第6話 夕陽が泣いている
題名の夕陽が泣いているはザ・スパイダーズの曲です。
「康の馬鹿!! ほんと馬鹿!!」
とある病院で金髪碧眼の美女、秋本美咲は激しく怒っていた。ここはナイフで腹を刺された岩佐康が入院している個室だ。美咲は黒いスーツを着ており、顔が歪んでいる。康はベッドの上で美咲をなだめていた。
ベッドの横には金髪黒ギャルに見える男の娘、玄姫やすむこと、本名は岩佐歩が椅子に座っていた。
「静かにしてください。個室でも他の患者さんたちに迷惑ですよ」
50代の三角眼鏡をかけたお局ぽい女性が戸を開けて注意した。この病院の看護師長だ。看護師長は入院患者を管理するので院長並みに発言力があると言われている。美咲はすぐすみませんと頭を下げると、看護師長は「気持ちはわかりますが、小声で注意してくださいね」と小声で忠告して去っていく。
「美咲、興奮しすぎだよ。傷は大したことなかったんだからさ」
「傷はいいんだよ!! おにぃが無茶なことしたから怒っているの!!」
今度は歩が立ち上がり、顔を真っ赤にして怒っていた。
「お静かに」
看護師長が顔を出して叱る。声は高くないのに、どこか重い感じがした。まるで母親に叱られた気分になる。歩も頭を下げて謝罪した。
「今はsnsで話題になっているわ。現役Vチューバー、落ちぶれた元芸人に襲撃されるってね。しかもマネージャーのあんたが庇ったから熱情的になっているわ。タレントを命がけで守るマネージャーってね。逆にテレビのワイドショーだと、やすむのせいで芸能界を追放されたから天罰が下ったと、オールドメディアが騒いでいるわ」
美咲が説明してくれた。康をナイフで刺した大馬鹿太は現在も逃走中だ。vチューバーというわけのわからない職業を忌み嫌うオールドメディアは事件が起きたのはやすむのせいであり、vチューバーのせいだと一斉に攻撃し始めた。snsでもやすむのアカウントに誹謗中傷の書き込みが爆発し、アカウントを閉じる羽目になった。やすむが所属していた、vチューバーを多く所属しているムジナックスも非難の対象となった。
とはいえsnsではやすむに対して同情的な人間も多く、シュガーとしおも事件に巻き込まれたやすむを案じる発言をしていた。病院ではオールドメディアが康にインタビューしようと押し掛けてきたが、看護師長は他の患者に迷惑だからと立ち入りを禁止した。無理やり敷地内に入ろうとしたマスコミに対して、警備員を呼び、病院内の備品を壊させてから警察に通報し、逮捕された。そのため病院は静かなものである。
「そうだ、康のお父さんとお母さんが来るってさ。病院に来る前に連絡があったよ」
「そうなんだ。でもあーしには連絡が来てないんだけど……」
美咲の言葉に歩が疑問を抱くと、ノックの音がした。康がどうぞと声をかけると一人の男が入ってきた。
日焼けした肌に180センチは超えている巨体。どっしりとした肉付きに高級そうな背広ははちきれそうであった。70歳ほどの年齢だが目つきは鋭く、頭は禿げ上がっており、顎鬚が生えていた。
「お父さんおひさしぶりです。お母さんは?」
「母さんは入院の世話のために準備をしている最中だ。私は忙しいから一足先に来たのだ」
康と男のやり取りを見て、歩は疑問を抱いた。なんで兄はこの男をお父さんと呼ぶのだろう。
しかもこの男はどこかで見たことがあるのだ。どこだっただろうか。
男は歩の方を向くと、右手を差し出した。
「初めまして、西山清志と申します。あなたは岩佐花子さんの娘さんですね。康がお世話になっております」
岩佐花子は歩の母親の名前だ。それに西山清志の名前は聞いたことがある。確か元総理大臣の名前のはずだ。
「えええええええ!! なんで元総理がおにぃのパパなわけ!!」
歩が大声を上げて驚くと看護師長が首を出した。
「お静かに」
そう言って首を引っ込める。歩はごめんなさいと謝った。それを見て美咲はやれやれとため息をついた。
「康の家庭環境は複雑なのよ。あんただって知ってんでしょ? 康はあんたんとこの養子だって」
それは聞いたことがある。遠い親戚と言っていたが詳しくは知らなかった。
「それについて私が説明しましょう」
西山は説明してくれた。自分の家系は代々政治家を輩出しており、国立大学を出て政治の道を歩んでいた。実は康には6歳年上の兄がいたのだが、康が6歳の頃、いじめに悩んだ挙句自殺したのだ。もちろん西山は激怒したが、いじめた相手も家庭環境が悪く、いじめをしないと自我を保てないことを知ったのだ。
西山は総理大臣になっても康の教育に手を抜かなかった。自分に相談をせず命を絶った長男の二の舞にはさせまいと康に勉強を強要させた。康だけ徹夜させて自分はぐっすり寝る、わけではなく、つきっきりで勉強を教えていたのである。
ところがそうした生活が西山の体を悪化させた。さらに当時は野党だけでなく与党からも嫌われていたのだ。あまりにも自他とも厳しすぎる姿勢は息が詰まるのである。
