不死鳥の騎士団②
ルイーダの隣に席をとっていたロイスが何か小さな道具を手に取ると、そこに付いていた突起物を押した。
途端に壁に穴が開き、見たことのない城が現れたんだ。
「これは!?」
俺は思わず立ち上がった。
「安心なさい。映像よ。」
「え、映像?なんだ?それ?」
こういう時はいつものあれしかねぇ。
訳が分からない時のな。
俺は勢いよくルイーダに振り返った。
「残念でしたぁー。私にも分かりませぇーん。」
ルイーダが首を振った。
すげぇな。
こいつにも分からないものがまだまだ存在してるんだな。
その割には随分と落ち着いてるけどな!
ルイーダは言いながら鼻をほじっていた。
「口で説明は難しいわね。とにかく、これは魔王の城を映したもの。」
「幻影。って解釈でいいんだな?」
俺はルイーダの手首をそっと掴むと、鼻から離させつつ再び椅子に腰を下ろした。
「ええ。それでいいわ。
さて、それでは100年前の経験を参考に、もう一度組み立て直すわよ。」
「いいかい?前回、僕達はこの城に真正面から挑んで、待ち伏せされた挙げ句に魔術の集中砲火を浴びて壊滅した。
今回は同じ轍は踏まない。」
ロイスの言葉に合わせて幻影が切り替わった。
「まず、城全体が結界で固く閉ざされていたね?これには仕掛けがあったのを覚えてるね?魔王の城には両脇に二棟の塔があり、それぞれを護る魔族を倒すことにより、結界が解かれる仕組みだ。前回は結界を解いた後、正門を開けたことにより待ち伏せの餌食になった。」
「今回は裏をかくわ。」
「結界を解いた後、今度は正門以外の場所から忍び込む。場所はここだ。」
またもや幻影の形が変わった。
今度映し出されたのは、城の裏口みたいなところだった。
「ここが城の勝手口だ。この付近の塀を破って侵入し、一気に城内に入り込むことにする。」
「ちょっと待てよ。なんでこんな事細かに城の内部を把握できてる?」
「前回、私とロイスだけが集中砲火を抜け出せたのよ。それで城内を回れるだけ回って、可能な限りの情報を集めた後に撤退したの。」
「よく生きて帰れたな。」
俺の言葉に、ミュラーは微笑みだけで返してきた。
「結界が解かれた瞬間に侵入すれば、魔物もすぐには対応できないと思われる。だから、予め、3組に分けて行動しようと思う。塔の攻略に、2組。そして侵入に1組。」
「それぞれに重大な責任が課されるわ。心して取り掛かるのよ。」
「それでは組分けを伝えるよ。」
ロイスの説明では、塔の攻略に4名ずつ計8名。
船に2名残ることになった。
そして最も重要な侵入には、
「私、ロイス。そしてエジルとルイーダが就くわ。」
幻影に釘付けになっていた俺は驚いてミュラーに振り返った。
「いいのか?そんな重大な役目、俺達で。」
「当然よ。私達はあなた達を信用してるのよ。そしてその信用を勝ち取ったのは、他でもないあなた達自身。」
ミュラーの眼差しは真剣そのものだった。
悪い気はしないよな。
そこまで言ってくれるんじゃ、やらないわけにはいかねぇよ。
「分かった。全力を尽くすよ。」
「頼りにしてるわ。」
ロイスも満足そうな笑みを浮かべていた。
「よし、決まったところで、最後に城への潜入方法を説明するよ。
前回は、城の付近に不死鳥を停泊させた。これじゃあ、今から行きます。って言っていたようなものだったね。
今回はそこから変更しよう。」
「飛び降りるわ。」
「は?」
俺は思わず聞き返した。
「雲の上から飛び降りるのよ。そうすれば、魔族も私達が接近していることに気が付かないはず。」
「いや、飛び降りるって、死ぬぞ?戦う前から。」
「大丈夫よ。考えてあるから。」
ミュラーの表情は自信に満ち溢れてるものだった。
この顔をされたら反論はできねぇよな。
仕方ねぇ。
信じてみるか。
「飛び降りるんだってぇー。楽しそうだねぇ。」
ルイーダが笑いながら言った。
俺の袖に何をしてるのか分かったから、あえて見ないようにした。
「鼻くそつけんなよ。」
「あら、私も拭いていいのかしら?」
「おめーはもっとダメに決まってんだろうが!!」
「厄介ね。」
ミュラーが呟いた。
上空から見えていた霧のようなもの。
それが瘴気だと分かったからだった。
「瘴気に触れると魔族に感付かれちゃうねぇ。」
「そうね。前はここまで濃い瘴気はなかったと思ったんだけど。」
「それだけ魔物の力が増してるってことかな。」
「まずは瘴気の上を進みましょう。」
不死鳥は高度を上げると、黒い雲の上を飛行していった。
