第12話 ビバリウム
題名のビバリウムはADOの曲です。
「うわー、すごく大きい……」
玄姫やすむは目の前の建物を見上げて驚いていた。ホテル北村グループの所有する高級ホテルに来ていたのである。インバウンドでアメリカ人の旅行者が多いが、日本人も普通に利用していた。
ロビーはチリ一つ落ちておらず、観葉植物と品の良いソファーと椅子が置かれてあり、外国人がコーヒーを飲みながら談話しているのが見えた。ホテルマンもきびきびしており、教育が行き届いているのがわかる。
やすむだけでなく、岩佐康も一緒だ。他に営業の緒方真世も一緒だ。康はどこにでもいる平凡そうな顔つきで、真世は高級スーツを着こなしているおしゃれな男だが、元女のオナベである。
真世はフロントに行って用件を伝えた。ホテルマンがやってきて、目的の部屋へ案内する。
エレベーターに乗って最上階へ行く。そして案内されて部屋に入った。スイートルームで一泊何十万はしそうな部屋だ。派手さはないのに、部屋の中は整理整頓しており、全体的に落ち着いた雰囲気があった。
ソファーに座っているのは80歳の老人と20前半の美女が座っていた。
老人はどこにでもいそうな50代の親父にしかみえないが、芸能界では誰も知らない人はいない、ベテランタレントのシュガーとしおである。禿げ頭に小さい目と鼻に、ちょび髭を生やしたおちょぼ口だ。
となりに座っているのは美女ではなく、としおの長男である佐倉優希だ。肩まで伸びた茶髪に清楚な雰囲気を持っており美女にしか見えない。白いスーツを着ていた。
「やあ、岩佐さんたちよくいらっしゃいました」
「シュガーさん、今日はお招きいただきありがとうございます」
「今日は芸能人ではなく、佐倉利男として来ている。なので津軽弁はなしだ」
としおが挨拶すると、真世が頭を下げた。としおはプライベートな時は標準語でしゃべる。
今回やすむたちを招待したのはとしおである。彼は康が優希の狂言に巻き込まれた謝罪をしたいとこのホテルへ招待したのだ。ちなみにオーナーは北村輝男といい、としおの元相方だ。としおのためにスイートルームを一室確保しているのである。
やすむたちはソファに座る。座り心地がよく、ふかふかだ。なんだかぽよんぽよんと弾みたくなる気持ちになった。
「今回、康さんがけがをしたのは、息子の不祥事です。相手を陥れるならきちんと根回ししろと何度も言っているのだがね。とはいえ大馬と名庭木が親子だったとはな。これは私も予測はできなかったから、息子ばかりを責めるわけにはいかないからね」
「本当に申し訳ございませんでした」
優希が立ち上がり、康に頭を下げた。だがやすむは収まりがつかない。
「あんたのせいでお兄ちゃんは死にかけたんだよ!! 謝って済む問題じゃないでしょ!!」
「歩ちゃん。これは康さんの問題だよ。君が口を挟むことじゃない」
やすむが激昂すると真世がたしなめた。しゅんとなるやすむ。
やすむが落ち着くととしおが話を切り出す。
「康さん。あなたはマネージャーをやめて、西山先生の秘書になるそうですね。まさか先生があなたの父親だとは思いませんでした」
「シュガー、いえ、佐倉さんは父をご存じなのですね」
「はい。私は政治に興味はないですが、先生は好きです。自他ともに厳しく、人柄の良い人です。なので先生が脳卒中で倒れた時のマスコミの対応は腹が立ちましたね。虐待がばれて逮捕された挙句、発狂して精神病院に入院しただの馬鹿にしている」
としおは苦虫を嚙み潰したような顔になった。康の父親、西山清志の教育は確かに厳しかったが虐待ではなかった。だが総理大臣だった彼はマスコミに嫌われており、康の教育を虐待として扱った。清志は総理と教育を両立したせいで倒れてしまったのである。
世間では清志の悪評がテレビだの週刊誌だので騒ぎ立てており、西山家は毎日マスコミが押し掛けてきたそうだ。清志は自分にもしものことがあれば政治秘書であり、やすむの母親である岩佐花子の養子にしたのだ。夫の岩佐大助は元総理の息子を養子にすることに難色を示したが、花子はお腹に宿るやすむと一緒に育てたのだ。
「康さんがマネージャーをやめるのは残念ですが、仕方ありませんね。本当は引き抜いて私だけを見てほしかったのですが……」
「何図々しいこと言ってんのよ!! 逆にお兄ちゃんがあんたを命がけで守ろうとするじゃないのさ!!」
「私はこう見えても忍術を習っています。アメリカのロサンゼルスに在住のミヨシ先生から教わりました。ああ、忍術と言っても魔法みたいなものではありません。日常の危険を察知し、対処することを教わりました」
やすむの言葉に優希はけんもほろろに答えた。康はセイレーンのマネージャーを解雇された。何度もわが身を顧みず入退院を繰り返すので、セイレーンの運営に支障をきたすという理由で。
美咲も芸能活動を一時休止することにした。なぜなら康と結婚するからだ。結婚式はホテル北村で盛大に行う予定である。仲人には美咲の師匠である横川尚美が務める。他にもとしおも参加する予定だ。なるべく豪華にして周りを牽制するためだ。康は西山清志の息子だが、清志自身は過去の人と思っている人は多い。逆に芸能関係の大物を呼ぶことで、康に箔をつけさせることが必要なのだ。
