↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憑いてる。  作者: 受験孔明
目覚め
PR
26/82

第26話 それぞれの席




# 第二十六話 それぞれの席


 十一月の空は高かった。


 朝の空気は澄み切っていて、吐く息が少しだけ白く見える。


「寒っ。」


 来海が肩をすくめた。


「まだ十一月なのに。」


「もう十一月だろ。」


 将太が笑う。


「毎年言ってるじゃん。」


「寒いもんは寒い。」


 そこへ天堂が合流した。


「福岡の冬は風が刺さるな。」


「大阪も寒いだろ。」


「種類が違う。」


「何が?」


「説明できん。」


「また始まった。」


 三人は笑いながら校門をくぐる。


 朝の教室には、いつもの騒がしさが戻っていた。


 ここだけ見れば、世界は何も変わっていない。


 白い駅も。


 止まる時間も。


 誰にも見えない影も。


 全部、自分だけが知っている夢のようだった。


     ◇


「今日は席替えをする。」


 担任の一言で教室が沸いた。


「やった!」


「窓側!」


「一番後ろ!」


 くじ引きが始まる。


 将太は紙を開いた。


 一番後ろ。


 窓側。


「またか。」


「またって何だよ!」


 来海が笑う。


「俺なんか一番前だぞ。」


「先生の真ん前。」


「終わった……。」


 天堂も紙を見て肩を落とす。


「俺は真ん中か。」


 三人で机を運び始めた。


 席が変わるだけ。


 それだけなのに。


 教室は別の場所のように見えた。


     ◇


 一番後ろへ座る。


 黒板は少し遠い。


 その代わり。


 教室全体が見渡せた。


 先生。


 友達。


 窓。


 廊下。


 誰がどこで何をしているのか、一目で分かる。


「見え方が違うな。」


 将太は小さく呟く。


 席が変わるだけで。


 世界はこんなにも違って見える。


 その時だった。


 将太は気づいた。


 人の後ろに立つ影が、いつもよりはっきり見える。


 来海の後ろ。


 優しそうな老人。


 天堂の後ろ。


 腕を組んだ大男。


 窓際の女子。


 静かに立つ和服の女性。


 誰もが。


 誰かを背負っている。


 自分だけを除いて。


 将太は窓ガラスへ目を向けた。


 映る教室。


 映る生徒。


 映る影。


 そして。


 自分。


 その後ろだけが空いている。


 ぽっかりと。


 最初から誰かの場所だったように。


 空席。


 将太は目を逸らした。


     ◇


 放課後。


 塾でも席替えが行われた。


 悠真は少し離れた席になった。


「残念。」


 将太が笑う。


「何が?」


「カンニングできない。」


「したことないだろ。」


「一回くらい。」


「ない。」


 二人は笑った。


 その時。


「場所が変わると。」


 後ろから声がした。


 心陽だった。


「同じ景色でも、見えるものは変わるよ。」


「今日も同じこと言うんだ。」


 将太が笑う。


 心陽も少しだけ笑った。


「本当だから。」


「じゃあ、一番いい席は?」


「何を見るかで決まる。」


「黒板を見る人。」


「友達を見る人。」


「教室全体を見る人。」


「みんな違う。」


 心陽は将太を見つめる。


「将太くんは。」


 一瞬だけ間を置く。


「最近、見えすぎてる。」


 将太は息を止めた。


「……何のこと?」


 心陽は答えない。


 軽く会釈すると、そのまま歩いて行った。


 残された将太だけが、その言葉を何度も反芻していた。


     ◇


 夜。


 気づくと将太は白い駅に立っていた。


 白い霧。


 白い柱。


 古びた木製のベンチ。


 何度も見てきた景色。


 けれど今日は違った。


「……いない。」


 白い少年がいない。


 いつも立っていたホームの端にも。


 ベンチにも。


 線路の向こうにも。


 どこにも姿がなかった。


「おい。」


 返事はない。


 霧だけが静かに流れている。


「いるなら出てこい。」


 沈黙。


 将太はホームを歩き始めた。


 コツ。


 コツ。


 靴音だけが響く。


 すると。


「いる。」


 低い声がした。


 将太は足を止める。


 霧の向こう。


 一人の男が立っていた。


 黒い羽織。


 細い体。


 静かな眼差し。


 長い刀を帯びている。


 どこか現代の人間ではない。


 それでも異様な威圧感はない。


 ただ。


 そこに立っていた。


「……誰だ。」


 男は少しだけ将太を見る。


「ようやく会ったな。」


「初めてだ。」


「お前にとっては。」


 男の声は静かだった。


「白い奴は?」


「今日は来られぬ。」


「何で。」


「役目が違う。」


 将太は眉をひそめた。


「何なんだ、お前。」


 男は少しだけ笑う。


「知りたいか。」


「当たり前だ。」


「なら、一つだけ教えよう。」


 男は霧の向こうへ視線を向ける。


「私は勝者ではない。」


 将太は首をかしげた。


「負けた者だ。」


「負けた?」


「だから、お前に会えた。」


 意味が分からない。


 将太が問い返そうとした時だった。


 男はゆっくりと将太を見る。


「名を聞いたな。」


「ああ。」


 男は静かに答えた。


「石田三成。」


 一拍置く。


「敗軍の将だ。」


 白い霧が静かに揺れた。


 将太は、その名前だけを何度も頭の中で繰り返していた。


---



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。