魔女狩り
(まいったな。まさかここまで閉鎖的なところだとは)
フランツはいい加減に辟易していた。
村に辿り着いた時からおかしかった。
村人はフランツの姿を見た途端、一様にしてあからさまな嫌悪感を示し、ほとんどが家に引き上げていった。
残った数名に話し掛けるものの、
「すまない。僕はこの集落に物々交換をしに来たんだが、ここの長にお目通りを願いたい。」
「おさ?なんのことだ?」
まったく会話にならなかった。
「長がいないのか。
なら、どこか泊めてくれるところはないだろうか?」
「誰がおめぇなんか。」
「もちろんただでとは言わない。
干し肉を持っている。一晩泊めてくれたら、三日分の干し肉を渡すよ。」
村人の男は隣に佇む男と二人で何やら話し合った末に、
「ダメだ。」
手で払うような仕草をしながら言い放った。
(くそ。やっぱり無理やりにでもルイーダの家に押し掛ければ良かった。)
まぁあの美人がそんなこと許すはずがない。
出来もしないことではあったが、そんな後悔がフランツの脳裏をよぎった。
(とにかく全ての家を一件一件当たってみるか。)
馬を引きながら、ゆっくりと歩き始めた。
どうやらこの村には三十ほどの家族が暮らしている様だった。
フランツの父母は行商人だった。
ルイーダの説明通り、フランツの故郷は世界でも有数の文明が発達した土地だ。
様々な加工品を作り出す術を持ち、食料や道具を加工しては、それを他の土地に持ち出して新しい物と交換して歩いた。
フランツも物心ついた頃から両親と共に多くの土地を回り、多くの人と出会い、多くの集落を訪れた。
そのフランツから見ても、ここまで原始的な生活をしている土地は珍しかった。
食料はほぼ狩りで賄われ、若干の農作とその収穫から作られたパンのみ。
村には井戸もなく、近くの小川から水を汲んでくる。
家畜も卵を産ませるための鶏のみで、馬や牛の労働力はない。
だからこそ、フランツにとってこの村は価値がある。
と言っても良い。
未開だからこそ手付かずの資源が埋もれている可能性があるし、上手く入り込めばフランツの思い通りの交易を行える可能性だってある。
その為には出来るだけ長く滞在して、調査を行う必要があった。
しかしたった一人でこの近辺の環境を調査するのは相当な時間と労力を要する。
出来ればガイドが欲しいところだ。
(やはり鍵はルイーダか。)
家々を半分ほど訪れ、その全てで無下に断られたり、居留守を使われたりと、むしろこれ以上聞いて回るのが無駄なのではと思い始めていた。
そんな時だった。
「あんたか。人の家に泊まりたがってる旅人ってのは。」
どこからか突然現れた男に声を掛けられた。
随分とくたびれた雰囲気の強い、貧相な男だった。
「そうだが、あんたは?」
「干し肉をくれるそうだな?」
「そうだ。泊めてくれたら礼として渡すよ。」
「こっちだ。」
男は親指で背後を指し示した。
家、と言うよりは小屋に近かった。
軽い木戸を開けると、男の妻が立っていた。
痩せこけた身体の前後に小さな子供を括りつけている。
その足元にはまだ年端もいかない子供が二人、スカートにしがみついていた。
この姿を見るだけで、この村がどれだけ貧しいのかが理解できた。
男の家族に挨拶をしたが、返事は帰ってこなかった。
「まずは先に肉を貰おうか。」
フランツを中に通すなり、男はそう言った。
「ああ、分かった。」
積み荷から下ろしていた袋を開けると、ブロック状の干し肉を取り出して男に手渡した。
子供達が歓声を上げた。
男はそれをそのまま妻に渡し、さっそく調理するよう促した。
「あんたが食べる分は自分で用意しろよ。」
「分かってる。それで、僕はどこで寝たらいいんだ?」
「見ての通りここは手狭だ。
あんたは納屋を使ってくれ。」
「納屋か。分かった。」
「手入れはしてある。寝るだけなら不便はないだろう。
食事はここで摂ればいい。調理が必要ならうちの奴がするから言え。」
「助かるよ。
じゃあお言葉に甘えて、僕の分も一緒に作って貰おうか。」
フランツは自分の分の干し肉を一欠片取り出して、男の妻に手渡した。
じろりとフランツの顔を一瞥したのみで、台所へと向かって行った。
