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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
54/78

41部目

 「──つまり、現状東志波にはAクラスの面々と、我々教師陣しかいない。早急に人手が必要なのだが、いつぐらいに帰れそうだ?」


『任務自体は終わってるので、俺達はすぐ出立できますけど……』


 テレビ電話の向こう、海外遠征に出向いているSクラス・ヒロトが、困惑顔で言い澱む。


『やっぱり。ヒロト、またスト起こってる』

『だそうです』


 ヒロトの奥側で、同じくSクラスのコウマが、携帯をいじりながら案の定といった様子で言い捨てる。


「君達はホント……毎回毎回まぁよくも」


『いや、俺達の所為じゃないんですけど……』


 頭を抱える梅崎だが、二人が悪くないことぐらいは重々承知だ。ただ、毎回毎回、決まったように巻き込まれすぎる。


『ねぇ、朝一番に連絡くれたってことは、まだ手掛かりも何も掴めてないんでしょ?』


 ヒロトは梅崎から視線を外し、自分のクラス──3階にあるS・A兼用の教室──にいるAクラスの面々に問いかける。

 室内にはAクラスの4人と梅崎を含む東志波教師陣が集合していた。


「ああ。何も調査してない」


「前までは辛うじてヒントがあったけど、今回はそれすらもない。捜査の方針も立たないわ」


「親御さんへの聴取は我々がやるが……正直、望み薄が見込まれる」


『厄介だね……』


 顎に手をあて、渋い顔で考え込むヒロト。


『なぁ、先生達が電話してる間お前達何してんの?』


 いつの間に携帯を仕舞ったコウマが画面を覗き込む。

 さり気なく、ヒロトが右側にずれた。


「待機……だよね?」

「そうしつつ作戦会議といったところね」

「今回ばかりは、俺達も勝手に動けない」


『若干一名落ち着きのない人がいるけど、無視の方向でいいよね?』


「ええ。ほっといていいわよ」


 今にも飛び出していきそうな朱音を、誰かが「縛」の波術で引き止めている。ややこしくなりかねない結末が容易に想像できるせいか、発言すらも封じられている。


『だったらさぁ──』


***


 ──犯人は現場に舞い戻る。


 推理物でも刑事物でも鉄板の展開であり、戻ったときに現場を取り押さえられた犯人も数多く存在する。あくまでフィクション内の話だが。


(絶対学校に請求してやる)


 少額の生活費から断腸の思いで出した交通費(磁気定期チャージ代千円)。涙をのみ、昏い決意を胸にしっかりと刻み込む。


 一旦家に帰ったものの、平日の午前が空くのには慣れていない。

 やることが欲しいが、パソコンも使えなければ学校もアテにならない。でもなにもしないのは、貴重な時間を浪費しているようで得体の知れない何かに苛まれる。


 よって、瑠璃は一人で行動することにした。


 やってきたのはいつぞやの裏路地、稜鏡の元アジトが面している道だ。

 叶うならもう二度と会いたくないが、もしタイクに会えたのなら切れ端だけでも聞き出せるかもしれない。一縷の望みは、瑠璃に行動力とほんの少しの拭えない嫌悪感を与えた。


 封鎖は解かれ、入口は不用心にも開かれていた。

 まず発生するのはどっちに行くか問題。大半の生徒は大広間のある見た目怪しい雑貨屋の方に迷わず行くのだろうが、瑠璃に馴染みがあるのはその向かい側、長く暗い階段がずっと続く小屋だ。

 どちらを先に調べるべきか、これは重要な分岐点だ。


 道のど真ん中で逡巡した末、やはり馴染みある方へと足が向いた。

 潜在的な理由はそんなところだが、強いてこじつけをするならば、タイクとのファーストコンタクトがあの小部屋でのことだったから、だ。


(ライト持ってきといてよかった)


 学校からこっそり借りパクしたものだが。


 別の分岐路へ冒険しに行こうという気はさらさら起きず、学校への通学路を歩くような足取りで順路を進む。

 あの時と変わらず、電気はつきっぱなし。無機質で殺風景な空間は、相も変わらずそこに存在した。

 部屋の電気を消す。天井の蛍光塗料もそのまま。点ける。変化なし。

 部屋を探索しようとするも、しつくしてしまった所に新たな変化があるとはどうしても思わなかった。立つ鳥は電気と蛍光塗料を残して、それ以外を与えなかった。


(まだ時間あるよね)


