第10話 負けないで
題名の負けないではZARDの曲です。昭和の歌謡曲から外れてますね。
「はい、バニラアイスの酒場でマントの時間です~」
黒いバニーガールの女性が説明した。金髪の黒ギャルで小柄だ。名前は安部朋子。蒼井企画所属のお笑いコンビバニラアイスの一員だ。
ここは都内にあるバーである。カウンター席のみのこじんまりした造りで、カウンターの後ろには無数の酒瓶が並べられていた。店内は薄暗く、全体が黒い装飾で覆われており、落ち着いた雰囲気があった。
「本日は志久八区にある小さなお店、山椒に来ております。このお店は終戦後に作られており、知る人ぞ知るお店です。現在は初代のお孫さんが引き継いでおり、時代の流れに関係なくよいお酒を提供してくれます」
次に紹介したのは白いバニーガールだ。黒い長髪に色白で身長は朋子より頭が一つ高かった。バニラアイスの後藤ゆうである。
現在彼女たちはネット番組のレギュラーを持っていた。バニーガールの衣装が売りの彼女たちはゴールデンタイムに出演することができないのだ。例外は漫才王になろうGPだったが、あれは立役者の伊達賢治のごり押しでなんとかなったのである。実際彼女たちが出演した際は、テレビ局に抗議の電話が鳴り響いたと言われていた。
バニラアイスの二人は酒の味を理解している。社長の命令でホテル北村の中にあるバーで、様々な酒を飲まされた。ただグラスに酒を注ぐのではなく、何十種類のカクテルを味わされたのである。
「今回はスペシャルゲストを迎えております。人気舞台女優の佐倉優希さんとVチューバー、玄姫やすむさんです!!」
そう言って朋子が声をかけると、二人のバニーガールが現れた。茶髪で肩まで伸ばした色白の美女は金色のバニーを、金髪の黒ギャルは銀色のバニーであった。ただし二人とも胸はない。二人は男の娘なのだ。
「初めまして、佐倉優希と申します。本日はあのバニラアイスの番組にゲストとして呼ばれたことを感謝します」
「うぇーい! みんなのアイドル玄姫やすむだよ!! 今日もあーしはかわいすぎて、カメラの向こうのみんなは萌死したでしょ!?」
優希とやすむは対照的であった。朋子としてはやすむはともかく、優希が本番組のゲストを打診してきたことに疑問を抱いていた。現在優希の人気はうなぎのぼりだ。男でありながら美女にしか見えないルックスに、女性よりも女子力の高さにSNSでは大盛り上がりだ。もちろんフェミニストは搾取だなんだと言いがかりをつけるが、テレビ局は無視している。
ただ優希の方は出演する番組を選んでおり、必ずやすむをゲストに呼ぶよう指示していた。
(この二人、というか優希ちゃんが一方的にやすむちゃんに絡むんだよね。まるで挑発するみたいに……)
朋子は頭の中で考えていた。正直に言えば優希はやすむを蛇蝎の如く嫌っているというより、やすむをわざと挑発して怒らせているようであった。以前病院でやすむのマネージャーが入院した際に、優希が見まいに来ていたらしいが、そこでやすむとともに帝国テレビの名庭木勇堂が絡んだ事件があった。
もちろん二人が一緒にいるところを目撃されているが、優希は「やすむさんと仲良しではないです。番組では挑発しますけど病院内は静かにしないといけませんからね」と堂々とインタビューに答えていた。
そもそも楽屋で優希はやすむに対して冷淡だが礼儀をわきまえていた。あくまで裏と表の顔を使い分けている感じである。
「お酒ってビールくらいしかよく知らないんだよね! あっ、ハイボールとかは飲んだことあるよ!!」
「ふぅ、やすむさんは何しにここに来たのですか? お酒を扱う番組に出演するなら、事前に勉強をするのが普通ではありませんか?」
「なっ、何言ってんのさ!! にわか仕込みで出ても失礼なだけでしょ!!」
「何も知らないで挑むのも、番組を盛り上げるならありでしょうが、これはバラエティではないのですよ? 事務所の社長である美咲さんは地方巡業の際は地元の酒を全部購入し、味見しているそうです。ネット配信で見たことありますよ」
優希に詰められ、やすむは何も言えなくなった。やすむの所属事務所の社長である秋本美咲はその地方で作られた酒を全種類購入し、自身のネット番組である美咲ちゃんねるで紹介していた。もちろん全部は飲めないのでセイレーンのメンバー全員で飲み干している。
やすむは参加していなかった。
「こちらのお店は初心者でも飲みやすいカシス系やノンアルコールのカクテルを提供してくれます。マスターはお客の気分に合わせてカクテルを作ってくれることで有名なのです。だからこそ常連さんが根強く残ってくださるのですよ」
「カクテルってお酒を混ぜるやつでしょ? 誰でもできるんじゃない?」
「はぁ……、あなたはストーブ分解掃除や布団の打ち直しができるのに、そんなことを言うのですか? 知らないのは仕方ないにしても配慮する気がないのですか?」
優希の指摘にやすむは不機嫌になって来た。なんでこいつにダメ押しされなければならないのか、理解できなかった。
「私なら康さんと一緒にのんびりとお酒を楽しみたいですね。あの人ならおすすめのカクテルとおつまみを教えてくださいそうですし」
