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やすむのときめきVチューバー  作者: 江保場狂壱
第2章 やすむの恋心
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第9話 いとしさとせつなさと心強さと

 題名のいとしさとせつなさと心強さとは篠原涼子の曲です。

 

「お前はマネージャーをやめた方がいいな」


 ここは佐鰭田町の駅前にある新築のビルだ。5階建てで他のボロボロな建物と比べて際立っている。地元の秋本あきもと建設工業の仕事だ。演歌歌手の秋本美咲あきもと みさきが独立して作った個人事務所セイレーンのビルである。建設会社は美咲の祖母が会長を務めており、独立前に稼いだ金はすべてビル建築にすっからかんにされてしまったのだ。もっとも独立後も稼いでおり、税金対策として出資させたのが正解である。日本は金を塩漬けにできず、税務署がいかに理由をつけてむしり取ることしか考えていない。ならば貯めた金をぱっと使って社会の血液にするのが道理というものだ。


 5階にある社長室には、社長である秋本美咲と副社長で筋肉隆々で荒々しい顔つきだが、ミニスカのメイド服を着ているというミスマッチな男、石原克己いしはら かつみがソファーに座っていた。

 その対面にマネージャーの岩佐康いわさ やすしが座っている。怪我をしていたが昨日退院したばかりであった。美咲は金髪碧眼で黒い服を着ている。見た目は白人にしか見えないが、日本育ちの日本人だ。康の後ろには玄姫くろひめやすむが立っていた。金髪の黒ギャルだが男で、ギャルファッションを身に着けている。康の義理の弟だ。本名は岩佐歩いわさ あゆむである。


「お前の親父さんが言う通り、仕事を手伝うべきだ。今のままだと美咲かやすむ、りかを庇って刃物を腹に刺されて死んで終わりだな」

「……」

「お前は自分を卑下しすぎている。美咲だけでなくみんなお前を心配しているよ。家族も同じさ」


 克己は淡々と説明した。彼は康の家庭事情を知っている。康は自己犠牲精神が強すぎるのだ。美咲はもちろんだが自分の父親である西山清志にしやま きよしの偉大さに押しつぶされそうになる。父親が自分を雷の如く怒鳴りつけ、自分を家畜のように調教するような教育をしていたら反発はしていただろうが、彼は自殺した長男の二の舞にさせまいと、康に人生の厳しさと乗り越え方を熱心に教えたのだ。その結果体を壊して昏睡状態に陥るも、奇跡的な復活を遂げたのだ。


 康は答えないし、やすむも口を挟めずにいた。現在美咲だけでなく、やすむや烏丸りかの曲もダウンロード数が桁外れである。特にりかは某少年漫画の映画で作中歌を披露しており、アルバムが世界ランキング一位を取るなどセイレーンは個人事務所から世界へ羽ばたいたのだ。


「でも、僕が辞めたらかなでちゃんはどうなる? あの子は美咲に憧れてここに入りたがっているのに、僕が辞めたら美咲もやめるだろ?」

「安心しなさい。私は完全に引退しないし、今はやすむやりか、他のみんなも売れているわ。それに奏ちゃんにもそのことは伝えたけど、どうしてもセイレーンに入りたいと言って聞かないそうよ」


 二人の会話を聞いてやすむはふと首を傾げた。康がマネージャーをやめれば美咲も引退する。もともと康を振り向かせるために芸能界入りしたのだ。康がいなければ未練なくやめてしまうだろう。だからといってセイレーンを放置する気もない。社長は克己に任せておけば安心だし、所属タレントも充実している。

 だが奏という固有名詞に聞き覚えがなかった。否、どこかで聞いたことがあったが、康と結びつかなかった。


 克己は自分のポケットから電話を取った。うんうんとうなづいた後、わかった通してくれと言った。客でも来るのだろうか。だが克己は康たちに退室を促さない。いても問題ないのだろう。

