表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憑いてる。  作者: 受験孔明
白い駅
PR
57/82

第57話 共有者

57話 共有者


 停止した駅前。


 静止した世界。


 動かない信号。


 止まった人々。


 そして、将太の目の前には悠真が立っていた。


「ここ、何なんだ?」


 悠真の問いは、静かな駅前に落ちた。


 将太はすぐには答えられなかった。


 リンも。


 三成も。


 黙っている。


 悠真は周囲を見渡した。


 止まった車。


 静止した街。


 動かない人々。


 風すら流れない世界。


 普通なら叫んでもおかしくない。


 取り乱してもおかしくない。


 だが、悠真は妙に落ち着いていた。


「夢じゃないんだな」


 その声が、かえって異様だった。


 将太は苦笑した。


「俺も最初そう思った」


「最初?」


「半年くらい前だ」


 悠真は黙った。


 少しだけ目を細める。


「ずっと一人だったのか」


 将太は少し迷った。


 だが、ここまで来たら隠せない。


「三成がいた」


 悠真の視線が横へ向く。


 石田三成。


 そこに立つ男を、悠真は驚かずに見た。


 その反応が、逆に異常だった。


「見えるのか」


 将太が聞く。


「見える」


 悠真は即答した。


 三成が眉をひそめる。


『お前は何者だ』


「知らない」


 悠真は正直に答えた。


「俺も知りたい」


 その顔は本気だった。


 冗談でも、強がりでもない。


 この状況そのものを、正面から理解しようとしている顔だった。


 数分後。


 将太は話した。


 停止世界。


 観測地図。


 黒衣。


 一人目。


 二人目。


 リン。


 心陽の影。


 真心のノート。


 白い駅。


 ダンニュク。


 そして、自分のノートに浮かんだ文字。


『観測開始まで』


『残り十二日』


 悠真は途中で一度も遮らなかった。


 最後まで聞いて、ただ一言だけ言った。


「なるほどな」


「信じるのか?」


「今ここにいる」


 悠真は周囲を見る。


「それ以上の証拠があるか?」


 将太は返事ができなかった。


 確かにそうだった。


 言葉で説明するより、この止まった世界そのものが証拠だった。


「俺も見た」


 悠真が言う。


「白い駅」


 将太は顔を上げる。


「雪が降ってた」


「雪?」


「いや、雪に見えただけかもしれない」


 悠真は少し考える。


「白いものが落ちていた。雨でも、雪でもない。音はなかった」


 将太は息を呑んだ。


 止まった雨。


 白い駅。


 東京駅。


 その光景に近い。


「女の子がいた」


 悠真は続けた。


「顔は見えない」


「でも」


 言葉を探すように、少し間を置く。


「何かを待ってる感じだった」


 将太の夢と同じだった。


 間に合って。


 あの声が、頭の奥で蘇る。


 その時。


 景色が揺れた。


 停止世界の終わりではない。


 別の違和感。


 将太と悠真が同時に振り返る。


 駅前広場。


 止まった人混みの中。


 誰かが歩いてくる。


 静止した世界で。


 普通に。


 当然のように。


「見つけた」


 声。


 将太は目を見開いた。


 天堂だった。


「……は?」


 将太の声が漏れる。


 天堂は二人を見ていた。


 そして、苦笑するように言った。


「やっぱりお前らもか」


 悠真が固まる。


「お前も見えるのか」


「最近な」


 天堂は肩をすくめた。


「最初は夢だと思った」


「でも違った」


 その言葉に、将太は背筋が冷たくなる。


 悠真。


 天堂。


 二人とも、停止世界へ入っている。


 もう、将太だけの場所ではない。


『馬鹿な』


 三成が低く呟く。


『同時に二人。しかも、ここまで深く……』


 天堂は三成を見る。


「石田三成か」


 将太が驚く。


「分かるのか」


「何となく」


 天堂は苦笑した。


「後ろの奴が教えてくれた」


 将太の心臓が跳ねる。


 後ろ。


 信長。


 天堂の背後には、確かに信長の気配があった。


 だが、将太はそのさらに奥を見てしまいそうになり、慌てて視線を戻した。


 信長だけではない。


 天堂の中には、別の何かもある。


 あの影。


『ようやく見つけた』


 そう言った、天堂本人の奥から滲み出たような影。


 今はまだ見ない方がいい。


 将太の本能がそう言っていた。


 悠真は天堂を見ていた。


「お前、どこまで見えてる」


「分からん」


 天堂は正直に言った。


「でも、夢で駅を見る」


「白い駅か」


「ああ」


 天堂は少しだけ顔をしかめる。


