誰も知らない地下道
海賊達の書いたシナリオは、いとも簡単に思惑通り進んでいった。
商人に扮した斥候部隊は、見事に陽動部隊の劇団による御前公演の約束を取り付けた。
公演までは2日間。
俺達はその間、勇者としての動きをしながら時を待った。
軍部の依頼というか雑務のおこぼれに預かって、少し離れた農村に現れるって言うつまんねぇ魔物退治に出掛けたりとか、街中の目立つ建物を訪れて話を聞いて回ったりだとかな。
この街にはランドマークがいくつもあり、たくさんの人々が集まっている。
時計台、図書館、王立公園、大噴水。
いずれも古式ゆかしい、過去の貴重な遺産だそうだ。
もちろんその中には大聖堂も含まれていた。
下見もバッチリってわけだ。
そして御前公演が行われる日の朝がきた。
俺達は朝早く、ロシツキー達の部屋に集まっていた。
「公演は正午からだ♥️御前公演ってことで、街中の警備がかなり手薄になる♣️恐らく城内も舞台周りや王族の警護に相当な人員を割くだろう♦️忍び込むチャンスは公演中だけだと思え♠️」
「公演はどのくらいの時間なんだ?」
俺の質問にはアルシャビンが答えた。
「約3時間の予定でさぁ。昔のなんちゃらって大人気な戯曲なんで、けっこう盛り上がると思いますぜ。」
「3時間あれば十分だ★さぁ、その前に腹ごしらえだ、行くぞ♪」
「おっとお頭。剣を忘れてやすぜ。」
皆、口には出さないがやはり緊張しているように思えた。
朝食と昼食の中間の食事を摂り終え少し街を見回ると、思った通りに人々は観劇のためにこぞって城に集まり始めていた。
この感じなら、大聖堂にも若干の留守番を残して人はいなくなるだろう。
そして陽が天に到達した。
大聖堂には年寄りの僧侶が数名残っているだけで、ほとんど人影は無かった。
「じいさん、地下聖堂の拝観切符を4枚くれ。」
俺が居眠りをする僧侶を起こして何とか切符を購入すると、その僧侶はすぐにまた再び船を漕ぎ始めた。
無用心極まりないよな。
階段を下り地下聖堂に到着すると、そこは完全なる無人の空間だった。
「よし、手分けして床の薄い部分を探すぞ♥️」
言いながらロシツキーは剣の鞘で軽く床を叩き始めた。
俺達もそれに倣い、部屋に散開するとそれぞれが床を調べた。
「お、ここかなぁ?」
しばらくするとルイーダが皆を呼んだ。
ルイーダの足元の床には色鮮やかな絨毯が敷かれていたが、その下の床は明らかにくぐもった音を立てていた。
「間違いねぇ♣️。ここの下に空間が空いてるな♦️アルシャビン、頼む♠️」
俺達が絨毯を剥がし、光沢のあるタイル張りの床を剥き出しにさせた後、アルシャビンがその床の上に立ち、俺達に少し下がるよう仕草で示した。
「いきやすぜ。」
言い終えると、アルシャビンが頭上から腕を振り下ろした。
音もせず、床のタイルが抉られたように消え失せた。
ちょうどアルシャビンの掌と同じくらいの幅で、振った長さと同程度の長さの穴が開いた。
しかし、穴は床を抉っただけで、下の空間までは到達していない。
ルイーダが再び床を叩いた。
「この深さの穴をあと何回か掘らないと貫通しないっぽい厚みだねぇ。」
何度かアルシャビンが床を抉ると、ようやくぽっかりと穴が開ききった。
床の厚みは相当なもので、この隙間から人力で穴を広げるのは不可能だった。
アルシャビンが再び腕を振り、人がひとり通れる程度の幅まで拡張し、俺達はようやく穴に潜り込めた。
まずは俺が皆に支えられ、上半身だけを突っ込んで中の状況を確認した。
長い間密閉されていたであろうその空間の空気は淀んでおり、強いカビの臭いが鼻を突いた。
手にした松明で周囲を照らすと、何となく中の感じが掴めた。
空間の高さは見る限りそこまで高くない。
人がふたり分くらいだろうか。
床は石畳で舗装されており、明らかに人工的に作られた通路に思えた。
通路の幅は非常に広く、俺達4人が並んで歩いても余りある程だ。
そこまで確認すると、俺は引っ張りあげて貰うよう、支えの手をタップした。
「中は普通に歩いて通れそうだ。」
まずは松明を穴に落とし、足元を照らす。
飛び降りる目安を視認できれば、このくらいの高さなら造作はない。
まずはロシツキー、アルシャビンが飛び降り、続くルイーダのために俺は鞄からロープを取り出した。
「こんくらいなら平気よぉ。」
言ったと思った直後にルイーダも穴に滑り込んだ。
「はいー、着地ぃー。」
穴の中から間の抜けた声が聞こえてきた。
