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憑いてる。  作者: 受験孔明
空席
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67/82

第67話 二人目の観測

67話 二人目の観測


 ホームの灯りが、一斉に消えた。


 暗闇。


 白い雪だけが見える。


 将太は動けなかった。


 目の前にはリンがいる。


 ベンチに座ったまま。


 目は開いている。


 だが、そこに意志はなかった。


 首筋には黒い文字。


『見つけた』


 まるで焼き付けられたように浮かんでいる。


「リン」


 将太はもう一度呼んだ。


 返事はない。


 ただ、雪だけが降っている。


 音もなく。


 白く。


 冷たく。


『触るな』


 三成だった。


 低く、鋭い声。


 将太の手が止まる。


「何なんだよ、これ」


『分からん』


 三成の表情も険しい。


 初めて見る顔だった。


『だが普通ではない』


「普通じゃないことばっかりだろ」


『その中でも、だ』


 三成はリンの首筋を見ている。


『あの文字は、ただの印ではない』


「じゃあ何だ」


『縛っている』


 将太は息を呑んだ。


「リンを?」


『おそらくな』


 その時だった。


 リンの指が動いた。


「っ!」


 将太は息を止めた。


 ゆっくり。


 本当にゆっくり。


 リンが顔を上げる。


 焦点の合わない目。


 その目が、将太の方へ向いた。


 そして、口が開く。


「逃げろ」


 かすれた声だった。


「リン!」


「逃げろ」


 同じ言葉を繰り返す。


「何があった」


 将太は問いかける。


 リンの目がわずかに動く。


「二人目が」


 そこで止まる。


「二人目が何だ」


 リンは苦しそうに顔を歪めた。


 首筋の文字が黒く光る。


 リンの喉が引きつる。


 声を出そうとしているのに、何かに止められている。


「見つかった」


 将太は凍り付いた。


「誰に」


 リンは答えない。


 いや。


 答えられない。


 首の文字がさらに濃くなる。


 黒いインクが皮膚の下へ染み込んでいくようだった。


「ぐっ……」


 リンが苦しみ始める。


 将太は反射的に支えようとした。


「リン!」


 その瞬間、リンが将太の腕を掴んだ。


 信じられない力だった。


 そして、初めて。


 将太を真っ直ぐ見る。


「東京駅へ行くな」


 将太は息を呑んだ。


「え?」


「行くな」


 真心は東京駅を目指せと言った。


 リンは行くなと言う。


 正反対だった。


 だが、すぐに将太は気付いた。


 違う。


 現実の東京駅ではない。


 観測上の東京駅。


 白い駅と重なった東京駅。


 ここより奥へ進むな、という意味だ。


「どっちなんだ」


 将太が呟いた瞬間、リンの表情が変わった。


 違う。


 リンじゃない。


 将太は本能的に理解した。


 誰かいる。


 リンの中に。


『見つけた』


 低い声。


 聞いたことがある。


 黒衣。


 将太は後ろへ飛び退いた。


 リンが立ち上がる。


 ゆっくり。


 ぎこちなく。


 まるで、誰かに操られているように。


『観測継続』


 駅のアナウンスが響く。


『二人目、未確定』


 将太の鼓動が速くなる。


 二人目。


 未確定。


 まだ決まっていない。


 真心が言った通りだった。


 如月心陽は危ない。


 だが、まだ戻せる。


 まだ確定していない。


 その時だった。


 白い駅のホームの奥。


 誰かが立っていた。


 一人の少女。


 長い髪。


 制服。


 真心だった。


 だが、いつもと違う。


 表情がない。


 感情もない。


 ただ、将太を見ている。


 真心の姿をしている。


 なのに、真心ではない。


 そんな気がした。


「田中……?」


 将太が呟く。


 少女は答えない。


 ゆっくりとホームを歩いてくる。


 雪は彼女の肩に落ちない。


 足跡も残らない。


 そこにいるのに、この世界に触れていない。


 三成が低く呟いた。


『違う』


「何が」


『あれは田中真心ではない』


 将太の喉が鳴る。


 少女は立ち止まった。


 リンの少し後ろ。


 将太の正面。


 そして、静かに口を開いた。


「間違えたね」


 将太の背筋が凍る。


「何を」


 少女は答えた。


「一人目を」


 雪が降る。


 音もなく。


 白く。


 静かに。


「ずっと間違えてる」


「どういう意味だ」


 将太は一歩前へ出る。


 リンがゆっくりこちらを見る。


 その首の文字が黒く滲む。


『見つけた』


 まるで傷口のように、広がっていく。


