第15話 呼ばれる者
第十五話 呼ばれる者
模試の結果が返ってきた。
教室のあちこちで歓声とため息が入り混じる。
「上がった!」
「最悪だ……。」
「あと一点だった。」
一枚の紙。
そこに書かれた順位だけで、人は笑い、落ち込み、自信を失う。
将太は静かに結果を見つめた。
数学は悪くない。
だが、国語の失点が響き、思った順位には届かなかった。
「惜しかったな。」
悠真が声をかける。
「そっちは?」
「前より少し上。」
そう答えながらも、悠真は嬉しそうではなかった。
答案の余白を見つめている。
「何見てる?」
「この一問。」
悠真は数学の答案を指差した。
「最後まで考えたんだ。」
「でも間違えた。」
「だから次は取れる。」
将太は笑う。
「相変わらず前向きだな。」
「悔しいけどな。」
悠真も笑った。
その笑顔を見た瞬間だった。
将太の視界が揺れる。
悠真の背後。
羽扇を持つ老人が、ゆっくり将太へ向き直る。
初めて真正面から目が合った。
老人は静かに頷く。
胸元へ手を添える。
黒い文字が、わずかに揺れた。
一文字だけ。
ゆっくり浮かび上がる。
「諸」
将太は息をのんだ。
「……諸。」
それ以上は読めない。
黒い文字は再び閉ざされる。
老人は穏やかに微笑み、静かに首を横へ振った。
――まだだ。
そう言われた気がした。
◇
夜。
白い駅。
将太はベンチへ腰を下ろすなり叫んだ。
「読めた!」
白い少年は驚かなかった。
「うん。」
「何でだ。」
「君が変わったから。」
「俺が?」
「違う。」
少年は首を横へ振る。
「君が、悠真を見たから。」
将太は黙る。
順位じゃなかった。
点数でもなかった。
悠真が見ていたのは、自分が落とした一問だった。
悔しさ。
諦めない気持ち。
次は勝つという覚悟。
将太は初めて、その理由まで見ようとした。
少年が静かに続ける。
「名前は。」
「知識で読めるものじゃない。」
「その人を理解した時だけ。」
「少しだけ姿を見せる。」
将太は白いホームを見渡す。
名前を持たない英雄たち。
いや。
名前はある。
まだ、自分が読めないだけなのだ。
「全部読めたら?」
「その人の人生を。」
少年は少し笑う。
「本当に理解した時。」
「そんなこと、できるのか。」
「だから難しい。」
少年は静かに空を見上げた。
「だから歴史は、面白い。」
◇
カラン――。
ベルが鳴る。
白い列車がホームへ滑り込んできた。
今日は誰も降りてこない。
窓際には、多くの人影が立っている。
全員が将太を見つめていた。
一人の老人が帽子を取り、小さく会釈する。
将太も思わず頭を下げた。
その瞬間だった。
窓ガラスへ自分の姿が映る。
教室でも。
駅でも。
ずっと空白だった自分の背後。
そこに。
誰かが立っていた。
白くもない。
黒くもない。
輪郭だけの人影。
将太は勢いよく振り返る。
誰もいない。
もう一度、窓を見る。
影は消えていた。
「今の……。」
白い少年は窓から目を離さない。
そのまま、小さく呟く。
「やっと。」
将太が聞き返す。
「何が。」
少年はゆっくり将太を見る。
その瞳には安堵と、不安が同時に浮かんでいた。
「見つかった。」
白い列車は静かに走り去る。
将太は、消えていく列車よりも。
もう一度、自分の背後を確かめたかった。




