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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
39/78

27部目

 「最終確認をしよう。まず現状から分かっていることは、敵は手練であることと大人数であることだけだ。くれぐれも先走った判断はしないように」


 常に冷静な状況把握をするためには、思い込みを削ぎ落とさなければならない。念頭に置いて必要時にすぐ引き出せるぐらいがちょうどいい。


 だいぶ熱が緩んだ体育館は、集合時間から優に二時間は経っていた。


 全員の息もすっかり整い、ある者は仮眠から覚醒してない頭を掲げながら、梅崎の近くに小さく整列している。

 当の梅崎はというと、マイクは使っておらず、近場の集団にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声で話をしている。

 梅崎の傍らや後ろには東志波全教員が顔を揃え、盤石さに磨きがかかっている。


「では次に、作戦の確認に移ろう」


 「頼んだ」と言いながら下がる梅崎と入れ替わるように、若い──おそらく冥奈と同期──の男の教師が出る。


「まず、分かってると思うけど出入り口は一つだけだ。全員で流れ込むのもいいけど、混み合って効率が悪いしその後隙をついて逃げる敵に気づかないって可能性が高い。だから、3チームに分かれて時間差で突入していく。自分が何番目のチームに入ってるかは、ちゃんと確認しといて」


 チーム分けと戦法は、A一人をふくむ中堅以上の実力集団が先発隊として切り込み、少し時間を置いてから突入するのがDを含むサポート集団、そこからあまり時間を置かずして、別のA一人を含む最強集団が送り込まれる。

 理想は、先発隊がエントランスの敵をあらかた片付け、2番隊がエントランスで戦闘のサポートをしつつ先発隊を別場所へ行かせ、3番隊が戦闘をくぐり抜けた強者や逃げ足の早い弱い奴を対応し、逃し漏れゼロ。もし敵が稜鏡だった場合は、連れ去られた生徒の回収も2番隊が行うこととなっている。


「そしてAはすぐに持ち場を決めなさい。中二人と入り口二人。報告きてないぞ」


 さらに逃し漏れゼロに近づけるために、たった一つしかない入り口にAを二人配備。徹底して食い止めにかかる。


「突入指示はこちらで出すけど、中に入ったら各自の判断に従って行動。これはいつもと変わらないな。あと、隊のリーダーとか無線持ってる人は、マメに連絡を入れること。大怪我をしたら無理に戦わずに速やかに離脱すること。それくらいかな。じゃ、頼んだよ」


 「以上です」と締めくくり下がると、梅崎が再度出てくる。


「Sに関してだが、3番隊と同時突入かそれ以降の突入となる。隊のリーダーや我々の指示が基本となるが、Sからの指示が入ってきたらそっちに従ってくれ。優先順位としては、我々よりも上だ。いいな」


 仮にも副校長ともあろう人に「自分より生徒の支持を聞け」と言われたのにも関わらず、揃った声で返事をする生徒に、躊躇いや遠慮は全くなかった。まるで、それがいつものことだと言わんばかりに。

 方や梅崎も、その指示を出すのに迷いや言いづらさを感じなかった。まるで、それが当たり前だと言わんばかりに。


 それほどに、東志波におけるSクラスへ寄せる信頼は確固たるものだった。


「では、先発隊は早急に準備を。整い次第突入だ」


 すると梅崎は、体育館の指揮を他の先生に任せて一人校舎に急行する。

 フォームはお手本レベルに綺麗で、その歳とは思えないほど速く、かつ軽くて静かな走りだ。


「まさか、あれを使うときが来るとはな……」


 その独り言は、少し不安を含んでいるようにも聞こえた。


***


 ──バトルドーム。

 設立目的、不明。設立理由、不明。使用回数、年に1回あるかないか。


 巨大で異色なためある意味東志波のシンボルとも言えなくもないが、辛口評価を下せばただ建っているだけのスペース取り。誰がメンテナンスや清掃をしているかも不明だ。


 中に入ると、タイル張りの白い床がお出迎え。エントランスとなっており、入り口からすぐ両側にあるトイレと、2つの階段が目につく。というより、それしかない。

 ぐるっと一周できるドーナツ状の造りをしており、他にもトイレと階段、そして例によって保健室が存在する。階段を上ると、観客席に行ける。


 ドーナツの内円に相当する壁には、入り口から見て左右両方にドアがついており、中は選手の控室となっている。そこから、さらに中心方向へと進んでいくと、そのままフィールドへと出られる。