「さて、飯が出来るまで一杯やるか。」
男はそう言って、戸棚の奥から小さな木の樽を持ち出してきた。
小さなカップを自分とフランツの前に並べると、溢さぬよう慎重に琥珀色をした酒を注いだ。
(一応はもてなしてるのか)
フランツはカップを手にし、男に軽く掲げると酒に口をつけた。
テーブルに干し肉を煮込んだ料理が運ばれてきた頃には、男もフランツもだいぶ出来上がっていた。
何から作ったのかは知らないがかなり強い酒で、たったの一杯で酔いが回るほどだった。
女の作った料理はさほど旨いものではなかったが、そんなことは気にならない程に酔った。
妻や子供たちも食卓につくと、恐らく相当久し振りなのだろう、肉に無心でかぶり付いていた。
酒と食事は互いの仲を深め合うものだ。
この頃には、フランツと一家はある程度の会話が弾むようになっていた。
「そう言えば、あんたどっから来たんだ?」
「海の向こうだ。」
「一人でか?」
「まさか。仲間や家族も一緒だが、この島を手分けして回ってる。
ここへ来たのは僕ひとりだ。」
「そうか。」
「なぁ、この集落の人達はなんでこんなよそ者を嫌うんだ?
何かあったのか?」
「まぁ、な。
元々はみな、旅をして流れ着いてきた連中ばかりだから、あんたみたいなのをよそ者なんて思っちゃいないんだが。」
「じゃあなんでだい?」
「ちょっと、な。」
「訳ありか。まぁ僕には関係ないことだ。
ところでだ、僕はしばらくこの集落に居たいんだが、長期間滞在させてくれる家を知らないか?」
「長期間ってのはどのくらいだ?
もしこの肉を期間に合わせて寄越すなら、うちに置いてやってもいいぞ。」
「本当か?それは助かるよ。
ただ、毎日あの量をってわけにはいかないが。」
「それは分かってる。
あの肉の塊があれば五日は食っていける。五日毎に塊ひとつでどうだ?」
「よし、飲んだ。宜しく頼むよ」
滞在場所の確保を成功させたフランツは、これからのことを考え始めていた。
まずはルイーダとの接触だ。
何はなくともこれが第一課題だった。
「そう言えば、ここへ来るまでに女と子供に道案内をして貰ったんだ。
彼女達もここの住民なんだろ?」
「女と子供?」
「ああ。子供はあんた達と同じ様な服装をしていたが、女はどこか別の場所から来たのかな、不思議な格好をしてた。
僕も色んな土地を回っているが、あんな服装は初めて見たよ。
まぁとんでもない美人だったがな。」
「どこで出会った?」
「森の中だ。女の方は怪我をしていたみたいで、馬に乗せて近くまで一緒に来て貰ったんだ。」
「そんな女は知らんな。」
「そうか。森の妖精だなんて言っていたが、もしかしたら本当の妖精なのかもな。」
フランツは笑った。
酔っていなければ、男とその家族が全く笑いもしなかったことが気になったかもしれない。
しかし、酒により機嫌の良くなっていたフランツからは、それに気付くだけの繊細さは失われていた。
食事を済ませ、したたかに酔ったフランツはそのまま納屋で横になると、すぐに眠りこけた。
どのくらい経っただろう。
慌ただしく人が動く気配を感じ、フランツは目を覚ました。
酒で身体が浮腫んでいるらしく、手を握ると圧迫感があった。
(少し飲み過ぎたか。)
鋭い頭痛がフランツを襲った。
水が飲みたくなり、よろよろと立ち上がると木戸に手を掛けた。
通りの光景が目に入ると、フランツの意識は一気に覚醒した。
男も女も、手に狩猟の道具や松明の灯を携え、群れをなして歩いていた。
母屋に向かい、戸を叩こうとすると、丁度主の妻が出てくるところだった。
「一体なんの騒ぎだい?」
「ああ、あなた。
あなたのお陰よ。
あなたも手伝って。」
妻の手には、鋭く尖った木の鍬が握られていた。
「どうしたって言うんだ?」
「私の、私のヨハンを取り戻すのよ。
魔女が怪我してるとあなたが教えてくれたお陰よ。」
その言葉でフランツは何となくだが事の全容を悟った。
(そうか、ヨハンはこの家の子供か。魔女ってのはルイーダのことだな。なるほど、子供を誘拐されたから、見ず知らずの僕を警戒していたのか。
場合によればルイーダの仲間かもしれないからな。ならば何故泊めた?)