俺はひとり苦笑いをしながらロープを鞄に戻すと、めくり上げた絨毯を元の位置に戻し、穴に潜り込みながらそれで入り口に蓋をした。
実際に下りてみると、思ったより更に中は広かった。
「さて、一体どっちに行ったもんかね?」
俺はロシツキーに尋ねた。
それに応えるようにロシツキーはコートの懐からコンパスを取り出した。
「城は大聖堂の東側だ★」
指差した方には壁しかなかった。
「回り込む感じか?」
「まぁそれしかねぇだろうな♪とりあえず進むしかない♥️」
そう言うと、足早に歩きだした。
ロシツキーについて結構な時間を歩いたが、どうにも曲がり角なんかは見当たらない。
俺達はずっと真っ直ぐ進んでいた。
「大丈夫か?かなり進んだと思うが。」
たまらず俺は先頭を行くロシツキーに問い掛けた。
「なぁ、エジルよぉ。俺らにとっても初めての場所でさぁ。そう次々に質問されても答えようもねぇよ。」
代わりにアルシャビンが答えた。
「いやそれは分かってるよ。分かってるからこそ訊いてんじゃねぇか。」
「なら黙っててくだせぇ。」
「そういう言い方はねぇだろ。」
アルシャビンの物言いに、俺は正直かなりカチンときた。
こうやって無軌道に歩いてたら、演劇で稼ぐ時間なんてアッという間だ。
それを分かっててただ進んでるなんて、とてもじゃねえが承服できねぇ。
「協力しようって言ってんだぞ?俺は。」
「協力するったって、こんな一本道の通路、歩くしかねぇでしょうが。」
「そうだが、引き返すとか何とか別の方法はあるだろう。」
「今さら引き返すとか、それこそ無駄でさぁ。」
「なんでそんなこと言いきれんだよ。」
俺もアルシャビンも、相当に苛立ち始めていた。
この口論もそうだが、やはり何も言わないロシツキーに苛立っていた。
それはアルシャビンもそうだろう。
「分かった♣️正直に言う♦️」
その空気を読んだのか、ようやくロシツキーが口を開いた。
ゆっくりと俺達の方へと振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「すまん♠️道が分からん★」
沈黙が流れた。
長い長い沈黙が。
俺は黙った。
アルシャビンも黙った。
ルイーダはあくびをしていた。
ロシツキーがおどけて舌を出して見せた。
「そんなん分かってるんだよ!」
「てか言うの遅すぎでさぁ!」
俺達ふたりの盛大な突っ込みは、暗闇の通路にそれはそれは盛大に響き渡った。
「いや、だってよ♪ここまでずっと格好つけてたし、今更そんな恥ずかしいこと言えねぇじゃない?♥️」
「変なところに羞恥心覗かせてんじゃねぇよ。今それどころじゃねぇだろ。」
「まったく、いつになくずっとシリアスな芝居してると思ってたら、結局は最後までもたないんでさぁ。」
「は?今なんつった!?」
「お頭は基本的に適当成分が7割りで、サボり癖が2割5分。残りの1割が本能でさぁ。」
「おいおい、アルシャビン♣️褒めすぎだってーの♦️」
「いや褒めてねぇから!そして10割超えてるから!」
まさか過ぎる。
あんだけずっと漂わせてた貫禄は全部芝居だったってのか?
ここまで完全無欠に言う通りに事が進んできたのを省みて、こいつは只者じゃねぇと思い込んでたぜ。
いや待てよ。
あんだけ完璧に先を読める男が本当にアルシャビンの言う通りの適当野郎なのか?
もしかして、あの緊迫した空気を和ませるためにわざとやってんじゃねぇのか?
「いやー、それにしても割りと適当に組んだシナリオが随分と上手く進んだよな♠️我ながらウケたぜ★」
「そこも適当だったのかよ!?しかもウケてんじゃねぇよ!」
やばい。こいつはやばい。
突っ込みたくなるようなことしか言わねぇ。
こいつ、本物か?
本物のバカ野郎か?
「あーあ、慣れねぇことはするもんじゃないよな♪肩が凝っちまったぜ♥️」
ロシツキーはそう言うと、大きく背伸びをすると肩を鳴らした。
「おいおい、どういうことだよ。こんな地下道なんか入っちまってよ。もしかして、城に忍び込むのも実は意味のない暇潰しとか言うなよ?」
「だっはっはっ♣️そこは安心しろよ♦️そこに関しちゃ俺は真面目だ♠️
だけどな、どうにも城に辿り着くのは簡単じゃなさそうだし、どーしたもんかなーとは思ってるぜ★」
「他人事みたいに言うんじゃねぇ!」
「だっはっはっ♪お前はツッコミが得意だなぁ♥️」
「感心してんじゃねぇよ!」
「だっはっはっ♣️」
ダメだ。
本物だ。
本物のダメだ。
俺は全身から力が抜け、がっくりと両手をついてうな垂れた。
つづく。




