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第5話 教室の序列

第五話 教室の序列


 月曜日。


 将太は、教室の扉を開いた。


「おはよー」

「昨日の模試やばかったわ」

「マジ眠ぃ……」


 いつもの朝。


 いつものクラス。


 なのに。


 もう以前と同じには見えなかった。


 見えてしまう。


 人の後ろにいる“何か”が。


 教室中央。


 男子たちに囲まれているのは、陽斗だった。


 サッカー部。


 足が速い。


 面白い。


 女子人気も高い。


 クラスの中心人物。


 そして将太には見える。


 その背後。


 赤いマント。


 鋭い目。


 群衆を見渡す王。


「……カエサル?」


 三成が壁際で小さく笑った。


「王の空気を持ってるな」


 陽斗はただ笑っているだけだ。


 なのに、周囲が自然と集まる。


 誰も逆らわない。


 誰も空気を壊さない。


 将太は気づいてしまう。


 これも支配だ。


「将太、おはよー!」


 女子の声。


 振り返る。


 志保だった。


 学級委員。


 成績上位。


 先生受けも良い。


 だが将太は、思わず息を呑む。


 背後。


 静かな女。


 冷たい目。


 着物姿。


 周囲を観察している。


「誰だよ……」


 三成が少し考える。


「北条政子あたりかもしれんな」


 志保は普通に笑っている。


 だが将太には見える。


 後ろの女が、教室全体を管理しているように見えた。


「どうしたの?」


 志保が首を傾げた。


「顔色悪いよ?」


「……いや」


 将太は目を逸らした。


 すると。


 教室後方で笑い声が上がった。


 男子グループ。


 その中心。


 来海。


 なぜか女子にも男子にも好かれている。


 空気が軽い。


 誰とでも話せる。


 そして将太には、後ろに旅人のような男が見えた。


 自由。


 流浪。


 縛られない空気。


「坂本龍馬みたいだな」


 三成が呟く。


 将太は教室を見回した。


 全員。


 何かしらの影響を受けている。


 人気者。


 優等生。


 スポーツができる奴。


 先生受けが良い奴。


 全部。


 後ろがいる。


「何なんだよ、この世界……」


 三成が窓際にもたれた。


「昔から変わらん」


「は?」


「人は昔から、強いものに憧れる」


 その時。


 教室前方がざわついた。


「先生来た」


 担任だった。


 四十代くらい。


 優しそうな男。


 だが。


 将太は凍りつく。


 背後。


 巨大な老人。


 静かな目。


 教室全体を見下ろしている。


 威圧感。


 支配力。


 三成が少しだけ眉をひそめた。


「徳川の匂いがするな」


 担任は笑った。


「はい席つけー」


 その瞬間。


 教室の空気が整う。


 うるさかった連中が静かになる。


 誰も逆らわない。


 将太の背筋が冷えた。


 この人。


 空気を支配している。


 授業が始まる。


 だが将太は内容が頭に入らなかった。


 体育。


 昼休み。


 休み時間。


 教室のあらゆる場所で。


 後ろの存在たちが見えてしまう。


 将太は少しずつ怖くなっていた。


(これ……どこまでが本人なんだ?)


 その時。


 三成が静かに言った。


「勘違いするな」


 将太は顔を上げる。


「え?」


「全部、乗っ取られているわけじゃない」


 三成は教室を見渡した。


「選ぶのは人間だ」


「……」


「強い影がいても、全員が成功するわけじゃない」


 三成は続ける。


「歴史上の怪物が後ろにいてもな」


 将太は黙った。


 三成は小さく笑う。


「器が弱ければ意味がない」


 将太は少しだけ安心した。


 だが同時に。


 別の怖さを感じた。


 つまり。


 本人自身にも欲望があるということだ。


 放課後。


 将太は手を洗うため、廊下の鏡の前に立った。


 疲れていた。


 頭が重い。


 鏡を見る。


 自分の顔。


 その後ろ。


 一瞬だけ。


 誰かが立っていた。


 黒い影。


 細い目。


 笑っている。


 将太の心臓が跳ねる。


 振り返る。


 誰もいない。


 だが。


 鏡の中にはいる。


 黒い影は。


 将太の肩越しにこちらを見ていた。


 まるで。


 ずっと前からそこにいたかのように。


 そして。


 ほんの一瞬だけ。


 口が動く。


 声は聞こえない。


 だが。


 なぜか意味だけが分かった。


 ――見つけた。


 将太は息を呑む。


 次の瞬間。


 影は消えた。


 鏡には自分しか映っていない。


「今の……誰だよ」


 三成は珍しく、すぐには答えなかった。


 将太ではなく。


 鏡を見ている。


 その表情は硬かった。


 やがて。


 三成は静かに言う。


「……始まったか」


 将太の喉が鳴る。


「何が」


 三成は少しだけ目を細めた。


 そして。


 どこか遠くを見るように呟く。


「まだ、お前じゃない」


 将太には意味が分からなかった。


 だが。


 その日の夜。


 鏡の中の笑顔だけは。


 いつまでも頭から離れなかった。


 そして。


 将太はまだ知らない。


 あの言葉が。


 これから何度も自分を追いかけてくることを。


           ――第五話 終――

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