「これじゃあどこが城か見えねぇな。」
俺達は甲板に出て、遥か眼下に広がる暗黒の雲海を見渡していた。
「大丈夫。レーダーで城の場所は関知してるよ。」
ロイスも手すりから体を乗り出しながら説明した。
この小さい体の少年が身を乗り出してると、今にも落ちちまいそうでなんか怖いな。
「これだけの瘴気の中を通るのは自殺行為じゃねぇか?」
「さっそく予定が狂ったわね。」
「見付かるのを覚悟で取り払うか?」
「その方が利口だね。」
「結局は正面突破と変わらねぇか。」
「仕方ないわ。戦う前に体力を削られるよりはマシよ。接近に気付かれたとして、その後を迅速に進めればリカバーはできるわ。侵入経路を悟られなければ十分に勝機はあるもの。」
「分かった。この状態じゃ不死鳥で近付くわけにもいかねぇし、やるしかねぇな。」
俺とロイスは並んで雲の薄そうな場所を探っていた。
「どう?そろそろ城の上空に差し掛かるわよ?」
「ちょっと待てよ。そうだな、あそこか。」
俺は雲海の一部を指差した。
「そうだね。あそこしかない。」
ロイスもそれに同意した。
俺は両手を胸の前に合わせると、いつもよりも少し時間をかけて精神を集中させた。
「ヴェルウィント!」
俺の放った特大の突風は、雲海に突き刺さる。
しかし、表面を少し振り払っただけで、その暗闇に吸い込まれていった。
「とんでもねぇ濃度だな。まるで動く様子がねぇぞ。」
「エジル、ありがとう。これで大体の様子が分かったよ。」
言いながら、ロイスが空中に向けて右手を伸ばした。
俺は目を疑った。
周囲の大気がその小さな右手に収束し、掌に圧縮されていく。
あまりの密度に、その手を包む空間が歪んで見えるほどだ。
その圧縮された空気を宙に解き放った。
まるでリンゴが木から落ちるみたいに、無造作に落下していく。
その歪みが雲海に飲み込まれた瞬間だった。
まるで稲妻が光るごとくの一瞬で、瘴気の霧の真ん中に小さな穴が開いたかと思うと、その穴は渦を巻き、周囲の瘴気を弾き飛ばしていく。
ロイスの右手から放たれたのは、突風なんて代物じゃない。
それはまるで巨大な竜巻だった。
「嘘だろ?なんだよ、今の術は。見たことねぇ術だ。」
「ヴェルウィントだよ。」
「は!?なんつった!?」
「だから、ヴェルウィントだよ。」
「冗談じゃねぇ!同じ術の威力じゃねぇぞ!」
まさか同じ術を使ってここまで差が出るものなのか。
確かにロイスは稀代の大魔術師だってのは伝説で知っている。
知ってはいたけど、想像を絶していた。
こんなの、天変地異のレベルじゃねぇか。
しかも術式も発現の言葉も無しときたもんだ。
俺だってそこそこの術師だと思ってたのによぉ。
自信なくすわ。
眼下の瘴気がぽっかりと口を開けた。
その穴の下に見えたのは、魔王の城だった。
「見えたわね。さぁ、皆。覚悟はできたかしら?」
「おぉー!!」
騎士団が一斉に声をあげた。
「ここからはフルーゲンで全員を包み込みながら降下するよ。離れないように気を付けてね。」
「おい!フルーゲンって!?」
その術の名前に、俺は心底驚いた。
そりゃあそうだよ。
フルーゲンってのは、基本的にはひとり用の術だぞ。
術者の力量にもよるが、術者以外にもうひとり運ぶくらいが精一杯のはずだ。
少なくとも、ふたりで飛べればかなりの上級者って言われてる術なんだ。
「エジル。フルーゲンは僕の得意技のひとつだよ。」
ロイスが言い切った。
さっきのヴェルウィントを見せられたら、俺の知ってる術の常識なんて、もはや無意味だと思わざるを得ないな。
「分かった。お前に任せる。」
「うん。任せてよ。」
俺はルイーダの方へと向き直った。
いよいよ魔王の城に突入だ。
覚悟を決めねぇとならねぇ。
「ルイーダ。俺のそばから離れんなよ。」
その瞬間だった。
不死鳥の船体が大きく傾いた。
「団長!!敵襲です!!」
団員の誰かが叫び声をあげた。
見ると、瘴気の穴から巨大な触手が伸び、不死鳥の腹を貫いていたのだ。
「早い!?」
「自動反撃だ!!」
船体は大きく突き上げられた。
俺達は体勢を崩され、急な坂道みたいに変わり果てた甲板の上を転がり落ちる。
全員、振り落とされる寸でのところでなんとか手すりにしがみついた。
はずだった。
俺の目の前で、ルイーダが空中に投げ出された。
「っ!」
声が出なかった。
手を伸ばした。
ルイーダも手を伸ばしていた。
だけど、俺の手は、
ルイーダの手を掴むことなく、
空だけを握り締めたんだ。
つづく。




