糖を君に預ける。

二十人とその家族が十日間生活出来るだけの食料を調達して欲しい。

出来るか?」


「お安いご用だ。

今から馬を飛ばせば、明朝には僕の仲間の待つ船に到着出来る。

荷馬車を数台率いて戻るから、明後日の朝には。」


「分かった。では頼む。」



ヨハンは群衆に向けて声を張り上げた。



「聞いての通りだ!

俺を手伝ってくれる人には十日間の生活を保証する!

そして、その後も俺を手伝う気のある人には、一日当たり、片方の手のひら一杯分の砂糖を報酬として渡す!

まずは男を十人募りたい!」



静寂が辺りを支配した。

その声に名乗りを上げるものは誰一人いなかった。


「ヨハンよ。

見てもいない食料を、一体誰が頼ると言うのだ。

そんな上手い話しに乗るバカはおらん。」



父が冷たい声で言い放った。

確かにその通りだ。

フランツが同じ立場だとしても、こんな話しは眉唾でしかないだろう。

しかし、ヨハンの表情は微動だにしていない。


「もちろん、到着してからで構わない。

まだ一日半ある。」



凛とした声で続けた。



「明後日の朝、もう一度ここに集まってくれ!

それから決めて欲しい!

それまでの間、皆、考えておいて!」



ヨハンの父が群衆に振り返った。


「皆、今夜は手を煩わせてすまなかった。

うちの息子の道楽に付き合わせて申し訳ないが、あともう少しだけ辛抱して欲しい。

今日は一旦引き上げてくれないか。

この通りだ。」



深々と頭を下げた。

それに呼応するかのように、住民はもと来た道を戻り始めた。



「ヨハン!あんた、なんてバカなことを!」


母がヨハンに駆け寄ると、その小さな身体を抱き締めた。

その目には涙が溢れていた。

しかしヨハンの心は既に決まっていた。

母をゆっくりと引き離すと、


「母さん。心配かけてごめんなさい。

でも、俺を信じて。」



しっかりとした口調で言った。

その表情に、母はもう後戻りできないことを悟ったようだった。


「行くぞ。」


父が母の肩を抱いた。


「ヨハン・・・・」


何かを言いたかったようだが、言葉が見付からなかったのかもしれない。

そのまま二人も、群衆の後に続きゆっくりと闇夜に消えていった。






「ルイーダ。ごめんなさい。」



誰もいなくなり、ヨハンとフランツとルイーダだけが残された。

ヨハンの父に殴られたままへたり込んでいた、ルイーダの前にヨハンが腰を下ろした。


「痛かった?」


ヨハンはルイーダの頬に触れた。


「っ・・・・・。」


何かを言いたげな表情をするルイーダの顔を覗き込むものの、


「・・・・・・。」


ルイーダは何も言わなかった。

ただ、ヨハンの手を握るだけだった。




「なぁ、ヨハン。」


代わりに口を開いたのはフランツだった。


「僕を信じていいのか?

もしかしたら、砂糖を持ち逃げして戻らないかもしれないんだぞ。」



ヨハンはフランツを見上げた。


「君なら、何故俺が二十人分の食料を頼んだか意味が分かると思ってたけど。」


「それは分かるが、僕を信じる理由になるのかい?」


「なるさ。

君は目先の小さな得よりも、遥か先の大きな得を取るだろ?」


「ヨハン。

君は一体なんなんだ?」


「俺はただのヨハンだよ。」


「ただのヨハン、か。面白い。

いいだろう。僕は誓おう。

必ず戻ってくる。」


「うん。宜しく頼むよ。」

 