 数分後、社長室の扉が開いた。30代後半のセミロングの女性と、ボブカットで135センチほどの小学生の女の子が入ってきた。白いフリル付きブラウスに淡いピンクのプリッツスカートと白いスニーカーを履いていた。

 やすむは小学生を見て驚いた。彼女は動画配信で演歌を歌う花菱奏はなびし かなでであった。


「え? なんで花菱奏が来たわけ?」

「彼女が今度新しくセイレーンに所属するのよ」


 やすむが驚くと美咲が冷静に説明した。

 奏は大きな黒い瞳をくりくりさせていた。


「初めまして!! 花菱奏と申します!! 美咲ちゃんの大ファンで演歌が大好きです!!」


 奏は勢いよく頭を下げた。やすむはそれを見て気持ちがほっこりしてきた。子犬のような愛らしさがあった。


「私は奏の母親で、花菱彩花はなびし あやかと申します。弟の康がいつもお世話になっております」

 

 母親の彩花が頭を下げた。弟の康? 彼に姉がいたなんて話は聞いたことがない。だが以前ネットで呼んだことを思い出した。


「まさかおにぃのお姉さん? おにぃのおじいちゃんに勝手に養女に出された人!?」

「こら歩!! 失礼だろ!!」


 やすむが驚くと康がたしなめた。彩花は不快な顔はせず優しく微笑むだけだ。


「あなたが岩佐歩さんですね。康の家族として弟を支えてくださりありがとうございます」


 彩花はやすむに頭を下げた。やすむも慌てて頭を下げる。

 彩花曰く、彼女は赤ん坊の頃、祖父の西山葛男にしやま くずおの手によって勝手に花菱家の養女にされた。現在65歳の花菱縁達はなびし えんたつ夫妻には子供がおらず、願ってもない申し出だったそうだ。彩花は養女でも不幸ではなかった。花菱夫妻は実子のように可愛がってもらい、西山家は祖父の目の届かないところで付き合いがあった。2歳年上の兄である法男とは仲良くなり、実の兄と思っていた。実際には血縁関係があったのだが。

 不幸は兄の方だった。いじめを受け相談もできずに命を絶ってしまい、そのスキャンダルを帝国テレビの名庭木勇堂なにわき ゆうどうの手によって暴露され、祖父はショックでくも膜下出血になり死亡したそうだ。生みの父親である清志も脳溢血で倒れ、昏睡状態となった。

 彩花自身は花菱家の遠縁である男性を婿に入れ、奏を生んだ。順風満帆に見えるが実の家族の不幸を知ると心が痛んでいた。花菱の母親と一緒に西山の父親の世話をしていた。彼が目覚めた時は喜んだものだ。


「なによそれ……。おにぃの家族がバラバラになるなんて、くそじじぃのせいじゃない!!」


 やすむは彩花の話を聞いて激怒した。涙がぽろぽろこぼれてくる。康は慰めた。彩花はそれ見てほほ笑む。


「ありがとう歩さん。私自身は不幸ではなかったけど、西山の家族を想うと複雑な気持ちになるわ。でも今は奏のことが大事ね」


 奏は話を聞いていたが、何も言えなかった。理解はしているだろうが叔父の重い過去を知り、悲し気な顔になっている。


「康、あなたの話は聞いたわ。幼い頃からむちゃばかりして、みんなを心配させるのはよくないことだわ。西山のお父さんからも聞いたけどあなたはマネージャーをやめてお父さんの秘書になるべきよ。それで美咲さんがあなたと結婚して支えればがんばれるわ」

「うわー、美咲ちゃんが康叔父さんと結婚するんだ! いいなー!!」


 母親の言葉に奏は食らいついた。少しませているが結婚は女の子なら誰でも憧れるものだ。


「……僕はまだやめるとは言ってないよ。でも父さんの提案を否定するつもりもないんだ。まだ決められないんだよ……」

「まあ、すぐやめろとは言わないさ。親父さんも急かすつもりはないんだろ?だがお前は自分の立場を軽んじている。美咲たちのような特別な人間を庇って死ねば本望と思っているよな? 俺たちはお前が大好きだ、お前が死ねばお前を愛する者の数だけ迷惑なんだよ。彩花さんや奏さんもな」


