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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第三部【魔なる者】
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潜入、魔王城①

ルイーダが離れていく。

手を伸ばし、俺の顔を見ている。

目を見開いて、驚いたような表情で。

俺を見ている。



「うるぁああぁぁー!!!」


俺は手すりに足を掛け、全力でそいつを蹴ると空中に飛び出した。


「バカ!」


背後からミュラーの声が聞こえたが、それはすぐに風切り音でかき消えた。




蹴り出した分、落下速度の最高点への到達時間は俺の方が早いはず。

しかし、俺がそこに達するよりも早く、ルイーダは既に最高速度に達していた。

これじゃあ追いつけねぇ。

すぐ近くに見えるのに、世界の果てよりも遠い距離を進んでいく。

多分、地上までは1分足らず。

その間にルイーダを捕まえなければ、待つのは・・・。


ルイーダの体が瘴気に開く穴に差し掛かった。

その背後に城が見える。

城から、無数の魔物が飛び出してくる様が目に入ってきた。


くそが!こんな時に!


心中、全力で毒づいた。

時間がねぇ。

コントロールは繊細だ。

速すぎれば一瞬でルイーダを追い越して地上にズドン。

遅ければルイーダが同じ目に合う。

一瞬の気の緩みも許さねぇけど、やるしかねぇんだ。


「ヴェルウィント!」


俺は気を付けの姿勢みてぇに体にぴっとりと張りつけた掌から、足元に向けて突風を放った。

すさまじい圧力が体中にかかったかと思うと、俺の落下は爆発的な加速を得るに至った。

頬の肉がブルブルと震えている。

目も開けてらんねぇような速さだが、俺はルイーダだけを見据えていた。

ルイーダとの距離がどんどん詰まっていく。


瘴気の渦を抜けた。

太陽が遮られ、途端に辺りが暗くなる。


地上まではもう目と鼻の先だ。

速く。もっと速く。

俺は再び術を放った。

体が引きちぎられるみてぇに圧力が増す。

そんなんどうでもいいんだ。

手を伸ばした。

ルイーダは目の前だ。

ルイーダも手を伸ばしてる。

あと少し。

もう少しで手が触れる。

俺は体中の筋がぶっちぎれるくらいに手を伸ばした。


「ルイーダ!」


掴んだ。

俺はその手を強く掴んだ。

ルイーダの手も俺の手を握り返してきた。


「フルーゲン!」


同時に飛行の術を発動させる。

周囲の空気が俺達を包み込むのが分かった。

急激に落下速度が弱められていく。

なんとか地面に激突するのだけは免れた。


「大丈夫か!?」


俺はルイーダの体を引き寄せた。


「エジル!下!」


ルイーダが珍しく声を張り上げた。

その途端だった。


すさまじい衝撃が走り、俺の目の前は一瞬、真っ白になった。

上も下も分からねぇ。

体が吹っ飛ばされたのだけは自覚できたが、何が起きたのか分からなかった。

幸いにもこれが考えられるってことは死んではいねぇ。

俺はそれだけを頼りに去り行く意識を無理やり引き戻した。


体の自由が効かねぇ。

どうやら相当な勢いでぶっ飛ばされてるらしい。

目の前を赤い何かと黒い何かが目まぐるしく入れ替わる。

視線だけで周囲を見渡して、ようやく意味が分かった。

くそデカいドラゴンみてぇな魔物に激突されたんだ。

俺は今、ドラゴンの背中をゴロゴロと転がっている最中だと理解した。

術で体を覆っていたのがせめてもの救いだ。

肉体で直接転がっているわけじゃない。

もし生身なら、体はずたぼろに引き裂かれてたかもしれねぇ。

俺は意識を強めると、体勢を立て直した。

空中で静止する俺の足元を赤い鱗がうねりながら通り過ぎていく。

そこで初めて気が付いた。

ルイーダがいねぇ。

全身を戦慄が駆け巡った。

毛穴という毛穴が一斉に開き、心臓が爆発したみてぇに大きく跳ね上がる。


「ルイーダ!?」


急いで首を振って辺りを見回した。


いた!