「なんであんたがおにぃと一緒なのよ!! ふたりっきりになるのはあーしだけなんだから!!」
「あら、康さんはあなたのものではありませんよ。いくらあなたの心が女性でも、所詮は男。日本の法律では同性婚はできないんですから」
それを聞いたやすむはぷつんと切れた。自分のせい別が男だとわかっている。でも心は女で兄の康に対して恋心を抱いていた。それをぽっと出のこいつに言われると頭にくる。
やすむは優希につかみかかった。バニラアイスの二人も慌てて止める。
「やすむちゃんやめなさい!! この店で取っ組み合いの喧嘩はダメよ!!」
ゆうがやすむを羽交い絞めにする。優希は落ち着いたままだ。カメラは普通に撮影していた。
「離せ!! 私の気持ちがこいつにわかるもんか!! あんただって男じゃない!! お兄ちゃんをとることなんかできないんだから」
やすむの言葉に優希の表情は曇った。それを見てやすむの頭が冷えた。
「……だからこそ、康さんは政治家になるべきです。そして同性婚を法律で認めさせてほしいのですよ」
「はぁ!? あーしはそんな法律無くても、平気だし!!」
「だからスピーチヒーローで優勝を逃したんですよ」
やすむはスピーチヒーローで4位になった。三人の審査員は点数がバラバラだった。やすむのキャラは人を選ぶからだ。優勝者は怪談師の篠田林檎だが、優勝して当然と思われた。
「ああん!? 優勝しなきゃ人間じゃないってわけ!! あんたにそんなこと言われる筋合いはないわよ!!」
優希が淡々と言ったが、やすむは激高していた。そこに朋子は慌てて口を挟む。
「康って誰でしょうね~。恋の三角関係かな~? とりあえず落ち着いてマスターのお酒をごちそうになりましょう!!」
そう言って朋子は話を締めた。康のことは大学時代から知っている。彼は国立大学に入学していたが、自分たちとは顔見知りだった。美咲がチンピラに絡まれるとすぐ自分が肉の壁となり、守っているのを思い出す。
(でも繁たちは私たちを抱きかかえて逃げていたっけ……)
ゆうが昔のことを思い出した。大学時代朋子とゆうは美女故に絡まれることが多かったが、夫であるアビゲイルの二人は、二人を抱きかかえて逃げることが多かった。喧嘩して怪我をするより、重い物を走って息切れする方がましだと夫たちは笑いながら言っていた。
確かに自分を守るために前に立ちはだかるのはかっこよいだろう。悲劇の姫が颯爽と現れる王子様に助けられるのは、女性として憧れるシチュエーションだ。だが本当に大切な人が傷ついて喜ぶわけがない。大学時代で周りはアビゲイルの二人を腰抜けで逃げてばかりの臆病者と馬鹿にしていた。だが朋子とゆうにとって二人は王子様以上の存在だった。逆に身体を張る康に対して嫌悪感を抱いていた。
康が殴られ蹴られてけがをするたびに、美咲の顔が曇るのを朋子は見過ごさなかった。
☆
「ふぅ、やっと終わったよ~」
撮影が終わり、やすむはいつものギャルファッションになった。すでに夜になっており、周りは仕事帰りのサラリーマンでごった返していた。隣には優希がいた。黒いスーツに身を包んでいる。マネージャーたちはまだ仕事の話をしており、二人だけになっていた。
「気を抜きすぎですよ。世の中何が起きるかわかりませんからね」
「あんたはあーしのおかんかっての!! ほんとそっくり!!」
「きちんと躾けてくださった両親に感謝すべきですよ」
やすむが絡んでも優希は涼しい顔をしていた。
同じ年齢なのになんで雰囲気が違うのか、やすむは不思議に思った。
「あんた、おにぃをマネージャーに誘ったくせに、政治家になればいいなんて、ダブスタにもほどがあるんじゃないの?」
「あれは康さんを試しただけです。もっとも確実に断ると思ってましたけどね。あの人の家庭事情は知っています。康さんは父親の仕事を手伝い、そこから政治家になればいいと思っています」
「そしたらおにぃとびっしり会えなくなるじゃん。あーしには耐えられないな」
やすむが言うと、優希はやれやれと首を振った。その仕草が癪に障る。
「人には進むべき道が決まっています。康さんの自己犠牲は自分に才能がないことを理由に、行動を美化する傾向がありますね。もっと責任のある立場にならなければあの性格は治りませんよ」
「はぁ!! おにぃの悪口なんてあーしは許せませんけど!!」
「ではこのまま康さんが無茶を重ねていいと? あの人が美咲さんを庇い、刺されて死ぬ覚悟があるのですか?」
優希の言葉にやすむは口を閉ざす。康が美咲を庇って死ぬ確率は低くない。美咲は依然と比べて過激な動画撮影は控えている。それでも普通に撮影していても美咲を憎む人間は多い。その度に康が盾になって庇い、けがをする日は珍しくなかった。
今はまだ軽傷だが、運が良かっただけだ。このまま無茶を重ねれば康はやがて命を―――。やすむは心の中で負けないでと思った。
そう思った瞬間、一台のワゴン車が猛スピードで走行して、やすむ達の前に止まった。そして男たちがやすむと優希を無理やり車内に引き込み、そのまま走り去った。
スピーチヒーローでは4位になりました。スイカ羊さんは90点くれましたが、他は低得点でした。
ですが参加することに意義があるので、自分の作品がどう思われたか、理解できました。




