表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憑いてる。  作者: 受験孔明
目覚め
PR
21/82

第21話 沈黙する者

# 第二十一話 沈黙する者


 翌朝。


 目を覚ました将太は、しばらく天井を見つめていた。


 昨日の出来事が夢ではなかったことを、目が覚めた瞬間に思い出す。


 白い駅。


 霧の向こうから聞こえた声。


 ――やっと見つけた。


 そして、自分の腕を強くつかんだ白い少年。


 あの必死な表情だけが、頭から離れなかった。


 枕元の目覚まし時計を見る。


 いつもと同じ時間。


 窓の外では、小鳥の鳴き声が聞こえている。


 世界は、何も変わっていなかった。


     ◇


 学校へ着くと、教室はいつもどおりの騒がしさに包まれていた。


 宿題を写させてくれと頼み込む声。


 机を寄せ合って笑う女子たち。


 眠そうな顔で机に突っ伏す男子。


 担任が教室へ入ってくると、一斉に席へ戻っていく。


 朝のホームルーム。


 先生は今日の予定を話していた。


 文化祭の準備。


 提出物の期限。


 来週の小テスト。


 どれも昨日までと変わらない話だった。


 将太は窓の外へ目を向ける。


 校庭では体育の授業が始まっていた。


 ボールを追いかける生徒たちの姿が見える。


「将太。」


 隣から来海が小声で話しかけてきた。


「昼休み、体育館空くらしい。」


「マジ?」


「先生が会議で使わんって。」


「じゃあバスケ決まりやな。」


「今日は勝負。」


「負ける気しない。」


「昨日もそう言って負けかけてたやん。」


「最後勝ったし。」


「最後だけな。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 その声につられるように、近くの友達も笑い出す。


 いつもの朝。


 いつもの教室。


 いつもの仲間たち。


 将太も笑っていた。


 それなのに。


 笑顔の奥で、別の記憶が静かに浮かび上がる。


 ――見るな。


 あの低い声。


 あれは本当に悠真の声だったのだろうか。


 それとも。


 悠真の背後に立つ"誰か"の声だったのだろうか。


 考えようとしても答えは出ない。


 チャイムが鳴り、授業が始まった。


     ◇


 放課後。


 塾では、いつものように授業が行われた。


 数学。


 英語。


 休み時間には、廊下で問題の解き方を話し合う声が響く。


 心陽の姿も見えたが、今日は参考書を抱えたまま別の教室へ入っていった。


 将太と目が合うと、小さく会釈だけを残して。


 それだけだった。


 授業終了のチャイムが鳴る。


 教室から、生徒たちが次々と出ていく。


「将太、帰るぞ。」


「先行って。」


「また悠真待つの?」


「ちょっとだけ。」


「ほんと仲いいな。」


「違うって。」


 友達は笑いながら帰っていった。


 教室は少しずつ静かになっていく。


 将太は廊下へ出て、教室の中を振り返った。


 悠真は席に残ったまま、問題集を開いている。


 消しては書き。


 また消して。


 何度も式を書き直していた。


 先生も何も言わない。


 もう見慣れた光景なのだろう。


「また残るの?」


 将太が教室の入口から声をかける。


 悠真は顔を上げた。


「ああ。」


「今日やめたら?」


 少し笑う。


「明日もやめそうだから。」


「それが一番怖い。」


 将太も笑った。


「分かるような、分からんような。」


「じゃあ、また明日。」


「うん。」


 将太は軽く手を振る。


 悠真も同じように手を上げた。


 そのまま教室を離れようとした時だった。


 何気なく窓ガラスへ目がいく。


 夕暮れの教室が黒く映り込んでいる。


 机。


 黒板。


 そして、悠真の姿。


 その背後。


 羽扇を持った老人が静かに立っていた。


 長い衣をまとい、穏やかな顔で悠真を見つめている。


 将太は息を止めた。


 老人は将太を見ない。


 悠真だけを見ている。


 その眼差しには、どこか迷いのようなものがあった。


 悠真は振り返らない。


 まるで、その存在を感じてもいないようだった。


「将太?」


 悠真が不思議そうに声をかける。


「どうした?」


 将太は我に返る。


「……いや。」


「何でもない。」


 もう一度窓を見る。


 そこには悠真しか映っていなかった。


 老人の姿は、跡形もなく消えている。


 将太は胸の奥に小さな不安を抱えたまま、教室をあとにした。


     ◇


 その夜。


 白い駅。


 ホームには今日も静かな霧が流れていた。


 ベルは鳴らない。


 列車も来ない。


 白い少年は、線路の向こうを見つめたまま立っている。


 将太は隣へ並んだ。


「なあ。」


 少年は黙っている。


「悠真じゃない。」


 少し間を置く。


「悠真の後ろにいる"誰か"だ。」


 少年の肩が、ほんのわずかに動く。


「昨日、『見るな』って言ったの。」


 返事はない。


「俺には、そう聞こえた。」


 長い沈黙が流れる。


 やがて少年が、小さく口を開いた。


「知らない者を守る方法もある。」


 将太は少年を見る。


「知れば、守れないこともある。」


 それだけだった。


 説明はない。


 理由もない。


 けれど、その言葉だけで十分だった。


 昨日の悠真の表情が浮かぶ。


 あれは怯えていた顔ではない。


 誰かを守ろうとする顔だった。


 将太は小さく息を吐いた。


「だったら。」


「俺はいつ知れるんだ。」


 少年は答えない。


 霧の向こうを見つめ続けている。


 将太もつられて振り返る。


 誰もいない。


 それでも。


 見られている。


 そんな感覚だけが残っていた。


 その時だった。


 霧の奥で、何かが動いた。


 ほんのわずか。


 人が一歩だけ踏み出したような気配。


 将太が目を凝らす。


 白い少年は静かに一歩前へ出た。


「帰れ。」


 短い一言だった。


 風が吹く。


 白い霧が大きく揺れた。


 霧の奥から、小さく笑う気配だけが返ってくる。


 姿は見えない。


 声も聞こえない。


 ただ、その存在だけがまだそこにいると分かった。


 やがて風が止む。


 霧はゆっくりと静まり返り、気配も少しずつ薄れていった。


 将太は少年の横顔を見つめた。


 少年は最後まで、霧の向こうから一度も目を離さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