第44話 一人目
# 第44話 映るもの
翌朝。
将太は起きてすぐ、鏡を見た。
理由は分からない。
ただ、確認したかった。
鏡の中の自分。
眠そうな顔。
寝癖。
いつもの自分。
昨日の違和感は消えていた。
「……普通じゃん」
安心したような。
少し残念なような。
自分でもよく分からない感情だった。
*
学校。
朝のホームルーム。
教師の声。
黒板の文字。
教室のざわめき。
いつも通りの日常。
将太は問題なく授業を受けていた。
だが。
窓ガラスへ映る自分を見る癖だけは、消えなかった。
*
休み時間。
心陽が机の横へ来る。
「将太。」
「何?」
「最近、本当に変。」
「また?」
「うん。」
心陽は少し首を傾げる。
「前は考え事してても、もっと普通だった。」
「普通って何だよ。」
「ちゃんと今ここにいる感じ。」
将太は言葉に詰まる。
心陽は笑った。
「今は、半分だけ別のところ見てる感じする。」
その言葉に。
将太の背筋が少し冷えた。
*
放課後。
塾。
授業前の教室。
天堂が窓際に立っていた。
将太が入ると、すぐに顔を上げる。
「綾小路。」
「何。」
「昨日から。」
一瞬、言葉を選ぶ。
「何か変わったか。」
将太は黙った。
「何で聞く。」
「見れば分かる。」
天堂は将太の足元を見る。
「影じゃない。」
将太の表情が変わる。
「じゃあ何だよ。」
「分からない。」
天堂が珍しくそう答えた。
「でも。」
視線を上げる。
「お前を見るものが増えた。」
*
その夜。
停止世界。
将太は白い教室に立っていた。
三成もいる。
「天堂が言っていた。」
『何を。』
「俺を見るものが増えたって。」
三成は黙った。
「否定しないんだな。」
『否定できぬ。』
「何なんだよ。」
三成は床を見る。
『観測されるということは。』
一拍。
『相手からも見えるということだ。』
将太は眉をひそめる。
「俺が見てるだけじゃない?」
『ああ。』
『見る者は、同時に見られる。』
*
その時。
教室の窓ガラスに影が映った。
将太。
三成。
そして。
もう一つ。
「……三成。」
『見るな。』
将太は動きを止めた。
「でも。」
『今はまだ早い。』
窓を見る。
映っているのは三人。
しかし。
現実には二人しかいない。
ガラスの中の三人目は。
人の形をしているだけだった。
顔はない。
名前もない。
ただ。
こちら側を見ていた。
*
数秒後。
窓ガラスの表面が揺れる。
水面のように。
将太は一歩下がった。
三成が前へ出る。
『まだ越えるな。』
誰に言ったのか。
分からなかった。
ガラスの向こうの何かへ。
それとも。
将太自身へ。
*
世界が戻る。
自室。
午前零時一分。
将太は机の前で息を吐いた。
窓を見る。
普通の夜。
普通の部屋。
普通の自分。
そう思った時。
窓ガラスに映った自分が。
一瞬だけ遅れて瞬きをした。
将太は目を逸らさなかった。
今度は。
見間違いではない。
確かに。
見られていた。