康が辞めると知り、やすむは反対した。だが美咲に康がこれ以上無茶をして無事でいる保証はないと言われたら、諦めるしかなかった。
そもそもやすむはここに呼ばれた理由がわからない。康本人と業界に詳しい真世二人で十分だと思った。
「実はね、今日康さんとやすむさんを呼んだのは、優希のお願いなのだよ。今日は君たち三人で泊りたまえ。私らはお暇させてもらうよ」
「ええ、三人で一晩ゆっくり過ごしてください。これが本題なので」
そう言ってとしおと真世は席を離れ、部屋を出ていった。優希は「お父さんありがとう」と礼を述べて頭を下げる。
部屋には三人だけになった。すると優希は康の隣に座る。
「ちょっと!! なんで隣に座るのさ!! お兄ちゃんの隣は私だけのものなんだから!!」
「違います。美咲さんのものです。私たちはどうあがいても康さんの伴侶にはなれません」
やすむが怒ると優希は冷静に事実を述べた。今の日本は同性婚を認めていない。世界中で流行っているからと言って、日本人の国民性を配慮すれば、易々と決められないのが現状なのだ。
「今夜は、今夜だけは康さんと一緒になりたいんです。私は康さんに恋をしています。本当なら康さんと結婚を申し込みたいくらいなんです」
「なっ!! それなら私だって!!」
「でもできません。理由は子供を産めないから」
優希はあくまで冷静だが、身体が震えている。自分の重いを遂げられないことに怒りがこみあげているのだ。
優希は康の顔を寄せて口づけをした。やすむはそれを見て唖然となり、やがて怒りを爆発させる。
「何よ!! お兄ちゃんの唇を奪うなんて!! 私だって!!」
そう言ってやすむも康に口づけをする。康は流されるままに呆然としていた。
「歩、優希さん……。二人の気持ちは嬉しいよ。でも俺には美咲がいる。歩も一晩を過ちを犯したけど、一生をかけて償うよ」
「過ちなんかじゃない!! 私はお兄ちゃんが大好き!! というか愛してる!! セフレでもいいから私を抱いて!!」
やすむの悲痛な叫びに康は何も言えなかった。さらに優希は立ち上がり、服を脱いだ。見た目は美女だが体つきは男だ。しかし均整の取れた体型は女性を彷彿させた。
「私も同じ気持ちです。今夜だけでも私を女として扱ってください。やすむさんと一緒にひと時の夢を見せてください」
そう言って優希は康の服を脱がしていく。甘い香りがして康の股間が熱くなった。
やすむもそれを見て服を脱ぐ。黒ギャルも生れたままの姿は男だ。
「ちなみに美咲さんとは話をつけています。でなければあなたはここにいません」
それを聞いて康は服からスマホを取り出した。美咲からのメールが届いており、今夜は三人で楽しみなさいねとあった。康は目がくらくらする気持ちになった。
優希は部屋の隅に置いてあったスーツケースを取り出すと、中にはバニースーツが入っていた。以前配信で使われた衣装だ。金色と銀色がそろっており、やすむの分も用意してあったようだ。
優希はやすむにバニースーツを突き出した。さすがのやすむも驚いたが、優希はそのままバニースーツに着替えた。やすむも負けてなるかとバニーに着替える。康はさすがに顔が真っ赤になった。
「まずはお酒を楽しみましょう。いきなりベッドに行くのは無粋ですものね」
優希は妖艶な笑みを浮かべる。胸はなく股間は膨らんでいるが、絶世の美女と呼んでも差し支えない。
康はなんでこんなかわいい子たちが自分を慕うのかわからなかった。優希は康の考えを読んだのがそっと耳元にささやいた。
「康さん、あなたの価値は万人には理解できないでしょう。ですが私たちだけがそれを知っていればいいのです。美咲さんとりかさんもね」
りかはセイレーンに所属するタレントだ。康は彼女と一晩を過ごしたことがある。
「りかっちは新しいマネージャーといいことしているよ。初めてはお兄ちゃんに捧げて、縁を切る予定だったのに、逆に絆が強くなったみたい」
やすむが説明した。康は見た目は冴えないが才能のある女性に惚れられる性質があるようだ。
優希はルームサービスを頼んだ。数十分後にホテルマンが料理を運んできた。優希たちの姿を見ても眉ひとつ動かさない。一流のホテルは客が部屋を荒らさない限り、口を出すつもりはないのだ。
もちろんホテル側は最初から優希の要望を聞いており、料理と酒を用意していた。
「うふふ、バニーとして康さんを接待できるなんて嬉しいです。心の中の女が喜びに震えていますわ」
「こればかりはあんたに同意するわ……」
優希は康にワインを注ぐ。高級品ではなく、康の好みに合わせたものだ。ただ値段が張るものを出すのではなく、客の好みに合わせているのが、一流の証だ。
「お酒を楽しんだら、ベッドの上でね……。三人で楽しみましょう」
「わっ、私だって負けないんだから!!」
優希とやすむに挟まれて康はぐったりしていた。まるでビバリウムに迷い込んだ気分だ。次の朝、康は二人に搾り取られてふらふらになった。