 人工芝生が円形に敷かれており、両者の最初の立ち位置を示す白線が中央からやや離れた場所に等間隔にあるだけ。これといって趣向を凝らしたものではない。


 ここは、己が実力をはかる神聖なる場所……のはずだった。


 まずはエントランス。スポーツ観戦の休憩時間を彷彿とさせる人数の人がいるが、決定的に盛り上がりが違う。静かすぎる。

 おしゃべりをしている人が誰一人としておらず、歩き回ってはいるが徘徊に近い。虚ろでありながら、どこか使命感を帯びた、そんな様子の集団だった。胸元の色付きガラスだけが、彩りを添えていた。


 フィールドは、中央で人が円を作っていた。

 地面に尻をつけて内側を向いて座り込んでいる集団と、それを囲むように待機している外側を向いた集団の2組だ。どちらも、不気味なほど一言も会話がない。

 外側を向いている集団には光る色付きガラスが首から下げられているが、一色に統一されているわけではない。しかし、目の濁り具合だけは一様に同じだった。


 その様子を、客席と同じ階にあるが別部屋となっている放送室の椅子から見下ろす影が2つ。


「定時連絡。状況は?」


『はい。変わりありません』


「引き続き現状を維持。何かあればすぐに」


 相手の返事を待たずして、耳に残る重い声の主は一方的に無線を切る。

 体型は普通かそれより少し痩せているくらいか。人間味はあるものの無表情で、冷静を通り越して冷たいという印象を与える。


「まだ見つからないの?」


 横から凛とした透き通るような声が男子にかけられるが、男子からの返事はなかった。


「完全に外れクジね」


 それだけぽそりと呟いて、頬杖をついて少し不機嫌そうに黙る。

 小柄で華奢、耳辺りの高さで一つにまとめた黒髪が涼しげで、幼さの残る顔立ちだがどこか冷めている。


「あっちからの連絡もないんでしょ?」


「ああ。ここまでないと、逆に不気味だ」


「ただ無能なだけかもよ」


 業務的というよりはくだけているが、馴れ馴れしくもなくちょうどいい距離感が保てているのだろう。二人共同じくらいの歳だということも、この関係に一役買っている。


「それでも、こちらとしてはあっちでやってくれるのが都合がいいんだが」


「望み薄ね」


「期待はしてない」


 会話が切れる。お互い、それ以上無理に続けようともしない。

 静寂の放送室……ではないが、だからこそ、ジジジという微かな機械音がやけに耳に障る。


「ソウミ、お前の無線から変な音してないか?」


「えっ、キタンのからじゃないの?」


「俺じゃないぞ」

「私もよ」


 同時に自分の無線を相手に差し出す行動をするあたり、二人は似た者同士なのだろうか。

 交換したそれを耳の近くに持っていく。確かに、相手方の無線からも変な音はしていなかった。


 それでも、ジジジという機械音は消えないまま。

 ──むしろ、だんだん大きくなっている。


「あれだ!」


 キタンが音源を発見したときには、そのスピーカーからゴトッと音がした。


『突入開始!!』


***


 押し込んだ扉の取っ手が内壁にぶつかり、壊れんばかりの音と共に開け放たれる。

 破竹の勢いで東志波先発隊がなだれ込み、エントランス内の敵を一気に薙ぎ払う。


「キタンさん、きしゅ、うっ……」


 先発隊の構成はBクラス以上。当然、強い。

 一人、また一人ではなく、十数単位で敵が床に伏す。戦闘にて体力を削らずとも、波術のみで敵を戦闘不能に陥らせる。


 しかし敵もタダではやられてくれない。

 人数の利を活かし、数名単位に干渉相殺を行い、戦闘員を復活させる。結果、いつまでも敵が減らないエンドレスな戦闘を強いられ、かつ体術の質もそこそこ高く波術もなかなか強力だ。


