第13話 あの素晴らしい愛をもう一度
題名のあの素晴らしい愛をもう一度は、ザ・フォーククルセダーズの北山修が作詞、加藤和彦が作曲した曲です。
「うわぁ、人が一杯だぁ」
玄姫やすむこと、本名岩佐歩は呆気に取られていた。ホテル北村グループでとびきり上質なホテルで義兄の岩佐康と演歌歌手の秋本美咲が結婚式を挙げる。
歩は結婚式のための黒スーツを着ていた。さすがにギャルファッションは結婚式にそぐわない。
看板には西山康と秋本美咲の結婚式場と書かれていた。康は西山の姓に戻したのだ。新郎側は政治家の西山夫妻と育ての親である岩佐夫妻が参加し、新婦側は山本夫妻が親代わりに参加していた。美咲の異母妹のナンシー・キャリー・ブラウンこと、山本夏希の両親である。美咲の両親が亡くなった後は彼らが美咲の保護者となっていた。ナンシー以外は普段北海道に住んでおり、盆やクリスマスに会いに来るのである。
「セイレーン側はもちろんですが、新婦側も豪華ですね。政治家の花菱縁達さんから、与党の議員が参加してますね」
これは佐倉優希だ。腰まで伸びた茶髪に清楚な顔立ちと雰囲気のある女性、に見える男だ。こちらは純白のパンツスーツを着ていた。
「政治家が結婚式に参加していいわけ?」
「公職選挙法で禁止されているのは寄付であって、出席は禁止されてませんよ。露骨な政治アピールや、本人ではなく秘書に祝儀だけ渡すのは禁止されてますね」
歩の疑問を優希が答えた。豆類テレビが来ており、カメラを回している。
出席者はセイレーンの社員はもちろん、タレントたちも出席している。さらに美咲の師匠である横川尚美に兄弟子である大山和美に山岸秀代、島袋藍も出席しており、その弟子たちも大勢来ていた。さらに蒼井企画のタレントたちも出席している。
レポーターの益子美代は出席者にインタビューをして回っていた。
「美咲ちゃんの結婚式、すごく楽しみです!!」
ちょこんと出てきたのは10歳ほどの女の子で、ピンクのドレスを着ていた。花菱奏で、康の姪である。彼女はセイレーンに所属しており、地元の小学校に転入したのだ。
奏は結婚式の空気に興奮していた。
「つーか、おにぃがこんなの望むのかな? うちの事務所でちんまり祝った方がいいと思うけど」
「その気持ちはわかりますが、新郎新婦側としては大々的に披露宴を行うことで、康さんに責任を負わせたいのでしょう。あの人は自信を卑下しすぎです。結婚式を行うことで出席者を裏切られない空気を生み出すのが目的なのですよ」
「優希お姉ちゃんは物知りですごいです!!」
優希の説明に奏は純粋に褒めた。優希は奏の頭を優しくなでる。歩はなんで優希はお姉ちゃん呼びなんだよと毒づいた。
そのそばで二人組の男女がいた。紫のゆったりしたドレスを着た女性と、黒いスーツを着ている男がいる。
烏丸りかと、新しいマネージャー齋藤柴陽だ。柴陽は大学を卒業したてでセイレーンに所属した。実はりかの幼馴染であり、彼女の才能に惚れていたのだ。彼はりかを世界に羽ばたかせようと大学時代は芸能関係の勉強を重ね、コネを作った。もっともりかはセイレーンに所属し、有名になったが、それでも彼女を守るためにセイレーンに入社したのである。そもそも大学時代にセイレーンの副社長である石原克己が教育したのだ。大学時代に弁護士の資格を取り、法律にも強い。ただりかに固執する傾向が強いのが難点だ。
「りか、なんか具合が悪そうだな。大丈夫か?」
「うん、なんか吐きそう。雰囲気に酔っているかも……」
りかは顔色が悪い。無理して出席しなくていいと言ったが、出席したのだ。
「りかっち、つらそうだね。休んでいればいいのに」
「同じ康さんの棒姉妹同士、このイベントは避けられませんからね」
「棒姉妹ってエッチした人のことですよね? 康おじさんとエッチしたんですか?」
歩たちが会話していると、柴陽は顔をしかめた。康がりかと寝た話を聞いた時は、康の顔面を殴りつけた。もっとも社長の美咲からは、「よくやった」と褒められたが。りかは康と寝たから柴陽とは付き合えないと突き放したが、逆に柴陽はりかを抱いた。マネージャーが商品を傷ものにしたのだが、美咲は社内の自由恋愛を推奨した。ただし事務所で大っぴらにやらず、寮でやれと命じた。
「だけどあんたよくこれたよね。おにぃを諦めたんじゃないの?」
「私は正妻を諦めただけです。これからも愛人として康さんの肉便器になりますわ」
「はぁ!? あーしがおにぃの肉便器なんですけど!! あんた図々しくね!!」
「男だから不義の子が生まれる心配はありません。あなたも康さんの愛人になればいいじゃないですか。勝つのは私ですけどね」
「ちょっ!! 勝つのはあーしだし!! あーしのほうがむちむちしてて抱き心地サイコーだし!!」
「それはデブっているだけですよね? 私のようにスレンダーかつ肉付きの良い体ほど康さんの好みなんですよ」