斜め下の方に、きりもみ回転しながら飛ばされているルイーダの姿を捉えた。

かなり遠い。


「ヴェルウィント!」


再度、突風によるブーストを掛けたその瞬間、俺の視界を赤いドラゴンが遮りやがった。

俺の方に首を向けて、くそデカい口を開けてやがる。

口の奥に見えたのは、真っ赤に燃えたぎる地獄の業火。


「邪魔すんじゃねぇよ!どけ!」


咄嗟に突風を吐き出す方向を変え、ドラゴンの顔の側面に進路を変えた。

そのまま後頭部まで回り込むと、俺はもう一度体勢を整え直してからブーストを仕掛け、

ようとした。

まさかだった。

ドラゴンの背後に、もう一体のドラゴンが隠れてるとは思わなかった。

背後の個体が炎を吹き出した。


反射的に突風を放ったが、間に合わなかった。

一瞬だけだが俺は炎に飲み込まれた。

すぐに抜け出しはしたものの、服に火が残ってやがる。

だけど構ってる暇はねぇ。

小刻みに突風を吐き出しながら、ドラゴンの首と首の隙間をすり抜けようと試みる。

この進路を辿る俺に攻撃してこようものなら同士討ちになるだろう。

流石に魔物でもそんな愚行は冒すはずない。

それが俺の思惑だった。

が、相手は思っている以上に愚かだったらしい。

初めにぶつかった奴が、俺に向かって口を開いたのが見えた。

次の瞬間、炎を吐き出した。

仲間のドラゴンの顔面めがけて。

小回り重視で動いていたのが功を奏した結果にはなった。

俺は寸でのところでドラゴンの隙間を抜け出したが、まるで光線の如く尖った炎は無情にも仲間の頭が炭クズになるくらいに焼き尽くした。


俺は再びルイーダを探した。

先ほど見付けた方向に目を向けた時にそれは起こった。

落下していたルイーダ目掛けて、コンドル型の魔物が躍りかかった。

鉤爪でルイーダの胴体をがっちりと掴むと飛び去ったのだ。


待て!


言葉が出てこなかった。

俺は掌に風を集めた。

が、またしても俺を阻んだのはドラゴンだった。

大きく開かれた口の奥。

紅蓮の塊が蠢いていた。


「どけっつってんだろうがぁー!!」


俺は剣を抜いた。


「ぶっ殺してやる!!」


炎が急速に膨らんでいくのが見えた。

すぐに放射されるだろう。

炎には強いはずのドラゴンすらも焼き尽くすほどの、強烈なやつがな。

そんなん関係ねぇ。

ぶっ殺してやる。

吐くなら吐けよ。

炎ごと叩き斬ってやる!

真っ赤な炎が白く輝きを増していく。

来る!



刹那だった。



炎は留まったままだった。

ドラゴンの首が少しズレた気がした。

その目から光が失われるのが見えた。

そして、

ズレたと思った首が、体からこぼれ落ちた。


ドラゴンの首の背後。

その背に乗っていたのは、


「少し落ち着きなさい。」


ミュラーだった。



まるで居合いのあとのように、しかし何も握っていない腕を脇にピンと伸ばし、片膝をついて俺を見据えていた。




ドラゴンの首がまっ逆さまに落下していくと同時に、その体自体も力を失い、地上に吸い寄せられ始めた。


「戻りなさい。これは命令よ。」


ミュラーの上空から、騎士団が纏まって降りてくるのが見えた。

ロイスが両手を広げて全員を風で包み込み、ゆっくりと下降してくる。

ミュラーが跳躍すると、ドラゴンの体はまるでボロきれみたいに落ちていった。


凄まじく高い跳躍で風の結界に戻るミュラーを追いかけて、俺もロイス達の元へと近付いた。


「エジル。今は城に辿り着くことだけに集中するのよ。」


風の結界に迎合されたミュラーが俺に向けて声を張った。


「ダメだ!ルイーダが、ルイーダが殺される!」


俺の感情は爆発寸前だった。

ここで悠長に喋っている気は毛頭ない。

作戦なんかもう知らねぇ。

今すぐにルイーダを追うんだ。

俺の頭はそのことでいっぱいだった。


「殺されない!」


そんな俺をミュラーが一喝した。

が、その言葉は今の俺には逆効果だ。


「なんで分かるんだよ!?」


あまりに無責任に感じたミュラーの言葉に、俺は喉が裂けんばかりの怒鳴り声で反論した。


「殺すなら捕まえない!放っておけば死ぬもの!なにか理由があるから、生かすために捕まえたのよ!あの鳥の魔物が城に戻ったのは確認したわ!」


「っな!?」


俺はまたも言葉に詰まった。

そこまでは見ていなかった。

目の前のドラゴンに感情をぶつけるのでいっぱいになっていたから。


「もう一度言うわ。今やるべきは、この魔物の軍団を退けて城に入ることよ。ここであんたが死んだりしたら、誰があの子を助けるの?

