第11話 うっせぇわ
題名のうっせぇわはADOの曲です。もう昭和の歌謡曲縛りはやめました。
「ふっふっふ、よく来てくれたねぇ」
目の前に中年男が厭らしい顔つきで立っていた。玄姫やすむと佐倉優希は両手を後ろに縛られ、冷たい床に座らされていた。
ここは廃屋で薄暗く埃が舞っていた。長年誰も来なくなると、建物も死んでいくが、まさにこれだ。
中年男は名庭木勇堂で、もう一人アフロ頭の男がいた。大馬鹿太だ。二人とも優希とやすむに恨みを抱いているが、手を組むとは驚きだ。
背後には十数名の男たちが立っていた。普通のチンピラに派手なオネエの姿をした男もいる。派手なサングラスで化粧をしていた。
「あんたたち、親子であーしらに復讐するつもり!!」
「はあ、親子だって?」
名庭木は首をかしげていた。大馬も同じである。二人は親子のはずなのに互いを知らないなどありえるのだろうか。
「全然知らなかったな。親父なんて死んだものと思っていたからね。たまたまSNSで知り合っただけだが、偶然てあるもんだな」
「まったくだ。離婚した奴のことなどすっかり忘れていたよ。きっと神様が私たちの復讐に手を貸してくれたんだ!!」
大馬と名庭木は無邪気に笑っていた。やすむは彼らの話を聞いても意味が分からなかった。離婚して親子は離れ離れになったのに、今まで互いに干渉しないどころか、存在すら忘れているとは。義理の兄である岩佐康は月に一度は昏睡していた父親の見舞いに来ていたというのに。
「さぁてお前さん方には撮影に付き合ってもらうよ。後ろにいる男たちを相手にしてもらおう。その痴態の動画をクソ爺に送ってやるんだ。そしたらあいつは心臓が止まってしまうだろう。ケケケケケ……」
名庭木は下品な笑みを浮かべていた。大馬も同じである。
「体は男でも顔は女だからたっぷり楽しませてもらうぜ。その後殺して死体をバラバラにして事務所に送ってやる。俺様を馬鹿にした報いを思い知るがいい!!」
それを聞いてやすむは青ざめた。自分が見ず知らずの男たちに輪姦された挙句殺される。やすむはその手の漫画すら読んだことがなく、平然と口にする大馬に恐怖した。
がちがちと歯が震えている。しかし優希は冷静なままだ。きりっと名庭木たちを見ている。
「自分が悪いのに反省しないで弱い者に復讐する。典型的な人間のクズですね」
「なっ、なんだとぉ!!」
「あなたが業界を干されたのは自業自得です。しかも自分の息子は傷害事件を起こし指名手配中、最初から人生が終わっていますね」
優希にきっぱり言われて名庭木は激怒した。孫ほどに歳が離れている優希に対して大人げない。貫禄の差があった。
やすむはハラハラしている。なぜ優希は生殺与奪を握る相手に強気でいられるのだろうか。
「へへへ、生意気な男だな。だが清楚な仮面が醜く歪む姿を見たくなったぜ。おい、こいつの服を脱がしな。まずはメスのように扱って可愛がってやるんだ」
大馬が男たちに命令した。やすむは恐怖で体が硬くなる。ストーカーに狙われたことは幾度もあったが、ここまでむき出しの悪意に触れたことはなかった。いつもムジナックスのマネージャーが守ってくれたが、康に電話で相談して心を落ち着けていたのだ。
「お兄ちゃん助けて!!」
やすむは涙目になって叫んだ。すると窓から何かが飛び込んだ。それは黒い物体で最初何かわからなかった。
「二人とも助けに来たぞ!!」
「お兄ちゃん!!」
それは康であった。自転車に乗って、飛び込んできたのである。やすむは歓喜の声を上げた。
「康さん!? なぜここに!!」
優希が初めて慌てた口調になった。助けに来てくれて嬉しいというより、なんであなたがここにというニュアンスが含まれていた。
「二人は返してもらう!!」
康は床に落ちた木材を拾って名庭木たちに立ち向かう。二人は突然の闖入者に驚くも、見る見るうちに顔が赤鬼のように染まった。
「なんだ貴様は!! せっかくこいつらをおもちゃにして撮影するつもりだったのに邪魔しやがって!!」
「お前ら!! この命知らずを袋叩きにしろ!! 縄で縛った後、あいつらがよがり狂う姿を見せてやるんだ!!」
大馬はナイフを取り出した。康はまったくひるまない。
康は大馬のナイフを持つ手に、角材を振り下ろした。衝撃でナイフを落とした後、大馬の左肩に思いっきり角材を振り下ろす。肩をやられて、大馬は膝から落ちた。康は小学生の頃から護身術を学んでおり、大学に入ってからもプロに教わって護身術を完成させたのである。康は何の策もなく立ち向かっているわけではないのだ。
「皆さん、予定変更です!! 康さんを守ってください!!」
「おまかせあれ!!」
優希が叫ぶと男たちは応と答えた。やすむは咄嗟のことで何かわからなかった。派手な格好の男が倒れた大馬に乗りかかると他の男たちも同じく乗りかかり、手錠で大馬の両手を後ろに拘束させた。
名庭木は慌てふためくも懐から拳銃を取り出し、康に目がけて撃った。
ぱぁんと乾いた音が部屋中に響く。硝煙の匂いとつんざく音でやすむは目と耳が不自由になる。瞼を開けると康がぐったりと床へ倒れる姿を見た。胸に真っ赤な花が咲いている。鉄の香りがした。
名庭木はにやにや笑っているが、派手な格好の男に殴られて床へ押さえつけられる。遠くでパトカーのサイレン音が聴こえてきた。
☆
「本当にごめんなさい!!」
