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第6話 空席

第六話 空席(完成版)


 その夜。


 将太は眠れなかった。


 ベッドに入っても、頭の中に“あいつら”が浮かぶ。


 孔明。


 信長。


 項羽。


 アイドルの女。


 全員が、将太を見ていた。


 特に。


 孔明の目。


 あれは怖かった。


 怒りでもない。


 敵意でもない。


 もっと静かなもの。


 観察。


 分析。


 値踏み。


 まるで。


「……商品みたいだった」


 小さく呟く。


 部屋は静かだった。


 時計の音だけが響く。


 三成は、本棚の横に立っていた。


 腕を組み、いつもの無表情でこちらを見ている。


「空席は珍しい」


 唐突に言った。


 将太は天井を見たまま聞く。


「……空席って何なんだよ」


 三成は少し黙った。


 そして窓の外を見た。


「人間は、幼い頃から染まる」


「……」


「親。憧れ。恐怖。欲望。」


「誰かに憧れ、誰かになろうとする」


 三成は静かに続ける。


「だから影が入り込む」


 将太は眉をひそめた。


「でも俺は違うって?」


「そうだ」


 三成の目が細くなる。


「お前は、どこにも強く染まっていない」


 将太は少しイラついた。


「何だよそれ」


「悪い意味じゃない」


「いや、空っぽって言われて嬉しい奴いねぇだろ」


 三成が少し笑う。


 珍しかった。


「昔のお前は、もっと普通だった」


 将太は顔を上げる。


「……知ってるのか?」


「見ていたからな」


 三成は壁にもたれた。


「だが、お前は途中から、何にも執着しなくなった」


 将太は黙る。


 思い当たる節があった。


 友達。


 部活。


 流行り。


 将太は、何となく合わせることはできた。


 でも。


 心の底から、それになりたいと思ったことがなかった。


「周りに合わせるの、上手いだろ」


 三成が言う。


「……まあ」


「だが、お前は入っていない」


 将太は少しゾッとした。


 言われたことがある。


『将太ってさ、優しいけど何考えてるかわかんないよね』


 笑いながら。


 何人にも。


 言われた。


「空席は危険だ」


 三成が低く言った。


「何故?」


「分からん」


 三成は即答した。


 将太は思わず顔を上げる。


「は?」


「だが昔からそう言われている」


 三成は珍しく真面目な顔だった。


「空席は危険だ、と」


 その時だった。


 部屋の鏡が、わずかに揺れた。


 将太の心臓が止まりそうになる。


 鏡の中。


 誰かが立っていた。


 黒い影。


 細い目。


 口元だけが笑っている。


 将太は息を呑む。


「……誰だ」


 返事はない。


 だが。


 影は確かに、将太を見ていた。


 三成の顔が険しくなる。


「見るな」


「でも――」


「まだ早い」


 三成の声は、少しだけ焦っていた。


 将太は初めて気付く。


 こいつ、今ビビってる。


 その瞬間。


 鏡の中の影が、ゆっくり口を開いた。


『まだか』


 低い声。


 男か女かも分からない。


 将太の背筋が凍る。


『まだ』


 影が笑う。


『思い出していないのか』


 その瞬間。


 三成が前へ出た。


「引け」


 パキッ。


 鏡にヒビが入る。


 影が消える。


 静寂。


 将太は息を切らしていた。


「何なんだよ今の」


 三成はすぐには答えなかった。


 鏡のヒビを見ている。


 やがて。


 静かに呟く。


「嫌な予感が当たりそうだな」


「何だよそれ」


 三成は答えなかった。


 その夜。


 将太は夢を見た。


 暗闇だった。


 何もない。


 ただ。


 遠くに駅が見えた。


 白い駅。


 行ったことがないはずなのに。


 なぜか懐かしい場所。


 そして。


 ホームの先。


 一人の誰かが立っていた。


 顔は見えない。


 男か女かも分からない。


 だが。


 そいつだけが。


 ずっと将太を見ていた。


           ――第六話 終――


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