歩と優希が言い争っていると、美咲がやってきて、二人の頭に空手チョップをかます。彼女は純白のウェディングドレスを着ていた。
「あんたたちねぇ!! 人の結婚式で愛人発言なんかするんじゃないわよ!! 特に優希!! あんたは人気舞台俳優なんだからスキャンダルになるでしょうが!!」
「私は康さんの愛人になれるなら、名声なんかどうでもいいです。個人で会社を立ち上げてますから、康さんに養ってもらう必要はないですね」
「あっ、あーしだって色々資格持ってるし!! 芸能界干されてもおにぃの愛人の方が大事だし!!」
「だから愛人愛人と連呼するな!! この色情魔どもが!!」
美咲は切れて二人の頭をテーブルに押し付けた。
「うわぁ、美咲ちゃんが怒ってる!! 愛の三角関係どころか四角から五角関係になりそう……。奏も混ざっていいですか?」
「それはだめ。さすがに奏ちゃんは娘みたいなもんだし」
「わぁい! 奏は美咲ちゃんと康おじさんのこどもなんですね、嬉しいです!!」
奏の無邪気な言葉に美咲は毒気が抜けた。その様子は周囲に駄々洩れであり、ほほえましい笑みが響いていた。
さて結婚式はつつがなく進んだ。新郎側は生みと育ての両親が挨拶し、新婦側は美咲の義理の両親が挨拶した。セイレーンからは副社長の石原克己がゴシックなメイド服を着てスピーチし、歩が所属していたムジナックスの社長、木常狸吉や、蒼井企画の社長、蒼井慎吾が祝福の言葉を述べた。落語家の雄侠亭六葉と夫の剛侠亭剛龍夫妻も一緒である。
政治家側は康に期待をかける言葉を投げていた。露骨な政治アピールは控えている。
するとりかが吐き気を催した。柴陽はりかを連れ出し、ホテル側が随時待機している医者の元へ連れていく。
50代の丸っこい医者は顔をしかめていた。
「おめでたですな」
りかと柴陽はぽかんとなったが、すぐに目を丸くした。
結婚式が終わった後、セイレーンの事務所でりかはこのことを美咲に報告する。妊娠3か月らしいが、柴陽は2か月前に入社したので、実質的に康の子供と言うわけだ。
康はそのことを聞いて、真っ蒼になるも意を決して口を開こうとしたが、美咲に止められた。
「先を越されたけど康の子なら全力で応援するわ。りかはうちをやめる必要はないわよ」
「……自分よりはらませたのに、美咲っちは怒らないわけ?」
「もちろん、怒り狂っているわよ。でもりかって康と一発やっただけでヒットしたわけじゃない。被害者よ。正妻の私が責任を持つのは当然ね」
美咲は自信満々であった。
「うわぁ、できちゃった婚なんですね!! 奏初めて見ました!!」
「一生見なくてもいいことだけどね。奏ちゃん、康は人間のクズだから見本にしちゃだめよ。でもこんなクズだからこそ、奏ちゃんに手を出す可能性も高いから気をつけなさいね」
「はーい!!」
奏が無邪気に返事をすると、康は暗くなった。当然だろう。結婚式の当日に関係した女性が妊娠していたのだ。さぞかし新婦側は激怒していると思いきや、康の生みの父親、西山清志は冷静だった。
一方で歩の気持ちは複雑だった。りかより康と肌を合わせているのに、歩は男なので妊娠はできない。快楽だけなら何とかなっても、それだけの関係だ。今は若いからいいが年を取れば皴が増え醜くなるかもしれない。歩は今のままでいいのかと悩みだした。
「康さんの子供なら私の子供も同然じゃないですか。たくさん可愛がってあげませんとね」
優希が首を出した。彼は無関係なのになぜか事務所にいたのだ。
「……あんた、歳を取れば醜くなるかもしれないんだよ。今はいいけどそうなったらおにぃは離れていくに決まっているよ」
「私は常に美しくあろうとしています。美容や食事には気を付けていますよ。50歳、いいえ還暦を迎えても康さんにふさわしい愛人を目指してますから」
その堂々とした態度に歩は目からうろこが落ちた。自分がどうなるかは自分次第だ。常に康のために美貌を気を付ければいいのだ。それに気づかなかった自分を恥じた。
「……うん!! あーしも女を磨く!! おにぃにふさわしい女になる!!」
「その意気ですよ。競争相手がいなければ、私も獣のように醜くなるだけですからね」
「あーしは負けないから!!」
そう言って歩は優希にライバル宣言をするのだった。
「いや、正妻は私だし。愛人なんか認めないから」
美咲が忌々しそうにつぶやいた。康は何も言えなかった。
りかが妊娠して終わりです。わりと普通に終わりました。ブラッククノイチの連載が終わったらりかが主役の連載を始めます。
優希はセイレーンで失敗したライバルキャラのリベンジですね。男でありながら決して康を諦めないキャラで、やすむの沈んだ気持ちを引き上げる、良い意味のライバルとなりました。
柴陽は齋藤飛鳥さんと平野柴陽から取りました。彼がりかの相手役になります。