 康がうなだれていると、克己が厳しい口調で言った。


「……奏はこちらに住ませます。学校も転校させますわ」

「え? こんなさびれた町より、都会の方がいいじゃん?」

「……この子は学校だと居場所がないんです。演歌が好きなのですがおじいさん臭いと馬鹿にされるし、花菱のお父さんの影響で、政治家の孫娘として教師たちは蝶よ花よと扱われる始末です。こちらは石原さんの活躍で過ごしやすくなったと聞きます」


 やすむの問いに彩花が答えた。奏はしゅんとなる。動画配信は気軽に素人を有名人にするが、いいことばかりではない。悪い意味で目立つとやっかみを受けたり、思わぬトラブルも招くだろう。さらに花菱縁達は大臣を務めたこともあり、教師たちもいじめに目を光らせているが、保護者たちは奏を腫れものとして扱っていた。


 佐鰭田町の学校では石原克己がバイセクシャルやマイノリティーの講義をこまめに行っていた。自分の子どもが小学校に通うのだ。親のせいでいじめに遭わせてはならんと、教師や保護者に説明し、学校でも同性愛者について語っていた。同性愛者が嫌われるのは、世間がよく知らないためだ。同性愛者は異常ではない、さらに学校側でもそれらの教育に配慮することで、生徒が増えると説得したのである。事実、障害を抱えるこどもが入学することが多くなったそうだ。

 さらに地元には秋本美咲が身近な存在として溶け込んでいる。奏が転入しても問題ないと思われた。


「では今日からあなたはセイレーンの一員です。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします!!」


 美咲の問いに奏は元気よく答えた。


「というか美咲っちのファンなんてね。演歌なんかお年寄りが聴くもんじゃん。あーしみたいなギャル系が受けるっしょ?」


 やすむが奏に近づくと、彼女は不快な顔になった。


「ごめんなさい。奏はお姉さんのような派手な人が苦手なんです。あっ、男の人でしたよね? クラスの男子よりとってもキレイです!!」

「……そりゃありがとさん」


 奏の言葉にやすむは微妙な顔になる。


「しばらくは学校に通いつつ、休日には動画配信をするわよ。私の知人に演歌の作詞家がいるからオリジナルの曲を歌おうね」

「わーい嬉しいです!! 奏は美咲ちゃんの他に、横川先生や大山先生、山岸先生や島袋先生のカバーした歌しか歌ってません!!」

「あはは、先生たちが聞いたら喜ぶわよ。奏ちゃんがセイレーンに入ったと知ったら、先生たちが奏ちゃんとコラボしてくれるわよ」


 美咲は優しい口調で奏に言った。奏は無邪気に喜んでいる。やすむはその笑顔を見て心が和んだ。だが複雑な心境となった。康はいつかやめるかもしれない。そしたら自分もやめるのか? しかしマイノリティーな自分が生きる場所はここしかないのだ。康がいつまでも守ってくれるとは限らない。そうなると心の中で恋しさとせつなさと心強さとが反発するのであった。

 花菱奏は、昭和の漫才師、花菱アチャコを参考にしてます。祖父の縁達は相方の横山エンタツです。

 奏は適当に付けました。康の家庭がますます複雑になって来たのは作者でも驚きです。西山葛男は人間のクズだからです。悪役はダジャレとかにしてます、モデルの人に失礼ですからね。

 康の兄、法男は西川のりおを意識してます。彩花は適当です。夫の名前は出す予定はないですが良夫よしおです。のりお・よしおを意識してます。花菱の祖母は茶子ちゃこです。

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