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憑いてる。  作者: 受験孔明
目覚め
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第14話 軍議



# 第十四話 軍議


 その夜だった。


 眠ったはずなのに、目を開けると、将太は白いホームに立っていた。


 白い駅。


 風はない。


 音もない。


 天井も見えないほど高い空間に、一本のホームだけが静かに続いている。


 見慣れた場所になりつつあった。


 それでも、今日の空気は違う。


 何かを待っている。


 そんな静かな緊張が漂っていた。


 将太はゆっくり歩き出す。


 古びた木製のベンチ。


 白い案内板。


 名前の書かれていない駅名標。


 何も変わらない。


 いや。


 変わっていた。


 人の気配がある。


 将太は立ち止まる。


 遠く。


 霧の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


 一人ではない。


 規則正しい足音が、少しずつ近づいてくる。


 やがて霧が揺れた。


 最初に現れたのは、甲冑姿の老人だった。


 年齢は七十を越えているように見える。


 それでも背筋は真っ直ぐ伸び、その一歩一歩には迷いがない。


 続いて現れたのは、法衣をまとった僧。


 細身の青年。


 洋装の紳士。


 軍服姿の男。


 羽織姿の武将。


 着物姿の女性。


 誰一人として同じ時代の人間ではない。


 服装も。


 歩き方も。


 纏う空気も違う。


 ただ、一つだけ共通していた。


 胸元に刻まれているはずの名前が、黒く塗り潰されている。


 将太は息をのむ。


 全員。


 "見える者"だった。


 彼らは将太を見ても驚かない。


 話しかけもしない。


 視線だけを一度向けると、そのままホームの中央へ歩いていく。


 まるで、最初から将太がそこにいることを知っていたようだった。


 将太は思わず後を追う。


 広いホームの中央。


 英雄たちは自然と円を作るように立ち止まった。


 誰も中央へ立たない。


 誰も上座へ座らない。


 命令する者もいない。


 それなのに。


 何かが始まる。


 そう分かった。


 静寂。


 そして。


 一人が口を開いた。


「空席が増えている。」


 低い声だった。


 別の男が答える。


「予想より早い。」


「いや。」


「遅いくらいだ。」


 また別の声。


「二人目も動いた。」


「確認した。」


「まだ確定ではない。」


 将太は眉をひそめる。


(何の話だ。)


 意味が分からない。


 聞こえる言葉は短い。


 けれど。


 誰一人として無駄なことは話していない。


 まるで、本当の会議だった。


 軍議。


 そんな言葉が、将太の頭をよぎった。


 その瞬間。


「そうだ。」


 静かな声が隣から聞こえた。


 いつの間にか白い少年が立っていた。


「軍議。」


 将太は驚く。


「聞こえた?」


 少年は少し笑う。


「顔に書いてあった。」


 将太はもう一度、円陣を見る。


「何を話してる?」


 少年は首を横へ振った。


「全部は聞こえない。」


「じゃあ、何で集まってる。」


 少年は少しだけ考えた。


 そして静かに答える。


「世界が動き始めたから。」


 将太は言葉を失う。


 世界。


 その一言だけで、空気がさらに重く感じられた。


 軍議は続く。


「観測が追いつかぬ。」


「止めるべきか。」


「止められぬ。」


「ならば。」


「見届けるしかあるまい。」


 将太には意味が分からない。


 それでも。


 この話し合いが、自分とは無関係ではない。


 そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らみ始めていた。


 軍議は続いていた。


 誰かが長く話すことはない。


 一人が告げる。


 別の誰かが応じる。


 それだけだった。


「観測は続いている。」


「異論はない。」


「空席は減っていない。」


「いや、増えている。」


「時間がない。」


 短い言葉だけが静かに交わされる。


 将太には、その意味がまるで分からない。


 それでも不思議だった。


 耳を澄ませば澄ますほど、自分には聞いてはいけない話を聞いている気がした。


 白い少年も黙ったまま、軍議を見つめている。


 いつものような穏やかな表情ではない。


 少しだけ緊張しているように見えた。


 将太は小さく尋ねる。


「……いつも、こうなのか。」


 少年は首を横へ振った。


「違う。」


「じゃあ今日は?」


「珍しい。」


「何が。」


 少年は軍議の中心を見る。


「みんなが集まること。」


 その答えだけで十分だった。


 この光景は、滅多に起こらない。


 だからこそ、今ここで何かが動いている。


 将太にも、それだけは伝わった。


 その時だった。


 円陣の中にいた一人の老人が、静かに顔を上げた。


 将太を見る。


 続いて、もう一人。


 さらに一人。


 気づけば、軍議に集まった全員が将太へ視線を向けていた。


 誰も何も言わない。


 それなのに、足が動かない。


 息が浅くなる。


 責められているわけではない。


 歓迎されているわけでもない。


 ただ、見られている。


 それだけで、身体がすくんだ。


 長い沈黙のあと、一人の老人が静かに口を開いた。


「……まだか。」


 その一言だけだった。


 別の男が答える。


「まだだ。」


「早い。」


「焦る必要はない。」


 それで終わる。


 また軍議が始まる。


 将太は思わず白い少年を見る。


「今の……。」


 少年は小さく首を振った。


「気にしなくていい。」


「いや、気になるだろ。」


「まだ。」


 また、その言葉だった。


 将太は苦笑するしかない。


 どれだけ聞いても、答えは少し先にある。


 その時。


 ホームのどこかで、小さなベルが鳴った。


 カラン――。


 軍議が止まる。


 全員が同じ方向を見る。


 白い霧の向こう。


 線路の先だった。


 やがて白い列車が静かに姿を現す。


 音もなくホームへ滑り込み、ゆっくりと停車する。


 扉が開く。


 英雄たちは一人ずつ列車へ乗り込んでいく。


 誰も急がない。


 誰も振り返らない。


 まるで、それぞれ次に向かう場所が決まっているかのようだった。


 最後尾まで乗り込んだ、その時。


 一人だけ足を止めた者がいた。


 黒い羽織をまとった青年。


 三成だった。


 将太は思わず息をのむ。


 三成は列車へ乗らず、静かに将太の前まで歩いてくる。


「聞こえたか。」


 低い声だった。


 将太は首を横へ振る。


「全然。」


「意味も分からない。」


 三成は小さく頷く。


「それでよい。」


「え?」


「聞こえぬうちは、まだ戦場に立っておらぬ。」


 将太は眉をひそめた。


「戦場って、受験じゃないのか。」


 三成は答えない。


 静かに白い列車へ目を向ける。


「受験は入口に過ぎぬ。」


 将太はその言葉の意味を考える。


 しかし答えは出ない。


 列車のベルが、もう一度鳴った。


 三成は列車へ乗り込む。


 扉がゆっくり閉まる。


 白い列車は音もなく動き始めた。


 将太はホームの端まで歩き、その姿を見送る。


 霧へ溶けるように列車が消える、その直前。


 窓越しに、三成が一度だけ将太を見た。


 そして、ごくわずかに口元を動かす。


 声は聞こえない。


 だが将太には、何と言ったのか分かった気がした。


 ――予想より早い。


 列車は白い霧の中へ消えた。


 静寂だけが戻る。


「何が早いんだよ……。」


 将太がつぶやく。


 返事はない。


 白い少年も、もうそこにはいなかった。


 広いホームには将太一人だけが残されている。


 遠くで、またベルが鳴った。


 今度は白い列車ではない。


 低く、重い音。


 将太はゆっくり振り返る。


 霧の向こう。


 まだ何も見えない。


 それでも確かに、もう一つの列車が近づいてきていた。



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