 正直、美術館のときの奴等とはレベルが違う。

 中堅程度とはいえ、Bクラスの波術を相殺できる時点で、技量と実力が相当なものなのは明らかだ。


『首飾りを確認。敵、稜鏡です』

『人が足りません。応援欲しいです』


 先発隊の無線持ちの生徒から報告が入る。


「了解した」


 早速、理想から外れた流れが出来上がっている。

 もどかしくは思うが、その感情さえも慣れきったものだ。日常茶飯事なのだから。


 そうであるがゆえに梅崎は、校舎内の放送室から、校舎内はもちろん、体育館・バトルドームにまで響く、文字通りの「校内放送」をかける。


「2番隊、突入開始!」


 合図と同時に、外で待機していた2番隊がなだれ込む。予定時間より早い突入だが、気を抜いていて動きが遅れた者は一人としていない。

 各々分かれて、エントランス内にいる味方の補助に入る。この際もう、誰がどのクラスだとか関係ない。


「ゾンビかよこいつら!!」


「無駄口叩くな!」


「いーでしょそれくらい! サボってないんだから」


 戦闘員に選ばれたD三人は固まって動いていた。三人寄れば何とやらではないが、Bクラス以上の人のサポートに一人だけで入れるほどの実力は持ち合わせていない。三人でもそれより劣るかくらいなのに。


 三人で三人倒しても、別の三人が復活する。差し引きゼロの、一方的にやる気の削がれる戦いだ。

 先発隊の人達が相手する人数が相対的に減ったのでまるっきりということはないが、サポートとして成立している気がしない。力不足なのは、自分達が一番理解している。


「ぁあーもう! 人手が足りない!!」


 苛つきを隠せない智佳がそう吠えたときだった。


 自分達の目の前を含む、広範囲の敵が一斉に倒れた。

 それも十数単位ではない。数十単位で、だ。


 何事かを把握しようとする前に、自分たちの横を少女が、任務完了と言わんばかりに颯爽と通り過ぎた。


 自分達と同じジャージ。袖の真ん中にあるカラーは銀。Aクラスなのは間違いない。

 しかし朱音ではない。クラスカラーを挟む二本のラインカラーが、原色の青だった。


「アオイさんか」

「流石だ」


 忠と義明がすぐに納得し、また自分達の作業に戻る。もたもたしていると、さっき寝かせてくれた大勢の敵が全員起こされてしまう。


『3番隊、突入開始!』


 ついに突入を許された、最強集団。

 敵処理のスピードが段違いに上がる。元々の数減らしの効果も相まって、エントランスが雑魚寝した敵で溢れ返る。

 最初からそうしてくれればいいのだが、波術の威力が体力依存である以上、実力者の体力は可能な限り温存しておくべきだ。


 粗方片付いたことを確認した先発隊と3番隊が、2階席やフィールドに向かう。


 2階席に、敵は一人もいなかった。が、フィールドではまたもや多人数対一の激闘が繰り広げられていた。実力は、エントランスにいた奴等よりも上だ。

 相手は円の外側にいた人達。内側にいる人達にいたっては、座り込んだまま立とうとする気配もない。


 なぜか。──内側の集団、東志波のジャージを着ていないか?


「あれ、東志波じゃない?」

「手の空いてる2番隊集合! 奪還作戦に移行だ」


 2番隊リーダー格の生徒の指示が飛ぶ。D三人も即座に反応してフィールドへと向かう。

 混戦の隙間を縫い、こちらを追ってくる敵をいなし、人質のごとく大人しく座り込んでいる集団に近づく。


「あっ、あのジャージ礼羅のじゃない?」


「悌二もいるぞ!」


 智佳と忠が見知ったジャージと後ろ姿を見留め、使命感と安心と、何より嬉しさから急いで駆け寄る。


 それが、油断のタネになったのかもしれない。


 自分の間合いに入ったのを察知したかのように、二人が振り返る。

 振り返りざまに、礼羅からは肘鉄、悌二からは鋭い蹴りが繰り出された。


「うわっ」

「あっぶね」


 智佳も忠も間一髪で躱したが……。


 ──それが、第二の戦闘の合図となった。


 今までピクリとも動こうともしなかった集団が、スイッチが入ったかのように俊敏に動き出し、自分達の近くにいる東志波生を攻撃しだした。相手の視界に最初に入ってしまった運の悪い人で、三〜四人を同時に相手取っていた。