フランツは決めあぐねた。
こんないざこざに首を突っ込むのはごめんだ。
自らの利益の為にルイーダは必要な存在。
だからと言って、今ここであの女に肩入れするのは得策ではない。
どう動くか。
都合よくヨハンを両親の元に取り戻し、尚且つルイーダをこちらに引き込む手はあるか?
いや、状況が分からない以上、下手な手は打てない。
さてどうしたものか。
やはり関わるべきではない。
ルイーダを失うのは確かに痛いが、時間を掛ければ安定した利益はいくらでも得られる。
暫し考えた後、フランツは傍観を選んだ。
主の妻の申し出を断るのも得策ではないと考え、住民の群れに紛れ込むことにした。
とりあえず行動を共にすれば義理は立つだろう。
今後の宿のことを考えたとしてもその行動が適当だ。
「なぁ、魔女が怪我しているのが分かったから、子供の奪還に向かうのか?」
群衆と共に森を歩きながら、フランツは主の妻に問い掛けた。
「魔女はとても恐ろしくて、怪我でもしていなければ退治できないでしょ。」
先程から、フランツにはある疑問が浮かんでいた。
それを確かめる為の問い掛けだった。
「怪我をするのを待っていたように聞こえるが。」
「そうよ。何度も同じことを言わせないで。」
(冗談だろう?誘拐されたのを知っていて機を伺っていたと言うのか?じゃあもしヨハンが既に殺されていたらどうするつもりなんだ。)
「何故ヨハンが魔女に拐われたのを知っていたんだ?」
「そんなの、ヨハンが魔女の家に向かうのを、はす向かいのアレサンドロが見ていて教えてくれたからに決まってるじゃないの。」
(おいおい。とてもまともとは思えないことを平然と。つまりこの両親は、息子が魔女の元にいるのを知っていたが、魔女が怖くて手を出さなかったってことか。しかも手負いになる時を見計らい、そこを襲うつもりでいただって?
段々見えてきたぞ。
僕を泊めたのも、僕があの二人と共に行動していたのを知っていたから。
ルイーダの状況を知る為に近付いたってことだな。)
きっかけも経緯も分からない以上、フランツにこの出来事の善悪を判断することは出来ない。
しかし、この村の住民達に確固たる正義があるわけではないのは分かった。
何故ルイーダはヨハンを拐ったりなどしたのか。
そんなことをしなければ、こんな歪んだ正義の標的になることもなかったのに。
フランツは無性に歯がゆくなった。
居ても立ってもいられず歩を早めた。
人の群れを泳ぐように進み、遂に先頭に辿り着いた頃には、月に照らされた森の中に小さく佇む小屋の前だった。
小屋の前には小さな庭があった。
その中心。
フランツの目に飛び込んできたのは、月光を浴びながら佇むルイーダの姿だった。
その周囲では、寄せ集めの武器を構えた住民達が取り囲んではいるのだが、その神々しいまでの姿に気圧されたのか、全く近付けずに立ちすくんでいる様だった。
そしてルイーダを守るように、背筋をピンと伸ばしたヨハンが群衆の前に立ち塞がっていた。
「ヨハン!こっちへ来るんだ!」
群衆の先頭に立ったヨハンの父が声を上げた。
その大声にもヨハンは眉ひとつ動かさず、その眼差しは父の顔だけを見据えていた。
「・・・・。」
ヨハンは答えなかった。
「安心しろ。父さんと家に帰れるんだぞ。
さぁこっちへ来るんだ。」
「いやだ。俺は帰らない。」
「どうしたんだ!?