与党の議員からは康を虐待していると訴えられ、マスコミもそれに乗っかり、西山を徹底的に攻撃した。自分だけでなく、妻や康も疲労していき、彼は辞任に追い込まれた。それでも彼は自分を反面教師にするよう康の教育に力を入れていたのだが、脳溢血を起こし、植物状態になってしまったのである。
倒れる寸前に自分にもしものことがあったら秘書の岩佐花子に任せると命じていたそうだ。康は花子の養子となり、西山家と離れることになったのである。
「そうだったんだ……。おにぃをいじめて楽しむ毒親と思ってた」
歩がぽつりと口にしたが、美咲が慌てて止めた。だが西山は涼しい顔をしている。
「そう思われても仕方ありませんな。私は息子一人守ることができなかった。康が虐待した私を無視してもおかしくなかったが、妻から康は毎月一回は見舞いに来てくれたと教えてもらい、感動したものです」
それを聞いて康は笑った。本来西山は永遠に目を覚まさなくてもおかしくなかったが、1年前に奇跡的に覚醒した。そしてリハビリを兼ねて体を鍛え、21年分の知識を蓄えた結果、彼は議員として当選して復活を果たしたのである。
「ところで私は康に言いたいことがある。今すぐ仕事を辞めて私の秘書になれ!!」
そう言って西山は康に指をさした。康は何も答えない。歩は怒り出した。
「なっ、なんで!! 芸能事務所は人間のクズだって言いたいわけ!!」
「お静かに」
歩がいきり立つと、看護師長はドアから首を出してやんわりと注意した。再び謝る歩。
「そんなわけないだろう。私が康を秘書に勧める3つの理由がある。まず事務所のマネージャーは3名補充されている。元々康の負担を軽減するためだ。もっともこいつは休暇を無視して勝手に働くからな」
西山に指摘されると康はうつむいた。美咲はもっともですとうなずく。さらに西山は指を2本立てた。
「2つめはお前の才能は政治家向けだ。キツネ御殿時代からお前は根回しをして地固めをしてきた。政治家は派手に見えるが士気の高さと横の繋がりが重要だ。お前は小学生の頃からそこにおられる秋本美咲さんのために根回しをしていただろう。彼女が演歌歌手として大成したのはお前の地道な努力のおかげだ。縁の下の力持ちとはこのことだな」
西山に褒められて康は照れる。歩はそれを見て嬉しくなった。だが西山は指を3本立てると厳しい口調で言った。
「そして最後、これが重要だ。セイレーンの皆さんはお前に辞めてもらってほしいと思っている」
それを聞いて康はそんな馬鹿なと声を荒げた。歩も怒ったが、美咲は反論しない。
「自分の胸に聞いてみろ。今回もそうだがお前は自分の体を軽視しすぎている。中高生時代は何度美咲さんのためにけがをして入院したと思っている。大学時代も石原さんたちのおかげで事なきを得ているが、むちゃばかりをするお前を心配しているぞ。お前は凡人で美咲さんや歩さんのように才能のある人種を尊敬し守りたいと思っているだろうが、やり方が極端すぎる。今の事務所にお前がけがをして喜ぶ人間はいない。いつかお前は自己犠牲に酔いしれ、自滅しても喜ぶだろう。そんな人種を事務所が置くと思うのか?」
西山の言葉は正論だった。美咲も体を張り続ける康を心配していた。だが歩は感情を爆発させる。
「お兄ちゃんはすっごく優しいんだ!! 私みたいな人間でも普通に扱ってくれるんだ!! そんなお兄ちゃんを事務所のみんなが嫌うなんてありえない!! 訂正してよ!!」
「嫌ってない。大好きだから言っているのよ」
美咲は冷静に歩を諭す。
「康は私もそうだけど、大学時代から克己さんたちに対して普通に接していたわ。マイノリティはノン家に嫌われるか警戒されるけど、康はそうしなかった」
「うん、お父さんからは職業を差別するなと言われてきたからね。かといって犯罪を認めているわけじゃないよ」
「あんたが政治秘書になって、政治家になり、マイノリティたちのために法案を作る。西山さんはそれが言いたいんでしょうね」
美咲の言葉に西山は首を縦に振る。
「ふざけないで!!今まで寝てたくせにお兄ちゃんの将来に口出ししないでよ!!」
「他の患者さんの迷惑です。出てってください」
歩が興奮すると看護師長は歩の首根っこを捕まえた。こめかみに青筋が浮かんでいる。歩は病室を無理やり引き出された。時刻はすでに夕陽が見えている。まるで夕陽が泣いているように見えた。
「あら、やすむさんじゃないですか」
そこに一人の女性と出くわした。茶髪で腰まで髪が伸びた美女だ。白いスーツを着ている。だが中身は男だ。佐倉優希であった。
「先ほど西山議員が入っておりましたね。確か康さんのお父さんでしたか。ここは親子水入らずを邪魔してはなりませんね。中庭でお話ししましょうか?」
「なんであーしが……」
歩は拒否しようとしたが、優希が歩の右手を掴む。万力のような強さで引っ張られ、歩は中庭に連れてこられたのだった。
西山清志はやすし・きよしの西川きよしがモデルです。
外見はプロレスラーの武藤啓司さんですね。
本来康の父親は康に勉強を強要させて虐待させてましたが、登場するに当たって実際は人格者にした方が面白いと思いました。