 この展開は想定していなかったようで、2番隊の生徒も、この信じられない事態に理解が及ばないまま身体を動かしていた。


 これを何と言うか。

 同士討ちだ。


「忠、智佳、今のこいつらは敵だ! 手加減するな!!」


「分かってるよそんなこと!!」

「こっちも全力だ!」


 最初にこの事態に遭遇した三人は、誰よりも早く感知していた。

 捜査のため瑠璃が受けた波術と、別の波術が混じっていること。それが一種類ではないこと。そして、おそらくその波術の影響で、同じクラスの仲間が敵に加担させられていること。


 だから、割り切りが早かった。


 敵としては初めてだが、仲間同士でやり合ったことは、この9年間で数え切れないほどだ。それでも、今まで築いてきたものは壊れないということは、東志波という学校に身を置いてから嫌というほど学んだ。

 相手が例え操られた味方であっても、それが全力を出せない理由にはならず、躊躇いを生むものでもない。むしろ、手加減をしないのが当たり前だ。


 他の生徒も受波から原因を察せたため、動きに迷いがなくなってきた。

 だが、問題はそこではなかった。智佳と忠の反論には、まだ続きがあった。


「でも、礼羅ってこんなに強かった!?」

「ただ悌二が強すぎる!!」


 そう、相手が同じクラスとは思えないほど強いのだ。

 礼羅や悌二だけではない。クラスカラー赤のCに、格上である青のBが押されている。


 防戦一方。この実力逆転現象に適切な言葉だ。


「ん?」


 智佳と忠のサポートに入っているものの、直接的な戦闘相手に選ばれなかった義明。戦っている4人から少し距離をとり、自身の安全を確保してから目を閉じる。


 無駄な情報の遮断により感覚が研ぎ澄まされ、受波もより鋭敏に感じ取れる。

 探す。さっき自分が感じた波はどれだ。

 紛れている。複雑な波が絡み合っているが、さっきのは単調だった。

 あれでもない、これでもない、もっと、単波レベルの……。


「忠! 智佳!」


 ハッキリと突き止めた瞬間には、もう二人の名前を呼んでいた。


「長期戦だ! ドーピングさせられてるから長くはもたない」


 「了解」と二人の声が揃う。

 つまり、このままあちらに攻め続けさせて体力切れを待つという作戦だ。


 相手の認識を「騙す」単波、「ヘン」。全ての波術の基本であり、他の種の単波もこの「騙」から派生したものである。

 義明が感じ取ったのは、その「騙」の中でも基礎中の基礎である増強の用法。正しく使えばブーストとなり、味方にも使える有用な後方支援となるが、行き過ぎればドーピングにもなってしまう。

 今回は後者だ。


「ヨッシー、こっちは引き受けるから他の人のサポートに行って」


「いいのか?」

「あたし達はあたし達でどうにかするから!」


 あんなに苦しそうに強がる同級生を放っておきたくないというのが本音だが、他の人達のサポートに回った方がいいというのは正論だ。

 板挟みだが迷っている暇はない。だから義明は、この問いに判断の全てを委ねた。


「保つか?」

「保たせる」

「任せて!」


 十分だった。

 義明は後腐れなく、この場を後にした。


 エントランスにいた2番隊の人達が、フィールドへと徐々に集まる。人数が増えるのは喜ばしいことだ。


 しかしそれでも、まだ足りない。


 人数たった三十弱でフル稼働している東志波生の体力は、そろそろ底を尽きそうだ。ヘトヘトにはなっていないものの、体力依存の波術において、相手の消波量を上回る波を打てる人が、あとこの場にどれくらいいるだろうか。

 トドメとなる一撃を繰り出せる者はもうほとんどいない。やるべきことは着実にこなしているため、好転していないわけではないが、依然不利なのには変わりがない。


 敵が倒れるのが先か、自分達が動けなくなるのが先か。


 消耗戦を、誰もが覚悟していた。


飛扇ひせん・三連」


 フィールドにいた全員の肌を、鋭い副波が三度斬りつけた。

 その桁外れな威力に気圧されて場に停滞が生まれたが、直後にその場に倒れ込んだのは、敵と波術影響下にある東志波生だった。


「みんな聞いて」


 少し高めの、柔らかいのに風格のある声が耳に馴染むようにスッと入り込み、残った東志波生に安堵の火を灯した。

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