「はっはっはっ。」



ヨハンの答えに、フランツは思わず吹き出した。

得体の知れぬ威圧感を持って、修羅場すれすれの事態を退けたこの少年が、どうだろう。

今はただの子供に戻っていた。

ますます面白い。

ほんの少し、たった少しの時間でしかなかったが、フランツもこの子供に引き込まれていた。



それから三人は小屋に戻り、砂糖を均等に分けた。

半分を旅用の丈夫な布袋に詰め込むと、フランツは旅立って行った。

部屋にはヨハンとルイーダだけが残された。

砂糖を分ける間もルイーダは一言も発しなかった。

無言でヨハンの作業を手伝うだけだった。


ようやくいつもの二人だけの時間が訪れた。


「ルイーダ。ごめんなさい。」



ヨハンは先刻と全く同じ言葉をルイーダに投げ掛けた。


ルイーダは無言で首を振るだけだった。


何故だろう。

ヨハンにはルイーダの気持ちが分からなくなっていた。

何を考えているんだろう。

どうして何も言わないんだ。

怒っているんだろうか。

ヨハンは酷く困り果てた。

丁度その時だった。


「・・・・・・・ちょっと外の空気を吸ってくるから、先に寝てて。」



遂にルイーダが口を開いた。

ヨハンは内心ほっとしていた。

もしかしてルイーダは言葉を失ってしまったのではないかと疑っていたからだ。

テーブルから立つと、ゆったりとした歩調で外に出ていくルイーダを見送って、ヨハンはその言い付け通りに床についた。


(明日から忙しくなるぞ。)

すぐに眠りに落ちた。






ルイーダには、まだヨハンに教えていない秘密が山のように存在していた。

この場所もそのひとつ。

森で一番背の高い木の幹の中には、ルイーダのもうひとつの部屋があった。


この部屋に来る時。

それはルイーダが、忘れ去った記憶を呼び醒ます時。

ここには膨大なまでの過去の記録が保管されているのだ。

長い日々を過ごすルイーダが、記憶を残しておくにはその優れた脳ですら足りない。

特に重要な知識や技術に関しては、この部屋に書物として残しておくことにしていた。


自分の背丈の倍以上ある本棚から、数冊の本を選んで取り出すと、木の幹を直接削り出して作った机の上に丁寧に置き、ゆっくりと読み始めた。

自らが書き記した記録は、自らの記憶の扉を開くのに最適な呼び水だ。

それぞれをたったの数ページほど読み進めただけで本を閉じ、ルイーダは本棚の脇にある引き出しからインク、ペン、それから様々な形をした定規と大きな紙を取り出した。


燭台の灯りがぼんやりと手元を照らしていた。


ルイーダはその大きな紙に、次々と線を書き込んでいった。

一本一本、線を引く度に、次から次へと感情が溢れ出してきた。

感情と共に次から次へと涙も溢れ出してきた。

いつかこんな日がくることを、ヨハンと出会ったその時から分かってはいた。

ヨハンを一目見た時から分かっていた。

でも、分かっていた、つもり、だったのかもしれない。

遂には声を上げながら泣いた。

それでも、線を引く手は止まらなかった。






翌朝、ヨハンが目を覚ますと、テーブルの上にはルイーダの料理が並べられていた。

そしてイスにはルイーダが座っていた。


「おはよう。ヨハン。

さぁ、顔を洗っておいで。

朝ごはんにしよう。」



ヨハンはルイーダに従い、石の器に流れ込む水で顔を洗い、テーブルについた。

今朝の料理はいつになく豪華だった。

それに、とても美味しかった。


ふたりはお腹がいっぱいになるまで食事を楽しんだ。

何を話したかはあまり覚えてないが、ふたりだけの会話も楽しんだ。


食事が終わり、ヨハンは出掛ける準備をした。

服を着て、ブーツを履いて、それからルイーダに呼ばれた。


「これ、お弁当。」


小さな包みを渡された。


「それと、これを持って行って。」


今度は厚紙で出来た大きな筒を渡された。


「これは?」


ヨハンは筒の中を覗いてみた。


「今見てもいいよ。」



筒の中には大きな紙が丸まって入っていた。

四辺がヨハンの背丈程はある大きな紙だった。

それを床に広げると、ヨハンの村そっくりの絵が描いてあった。

しかし、それは絵というにはあまりにも簡素だった。

ヨハンはそれが、村の見取り図なんだと理解した。

そしてその見取り図には、川から各家屋に引く予定の水道の設計図が書き込まれていることを理解した。


ヨハンは驚いてルイーダの顔を見上げた。


「私はお砂糖の草を刈って、新しい種子を蒔いておくから。

今日一日、ヨハンはひとりだけど頑張ってね。」



そう言って、ルイーダはヨハンの額にキスをした。

ヨハンもルイーダの頬にキスをした。



ヨハンは村へ。


ルイーダは森へ。



ふたりは出掛けて行った。





つづく。


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