第7話 誰よりも君を愛す
題名の誰よりも君を愛すは松尾和子・和田弘とマヒナスターズの曲です。
「ふぅ、いい天気ね」
ここは病院の敷地内にあるベンチだ。すでに夕陽が沈みかけており、周囲を赤く染めている。芝生が海のように広がり、木が規則正しく生えている。看護師が患者を車椅子に乗せていたり、子連れの親子などが談笑していた。
玄姫やすむと佐倉優希は同じベンチに座っている。やすむは金髪の黒ギャルで、優希は茶髪ロングの色白の美女だが、中身は男なのだ。
優希は余裕があり、やすむは口をへの字に曲げて苛立っていた。あまり仲良くしたくないと思っている。
「私、本当はあなたが好きなんです」
突然の告白にやすむは噴出した。こいつは何を言い出すのだ。
「一目見てあなたが気に入りました。あのマネージャーはあなたと絡むためのきっかけにすぎません。そうでなければあんな地味で存在感のない男なんか相手に―――」
「ふざけるなぁぁぁ!!」
優希の言葉にやすむは激怒して立ち上がった。自分の悪口は許せるが、兄の岩佐康の暴言は絶対に許せなかった。
「申し訳ありません、冗談です。本当は私も康さんが好きなんです」
「なんだそうか……、って、ええええ!!」
優希も立ち上がって頭を下げる。やすむは一瞬表情が緩やかになったが、優希の言葉に激しく反応した。
「昔の私はお父さん、シュガーとしおの息子として扱われてきました。誰も自分を見ておらずお父さんと繋がりたい人ばかりでした。さらに私は昔から男らしくないので、馬鹿にされてきたのです。高校生の時にお父さんの劇団に入団しましたが、みんな私を腫れもの扱いにしてましたね。ある日、劇場で康さんと出会ったのです」
優希は目をつむり、ベンチに座る。当時の優希は性同一性障害故に男らしさより女らしく生きたいと思っていた。だが大物芸能人であるシュガーとしおの息子として扱われ、彼の息子にふさわしい振る舞いをしろと圧力をかけられてきたのだ。
父親に対して恨みはない。彼は優希の性質を理解しており、女の子らしい部屋や服装を認めていた。しかしシュガーとしおの息子としては隠さねばならぬと、学校では押し殺していた。
劇団サクラに入団して自分を変えようとしたが、誰もが自分ではなく後ろにいるシュガーとしおしか見ておらず、自分の意思を持てずにいた。
17歳の頃、劇場でレッスン中に康と出会った。当時康は秋本美咲のマネージャーとして売り込みに来ていたのだ。美咲は演歌歌手だが、舞台に上がれると思ったからだ。
康は人と離れている優希に声をかけた。
「こんにちは。君は新人の佐倉優希くんだね」
「!? 私のことを知っているんですか?」
「もちろんだよ。劇団のメンバーはすべて覚えてから営業に来ているからね」
康の言葉に優希は驚いた。すぐに顔が曇る。
「じゃあ、私の父親がシュガーとしおであることも知ってますよね?」
「うん、知っているよ。他の人にはない素晴らしい才能だと思うな」
「才能、ですか?」
康が笑顔で答えた。としおの息子であることが才能だと初めて言われた。それに彼は自分に対して卑屈ではない。みんなとしおの怒りを恐れてへこへこしているのだ。
「僕も父親が特別なんだけどね。父さんはいつも僕に自分を踏み台にしろ。息子が上に立てるなら本望だと言っていたんだ。君もシュガーとしおの息子であることを生かすといいよ。あの人に会ったことがあるけど、利用できるものはなんでも利用するべきだと言っていたね」
優希はそれを聞いてはっとなった。としおはいつも自分を頼れと言っていた。だが優希は父親の意向を笠に着るのが嫌いで自分を殺してきた。いつも一人でいる自分に対して悲し気な表情を浮かべる父親の顔を思い出す。
☆
「あの日以来、私は父の名を利用することにしました。どうせ一生シュガーとしおの息子であることから逃げられないのです。なので自分のやりたい舞台をやるために、父さんの名を出して無理やり配役と演出家を変えましたね。まあ、それは一回こっきりにしましたけど。次の日から堂々と女性の格好をしましたね。周りはシュガーとしおの息子として恥ずかしくないのかと非難しましたが、お父さんは私がそれをしたいならすればいいと擁護してくれました」
優希はふっと息を吐いた。どこか晴れやかな表情だ。やすむも話を聞いて何とも言えなくなった。自分は有名人の両親はいないが、性同一性障害に悩んでいたことがあった。悩みを解決してくれたのはやはり康だった。つまり二人にとって康は人生の恩人なのだ。
そんな康は海の父親から政治秘書になれと言われた。自分と離れ離れになるのは嫌だが、康が自分や美咲をかばって無茶をするのは我慢ならなかった。
自分はどうすればよいのか、やすむの頭はどんよりとしていた。
「どうか、どぉぉぉか!! わたくしの番組に出てくだされぇぇぇ!!」
突然優希の前に一人の男が土下座した。白髪頭の七三分けの中年男だ。眼鏡をかけており神経質そうな顔つきだ。まるでネズミのようである。高級そうな背広を着ているが、どこか着せられている感じがした。
「あんた誰?」
「お前なんかに名乗るななどないわ!! シュガーとしおの息子様!! わたくしは帝国テレビのプロデューサー、名庭木勇堂と申します!! ぜひあなたにわたくしの番組に出演していただきとう存じますぅぅぅ!!