 少女はリンを見た。


 何の感情もない目で。


「それは一人目じゃない」


 将太は固まった。


「は?」


「一人目を名乗っているだけ」


 ホームの空気が冷える。


 三成の表情が変わる。


『何だと』


 少女は三成を見ない。


 ただ将太だけを見ている。


「一人目は待っている」


 将太の頭に文字が浮かんだ。


『一人目は待っている』


 将太のノート。


 白い駅。


 何度も出てきた言葉。


 その意味が、初めて変わる。


 一人目は、目の前の黒衣ではない。


 リンを縛っているこれでもない。


 どこかで待っている。


 名前を失ったまま。


 誰かに呼ばれるのを。


「じゃあ、こいつは何なんだよ」


 将太がリンを指す。


 いや。


 リンの中にいる何かを。


 少女は少しだけ目を細めた。


「観測された残骸」


 その言葉に、将太は息を失った。


 リンの身体が震える。


 口が動く。


 だが声は出ない。


 助けを求めているようにも見えた。


 もう手遅れだと告げているようにも見えた。


『二人目の観測を継続します』


 アナウンスが響く。


 駅の電光掲示板が赤く光る。


『対象未確定』


『候補複数』


『接続者 三』


 将太の心臓が跳ねる。


 三。


 将太。


 悠真。


 天堂。


 この三人が接続している。


 つまり、二人目を観測する側に立ってしまった。


 見れば、変わる。


 見れば、固定される。


 そして、見方を間違えれば。


 如月心陽は、二人目として確定する。


 少女が静かに言った。


「二人目は、まだ決まっていない」


「決まっていない?」


「選ばれるんじゃない」


 少女は白い線路の向こうを見る。


「成るものだから」


 将太は理解できない。


 だが、その言葉だけが妙に重かった。


 成る。


 二人目に。


 選ばれるのではなく。


 周囲に見られ続けることで。


 役割で呼ばれ続けることで。


 本人の名前ではなく、影の名前で扱われ続けることで。


 少しずつ。


 成っていく。


「如月心陽……」


 将太は声に出した。


 少女がわずかに目を動かす。


「名前を呼べるうちは、まだ戻れる」


「じゃあ戻す」


「順番を間違えなければ」


 また、順番。


 将太は奥歯を噛んだ。


 リンが教えようとしていた。


 最初に光。


 次に空白。


 最後に、忘れていた名前。


 光。


 如月心陽。


 空白。


 田中真心。


 忘れていた名前。


 一人目。


 将太はようやく理解し始めていた。


 二人目を戻すには、心陽の名前を呼ぶだけでは足りない。


 心陽を呼び戻した後、真心を忘れずにつなぎ止める。


 そして最後に、一人目の名前を思い出す。


 その順番を崩せば、誰かが落ちる。


 その時。


 リンが突然笑った。


 リンの声ではない。


 低い声。


 黒い声。


『観測は止まらない』


 少女が初めて眉を動かした。


 それは怒りにも似ていた。


『ダンニュクは始まった』


 ホームの灯りが一つずつ消えていく。


 白い駅が暗くなる。


 将太は後退する。


 三成が前へ出る。


『退け、綾小路』


 だが、少女は動かなかった。


 暗闇の中で、静かに将太を見る。


「思い出して」


 その声だけが、なぜか胸に刺さった。


「あなたは一度、ここで見ている」


「何を」


 将太が聞く。


 少女は答えない。


 ただ、唇だけが動いた。


 声は聞こえない。


 だが、意味だけは届いた。


 ――一人目。


 次の瞬間。


 リンの首の文字が弾けた。


 黒い光。


 白い雪。


 割れるホーム。


 少女の姿が遠ざかる。


 そして、白い駅のアナウンスが最後に告げた。


『観測開始まで』


『残り九日』


 将太は暗闇に飲み込まれた。


 現実に戻る直前。


 リンの声が、かすかに聞こえた。


「俺を忘れろ」


 その意味は、まだ分からなかった。


 だが、将太は直感した。


 リンを助けることと、リンを忘れることは、たぶん同じ場所につながっている。


 そしてそれは、今すぐには選んではいけない。


 順番を間違えれば、全員が消える。


 世界が戻る。


 将太は自室の椅子に座っていた。


 机の上のノートが開いている。


 そこには、新しい文字が浮かんでいた。


『二人目は、まだ決まっていない』


 その下に、もう一行。


『成らせるな』


 将太は震える手で、名前を書いた。


 如月心陽。


 田中真心。


 そして。


 一人目。


 まだ空欄のままのその場所を見つめる。


 空欄は白い。


 白い駅の雪のように。


 そこだけが、世界から削り取られたように。

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