ここは病院で手術室の前だ。優希はやすむに頭を下げていた。現在やすむの所属事務所セイレーンの社長である秋本美咲と茶髪のボブカットの双子がいた。赤と青のメイド服を着ている。赤い方が富沢莉奈で青い方が久川寿子だ。セイレーンでは撮影と録音を担当している。その一方で家事全般を担当していた。
「はぁ? あんた何を言っているわけ?」
「あの男の人たちは日海夏さんの舎弟でした!! 元々名庭木は私に逆恨みを抱いていることを調べていたので、彼らを使って名庭木を陥れるつもりだったんです!!」
「じゃあなんで私に教えてくれなかったの?」
やすむの目が座っている。現在康は拳銃で腹部を撃たれて手術中だ。
優希は言いよどんでいる。
「……あなたは演技がへたくそです。事情を知れば顔に出てばれると思いました。誘拐するタイミングは知らされていたので、私のマネージャー経由で伝えたはずなんですが……」
マネージャーが誘拐は狂言だと伝える前に、康は近くにあった自転車を盗み、やすむたちを追いかけたそうだ。そして廃屋を見つけ、やすむたちを助けに来てあの様である。
「ふざけないで!! あんたのせいでお兄ちゃんが死にかけてんのよ!! あいつらをどうにかするならもっと他にやることがあったでしょ!!」
やすむは爆発した。優希のせいで兄が生死の境をさまよっている。優希も自分の不始末で康を追い詰めたのだ。何も言い返すことができなかった。
ちなみに名庭木と大馬は逮捕された。犯罪を手伝った男たちも逮捕されている。中にはやすむと面識があった五里良もいたそうだ。派手な格好をしたのがそれである。
「やすむ、落ち着きなさい」
「うるさい!! こいつのせいでお兄ちゃんは!!」
「ここは病院です。お静かに」
やすむは美咲を怒鳴りつけるが、莉奈がやすむに抱き着き落ち着かせた。
寿子は優希を優しく抱きしめ、椅子に座らせた。
やすむの目から涙がこぼれた。事件に巻き込まれた恐怖よりも、兄を失うかもしれない不安に心が壊れそうになる。
「……言い訳ですが、康さんは大丈夫です。五里さんが名庭木の拳銃から弾丸をペイント弾に変えたんです」
優希がつぶやいた。それを聞いてやすむは唖然となる。こいつは何を言っているんだ?
それを美咲が補足した。
「弾丸は康を貫いちゃいないけど、至近距離でペイント弾を撃たれたから、肋骨が折れたそうよ」
つまり命に別状はないわけだ。それを聞いてやすむは安堵した。だが優希は何も言えなかった。下手すれば康は命を落としていたかもしれないのだ。
「やれやれ、また康がやらかしたのか」
そこに一人の老人が現れた。70代だが日焼けした肌に筋肉隆々で、黒い背広を着ていた。薄い白髪頭に顎鬚を生やしていた。康の生みの父親、西山清志だ。後ろには60代の女性が控えていた。康の母親、西山千夏である。髪を黒く染めているが、どこか儚げに見える。品の良い服を着ていた。
美咲は西山夫妻に挨拶する。やすむは清志の言葉を聞いてカチンとなった。
「ちょっと!! お兄ちゃんはこいつのせいでまきこまれたんだよ!! なんでお兄ちゃんが悪いことしたみたいに言うのさ!!」
「やすむ、落ち着きなさい!!」
やすむが清志に食い掛ろうとすると美咲が後ろから止めた。
「言葉が過ぎた。許してほしい」
清志はやすむに頭を下げた。あっさり謝罪されたのでやすむは何も言えなくなった。
「だが康は冷静さが欠けている。行動力があるのはいいが、すぐ頭に血が上るのは悪い癖だ。やはり私の秘書になって責任のある立場になってもらわないとな」
清志の言葉に美咲はうなずいた。
「私、康さんが秘書になるなら、芸能界を引退します」
「いや、あなたが引退する必要はないでしょう。そもそも夫を支えることは家事全般をすることではない。心の支えになることだ。それにあなたが辞めてしまえば才能をドブに捨てさせたと後悔しますからね。ライブ上演や動画配信が中心に活動するべきです」
その言葉に美咲はほっとなった。康の母、千夏が前に出た。
「夫は私と康で支えます。あなたはできる範囲で康を支えてくださいね」
「はい、お母さま……」
千夏に手を握られた美咲の目はうるんでいた。やすむはそれを見て不快な顔になる。千夏が振り向くとやすむは罰が悪そうな顔になった。
「歩さんでしたね。あなたも岩佐家で康を支えてくださりありがとうございます。ですがあなたは康と結婚できません。あなたは男なんですから」
「ーーー!?」
「あなたの心が女性であることはわかります。ですが法律は同性婚を認めておりません。だからこそ康にがんばってほしいのです」
やすむは何も言えなかった。優希も自分の方を見ているが何も言わない。心の中でうっせぇわとつぶやいた。
莉奈がやすむに、寿子は優希の肩に手を置いて慰める。
ちなみに名庭木と大馬は警察に逮捕された後、刑務所に入った。だが彼らは受刑者たちによるいじめによって自殺したという。実際は三門会に関わる人間が彼らを処刑したのだが、これはやすむ達の耳には入らなかった。五里良は逆に刑務所内で快適に過ごし、出所後は三門会のフロント企業に就職したそうだ。
本来名庭木と大馬は無関係でした。ただの馬鹿ですぐ消す予定でしたが、そのままではキャラを浪費するだけになるので、彼らを親子にしてやっつけたほうがいいと思いました。
康の母親は俳優の中山千夏さんがモデルです。じゃりン子チエという映画とテレビアニメでチエを演じてました。