「東京駅みたいで、東京駅じゃない場所」


 悠真が将太を見る。


 将太は頷いた。


 もう三人とも見ている。


 白い駅を。


 それぞれ別の形で。


 その時だった。


 空気が変わった。


 駅前全体。


 世界そのものが、息を止めたような感覚。


『来る』


 リンだった。


 いつの間にか立ち上がっている。


 顔色が悪い。


 今まで見たことがないほど。


「何が」


 将太が聞く。


 リンは答えない。


 ただ、駅前の向こうを見ている。


 将太たちも振り返った。


 そこにいた。


 一人の少女。


 駅前広場の中央。


 制服姿。


 長い黒髪。


 冬の風もないのに、髪だけが揺れている。


 将太の呼吸が止まった。


 見覚えがある。


 夢。


 白い駅。


 ホームの先。


 あの少女。


 悠真も固まっている。


 天堂も。


「……お前」


 将太が呟く。


 少女は静かに笑った。


 初めて見るはずなのに、どこか懐かしい。


 そんな笑顔だった。


「三人とも」


 静かな声。


 優しい声。


 それなのに、胸の奥がざわつく。


「間に合ったんだね」


 その瞬間。


 少女の背後で、駅前の景色が揺らいだ。


 ビル。


 道路。


 信号。


 止まった人々。


 全ての影が伸びる。


 そして、現れた。


 無数の黒い影。


 一つや二つではない。


 百。


 二百。


 いや、数え切れない。


 全てがこちらを見ていた。


 心陽の影。


 黒衣。


 そんなものとは比較にならない。


 圧倒的な数。


 圧倒的な存在感。


 それは、怪物の群れではなかった。


 誰かの成れの果て。


 誰かの視線。


 誰かに見られすぎて、名前だけを残されたもの。


 あるいは、誰にも思い出されずに、輪郭だけを失ったもの。


 将太は息を呑む。


 悠真も言葉を失う。


 天堂ですら動けない。


 少女は静かに振り返った。


 その巨大な影の群れを見る。


 そして、少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「間に合わないと思ってた」


 将太の鼓動が速くなる。


「何がだ」


 叫ぶように聞く。


 少女は答えた。


「ダンニュク」


 その言葉を聞いた瞬間、リンの顔色が完全に変わった。


 三成が目を見開く。


 悠真が息を呑む。


 天堂の影がわずかに揺れる。


 将太は歯を食いしばった。


「ダンニュクって何なんだよ」


 少女は将太を見た。


 その目は、真心に似ていた。


 だが、真心そのものではない。


 心陽にも似ている。


 だが、心陽でもない。


 もっと遠い。


 もっと古い。


 誰か一人の顔ではなく、たくさんの忘れられた顔が重なったような目だった。


「名前を失った場所」


 少女は言った。


「見られすぎた人も、忘れられた人も、最後に流れ着く場所」


 将太の胸が冷える。


 前に感じた直感。


 あれは間違っていなかった。


「白い駅の裏側か」


 悠真が低く言う。


 少女は悠真を見た。


「近い」


「違うのか」


「白い駅は入口」


 少女は静かに言った。


「ダンニュクは、出口が消えた場所」


 天堂が小さく舌打ちした。


「最悪じゃねえか」


 少女は否定しなかった。


 ただ、悲しそうに笑った。


「観測が始まる」


 少女は最後に言った。


「もう止められない」


 その瞬間。


 世界が軋んだ。


 駅前の地面に白い亀裂が走る。


 信号機が歪む。


 止まった人々の影が、一斉に少女の方へ伸びる。


 リンが叫ぶ。


「戻って!」


 三成も叫んだ。


『目を閉じろ、将太!』


 だが、将太は少女から目を離せなかった。


「お前は誰なんだ!」


 将太は叫んだ。


 少女は答えない。


 ただ、口元だけが少し動く。


 その言葉は聞こえなかった。


 だが、将太には分かった。


 ――まだ、思い出していない。


 次の瞬間、世界が砕けた。


 駅前が崩れる。


 影が溢れる。


 光が裂ける。


 悠真が将太の腕を掴む。


 天堂が何か叫ぶ。


 リンが両手を広げる。


 三成の声が遠ざかる。


 将太の視界は真っ白に染まった。


 そして、白の中で。


 将太は一瞬だけ見た。


 駅の柱に刻まれた名前。


 如月心陽。


 田中真心。


 綾小路将太。


 森岡悠真。


 天堂。


 その下に、まだ読めない名前があった。


 消えかけた文字。


 誰にも呼ばれなかった名前。


 それを見た瞬間、将太はなぜか泣きそうになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