まさかお前、魔女に何かされたのか!?」
思わぬ息子の反応に、父はヨハンの元へと駆け寄ると、その小さな肩を両手で抱え込んだ。
しかし、ヨハンはその手を振り払った。」
「俺は帰らない!」
「ヨハン!」
父は、ヨハンの頬を強かに打ち付けた。
ルイーダが動いた。
目にも止まらぬ速さでヨハンの父の手首を掴んだ。
「何をする!この魔女め!」
ヨハンの父は、ルイーダの頬も握り拳で打ち付けた。
ルイーダはその場に倒れ込んだ。
「やめて!やめてよ!」
ルイーダを足蹴にしようとする父の前に、ルイーダに覆い被さるようにしてヨハンが割って入った。
「気でも狂ったか!?
魔女に魅入られおって!
そこをどけ、ヨハン。
本当ならお前を取り戻すだけで済んだものを、こうなってはその魔女を殺すしかない。」
「やめて!
もうやめて。もう俺達を放っておいて。」
ヨハンがルイーダに強くしがみついた。
「ヨハン!
俺達はお前を助けに来たんだぞ!」
「助けるって、何から?」
父の言葉に、ヨハンが震えた声で問い掛けた。
「何から、だと?」
ヨハンの父の感情が一気に昂ったのが、フランツの距離からでも見て取れた。
「父さん。
ルイーダが何をしたの?
ルイーダの何を知ってるの?」
「馬鹿な。
その女は得体の知れない力を使う魔女だぞ。
俺達にとって害にしかならん!」
「ルイーダが俺に何を教えてくれたか知ってるの?
ルイーダの得体の知らない力は知識だよ。
俺はルイーダから知識を貰った。
俺はその知識でもっともっと良い暮らしがしたいんだ。
皆がもっと良い暮らしが出来るようにしたいんだ。」
「何を訳の分からないことを!
その知識とやらに一体どんな価値があると言うんだ?
ヨハン、どくんだ。」
「価値ならいつか分かるから!」
「やはり魔女に何かされたのか。
今すぐにその魔女を殺す!」
ヨハンの父が、ルイーダの眉間に矢の狙いを定めた。
(所詮は子供の力。ここまでか。)
フランツは全力で頭脳を回転させていた。
ここで今、ルイーダとヨハンを救い、それでいて住民達との関係を深めるにはどうするべきか。
数十もの適切解を思案するも、答えは全て数手は掛かる。
この状況を収めるにはあまりにも時間が足りなかった。
「どくんだ。ヨハン。」
ゆっくりと弦が引き絞られた。
(答えはいつだってシンプルか。)
フランツが飛び出した。
「やめて。」
ヨハンが矢を掴んだ。
「ヨハン?」
「やめて!」
ヨハンが雄叫びを上げた。
その場に居合わせた全員を衝撃波が襲った。
それはあくまでも比喩だ。
実際には小さな子供が癇癪を起こしたに過ぎない。
しかしながら確かに、凄まじい稲妻のような衝撃波が全員の心臓を貫き、足の先から頭の先まで突き抜けた。
「どうしても分かってくれないの?
ルイーダは魔女なんかじゃないのに。
どうして信じてくれないの。」
ヨハンはゆっくりと立ち上がった。
「どうしても信じられないのなら・・・・
なら、ならば、
俺が証明して見せる。」
その瞳の奥に、炎が揺らめいているのを誰も気付かなかった。
つづく。