名庭木はやたらと大きな声を張り上げている。周りの患者や看護師は怪訝そうな顔になった。周りの迷惑など全く無視している。
優希はそれを見てため息をついた。
「帝国テレビですか。私のお父さんは二度と出演しないと言ってます。理由は私が生まれた時、病院に押し入り、出産したばかりのお母さんにインタビューを求め、生まれたての私をカメラで撮影したためです。さすがのお父さんも激怒して一生出演しないと誓ったはずです。それは私たち家族も同じで出演依頼は一切拒否すると通告したはずですよ」
優希は冷たい視線を名庭木に向けた。やすむも優希の話を聞いて、出演拒否したくなる気持ちが理解できた。
「ええい、関係ありませぬ!! あの企画はわたくしの目玉でございました!! それなのに上のやつらはわたくしを冷遇し、ろくな番組を担当できませんでした!! もうじき定年退職のわたくしを救うと思って、助けてくだされ!!」
「そんなこと言われても困ります。マネージャーを通してください」
「マネージャー如きと話などしたくありません!! あなたが出演してくれればとしおさんも出演してくれるに決まっています!! あなたが出演してくれるまでわたくしは動きません!! ええ、動きませんとも!!」
名庭木の行為にやすむは呆れていた。完全に自分の都合だけを押し付けている。
「あなたが出演していただければスピーチヒーローをもっと盛り上げられます!! そうすれば発表された出場者など排除してあなたの引き立て役になる芸人をそろえることができます!! それをわたくしの手柄にすれば役員の椅子は間違いなし!! わたくしを馬鹿にしたやつらを蹴っ飛ばしてやれるんです!!」
「それってあんたの都合だけじゃん!! そんな勝手な理屈で番組を作るなんてサイテー!!」
「さっきからなんだお前は!! 私はシュガーとしおの息子様と話をしているんだぞ!! 余計な口を挟むな!!」
やすむが抗議をすると名庭木が立ち上がった。やすむに対して敵意の目を向けている。一瞬やすむはひるみそうになるが、勇気を振り絞って叫んだ。
「さっきから優希をシュガーとしおの息子としか言ってないじゃん!! あんたみたいに人の肩書しか見ない奴なんか冷遇されて当然じゃんか!!」
「なんだと貴様!! よく見れば男じゃないか、おかま野郎が偉大なる私に口答えをするな!! お前なんか日陰者としてこそこそ暮らしていればいいんだよ!!」」
名庭木は激怒し、やすむに指をさした。さらにやすむの胸ぐらをつかみ、揺さぶる。さすがのやすむも恐怖で顔が引きつり、涙目になった。
「はい、撮影させていただきました」
後ろから声がした。優希はいつの間にかスマホを手にしている。
「あなたの行為は録画してSNSに流しました。あら、すでに大炎上してますね。私には知ったことじゃありませんが」
「ええええええ!! なんてことを!! 早く削除してください!! なんでそんなことをするんですか!!」
「あなたの蛮行を見逃すわけにはいきません。こういうのは速攻で行動しませんとね。あなたの定年が早まることは間違いないでしょう」
優希の言葉に名庭木はパニック状態になった。今の世の中SNSですぐに情報は拡散される。帝国テレビが冗談だと庇っても世間は許さないだろう。シュガーとしおも勝手に息子に番組出演を強要されれば堪忍袋の緒が切れるはずだ。そうなれば名庭木の未来は暗い。ただでさえ問題を起こしたのに、さらなる火種を持ち帰ったのだ。定年退職どころかクビになってもおかしくない。
「きしゃまぁぁぁぁ!! ゆるしゃんぞぉぉぉぉぉ!!」
名庭木は優希に殴りかかった。だが病院側から警備員が飛び出し、彼を押さえつける。
「はなせぇぇぇぇ!! 俺は偉大なる名庭木勇堂であるぞぉぉぉぉぉ!!」
彼は病院が警察に通報し、連行された。シュガーとしおはそれを知り、大激怒。一生帝国テレビには出演しないし、一切の取材も拒否すると発表した。それを聞いた帝国テレビ側は首脳陣が謝罪するも、一切受け入れない。名庭木はクビにしたが人を安易に切り捨てる帝国テレビとは絶対関わらないと記者会見したほどだ。
やすむは優希の態度を見て、嫉妬と尊敬の念を抱いた。自分ではあのようにスマートな対応はできなかった。優希は以前康に対してマネージャーになってくれと言った。優希なら康に頼らなくてもなんとかできるのではないか。そうなるとやすむの心の中は雨雲のようにどんよりと広がっていくのだった。
名庭木勇堂の由来は、青木雄二先生のナニワ金融道がモデルです。
なんとなく芸能界の闇にふさわしい名前だと思いました。