 「省エネ省エネ」とくだらないことを唱えながら電気を消し、懐中電灯のスイッチを入れる。

 せっかくなのでやはり冒険してみようと思い立ち、一旦元来た道を戻る。


 部屋から一番近い分岐路は3つに分かれていた。部屋へは真ん中を通っていった。

 どっちにしようかなと運任せに指を振り、最初は右の道へ進むことにした。


(行き止まり……)


 ものの3分後ぐらいだろうか。わりとゆっくり歩いていたこともあったが、結果はすぐに現れた。

 一面の壁。頑丈そうな石造りに見えて、その実組成は薄い金属製。掌を当てるとひんやりとした感触が伝わり、ノックするとカッカッと鈍い音が返ってくる。


 床に這いつくばり、持ってきていたメモ帳を広げる。

 今の結果を、あの部屋を起点に地図調でさっと書き記す。暗がりの中、懐中電灯の灯りだけが頼りだ。

 続いて戻り、左へ進む。また行き止まり。結果を書く。

 ……案外、正解の道以外は全て行き止まりなのではないかと、楽観的に構えようとする自分もいた。


 こうして、試行すること云十回。


(ここも行き止ま……ん?)


 既に、ハズレの道は例外なく行き止まりであることが、これまでの瑠璃の行動で結論付けられるものだった。しかしそれでも瑠璃が検証を止めなかったのは、もうここまできたら最後までやり通したいという、意地にも似た義務的願望が働いたからである。

 この些細な違いが実りというのであれば、瑠璃の行動は報われたといえる。壁面に、不自然な細い切り込みが2本だけあるのだ。

 切り込み線は縦に、人二人分が横に並んだ幅を開けて、真っ直ぐに上から下まで入っていた。人工的に、それも明確な意図をもってとしか考えられないような、綺麗な直線だった。


(これ、まさか……)


 「これなんだろう」と疑問を持つとほぼ同時に、ある知識が瑠璃の頭から引き出された。

 もうこの場所に脅威たるものはない。瑠璃はごく自然に、切り込み線の内側、それも端の方を掌でゆっくりと押した。


(やっぱり)


 回転扉。

 今まで壁の一部としての役割をしていたある一面が、壁と垂直になるまで傾いた。奥には、通路らしき空洞が続いていた。

 幼い頃に見た忍者の世界の仕掛けに心揺さぶられたのも束の間、瑠璃はまた、行動の選択を迫られていた。


(でも、もう引き下がれないよね)


 交通費請求の対価を持ち帰るためにも、おめおめ踵を返すわけにはいかなかった。


 扉を縦にしたまま戻さずに、通路を進んでいく。

 分岐路のない、ひたすら真っ直ぐな道だった。一体どこに繋がり、どこに出ていくのだろうか。

 向こう側も回転扉になっているのだろうか。懐中電灯以外の光が一切ない。

 こちらも真っ暗、あちらも真っ暗。惑いそうになる方向感覚に叱咤し、己の爪先のみを信じて、ただひたすら歩く、歩く。


 視界の悪さと得体の知れないものに対する警戒は、否が応でも人間という生き物を慎重にさせる。歩幅が狭くなるのも、歩みが遅くなるのも、当然、無意識の防御反応だ。

 光の先は足下の地面とその付近。届かない光は、及ばない光は、それでも精一杯の光度で空間を照らす。


 すると、光が地面以外のものを捉えた。

 壁だ。それも左右にあるものではなく、真正面の、通行人に行き止まりを報せる、今まで見てきたものと同じ構造のもの。

 しかし瑠璃は見つけた。人工的な2本の、縦方向の細い切り込みを。


(なかったら逆に困るけどね)


 当たり前に通路だったことに変な安堵を覚え、扉に軽く手を当てる。押すと、案の定重い動きで空間が開けていく。

 地面に白い線が描かれる。向こうには光があるという証拠だ。それも、人工的な。


 このまま敵の本拠地に繋がっていればいいななどと、それにしては不用心すぎる行動を取りながら、静かに笑い飛ばす。

 鬼が出るか、蛇が出るか。もしもそこに敵がいるならば、自分の存在は既にバレているも同然である。


 覚悟は──。


(ない)


 だが。


(捕まっても問題ない)


 遅かれ早かれ、どうせ助けには来てくれる。まだ編入して間もないが、そんじょそこらのヘッポコ捜査機関ではないと思えるくらいには、自分の学校を信用できるようになっていた。


 扉の動きに沿って、吸い込まれるようにあちら側へ。

 瑠璃が目にしたものは──。


「はぁ〜〜……」


 感心と得心。

 謎が解けて全てが繋がったところで──。


 ──瑠璃の意識が途切れた。

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