それはあんたの役目でしょう?」


「だけど、だけどよ。」


「問答は無用よ。

見なさい。既に囲まれてるわ。切り抜けるにはここにいる全員の力が必要なの。そこにはあんたも含まれてる。

いい?冷静に対処なさい。戦場では頭に血が登った者から死ぬのよ。」


「・・・・・・・分かった。」


俺は風を操ると、背後に向き直った。

そこには、先が見えなくなる程の魔物で埋め尽くされていた。


「エジル、中に入って。風の制御を頼むよ。」


ロイスの言葉を受け、俺は結界に向かうように風を操った。

近付くと、俺の風は、ロイスの風に吸収されたらしく消えて無くなった。

代わりにとても強い力を感じる風が俺の感覚に結び付いたのが分かった。

これがロイスの魔力なのか。

なんて強くて、それでいて優しい感覚なんだ。

だけど強すぎる。

こんな強い魔力を操るのは初めてだ。


「大丈夫。エジルならやれるよ。」


ロイスは俺の腕を軽く叩くと、結界から空へと飛び出した。


「さぁ、お掃除の時間だよ。」


その小さな掌に光が集まっていくと、それぞれの手に赤い光の塊と、黄色い光の塊が生まれた。

ゆっくりと両手を上げ、その光を解放した。


赤い光からは、火山の噴火みてぇな炎の爆発が。

黄色い光からは、空を真っ二つに切り裂くような稲妻が。


目が眩むような閃光と共に、魔物の群れに襲いかかった。

炎も稲妻も、まるで意思を持った生き物のようにうねりながら、次々と魔物達を飲み込んでいく。

そして魔物達は、その炎と稲妻に触れただけで絶命し、次々と空からこぼれ落ちていくんだ。


「すげぇ。」


俺は息を飲んだ。

必死に風を制御しながらも、その光景に俺の目は釘付けだった。

気が付いた時には、あれだけ大勢いた魔物達のそのほとんどが、俺達の周りから消え失せていた。


「おわり!」


弾むような声でそう言いながら、ロイスが結界に戻ってきた。


「今のは?」


俺が聞きたかったのは、術の名前だった。


「フレイムとモールニヤさ。」


ロイスはにべもなく答えた。

やっぱりな。

それが火の精霊術と雷の精霊術の初歩的な術の名だとしても、俺はもう驚かない。


「さぁ、ここからは全員の仕事だよ。フルーゲンを解放する。全員が風に乗って、残った魔物を倒しながら城へと降下する。各班は各々の目標に向かうこと。準備はいいね?」


ロイスの言葉に合わせ、騎士団が剣を抜いた。

それを確認すると、ロイスが指を鳴らす。


途端に大きく広がって全員を同時に包み込んでいた風が消えて無くなると、代わりにひとりひとりを包む風が生まれた。

結界を全員に分配したってことだろうか。


「不死鳥の騎士団!責務を全うしなさい!」


ミュラーの号令のもと、一斉に散開した。


至るところで戦いが始まった。

空中を飛び回り、魔物達と切り結んでいる。

騎士の誰もが敵を圧倒していた。

残りわずかとなっていた魔物の群れは、そのほとんどが姿を消していった。


「さぁ、エジル、ロイス。行くわよ。」


その様子を最も高い位置で見守っていたミュラーが、俺達に声をかけた。

騎士達に片付けられ、すっかりと綺麗になった宙を舞い、俺達は城へと降下してい行った。


「ねぇ、エジル。あんた、物も治せるの?」


俺の隣で降下するミュラーが、前方から目を逸らすことなく俺に問いかけた。

その質問の意図に俺は心当たりがあった。

ドラゴンの首を切り落とした時、ミュラーは得物を持っていなかった。

多分だけど、ミュラーの剣圧とドラゴンの装甲の厚みに対抗しきれず、剣の強度がもたなかったんだろう。

折れてしまったのかもしれない。


「いや、俺が治せるのは、生物だけだ。」


「そう。」







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