52 二十年前
「その……とてもとても失礼な質問だとは思うのですけど、わたしは今、お相手を命ぜられているのでしょうか?」
若さゆえの真っ直ぐさで、つい言ってしまった。もしも怒らせたら家を潰されかねない失言だ。
しかしこの時間に部屋へ送ると申し出る相手もちょっと失礼だから言われても仕方ない、と考える階級にメイベルは育った。
困ったように、しかし多少の緊張感を持って男性を見つめ続ける。
その男性といえば、目を丸くして「お相手?」と言葉を繰り返した。言葉の意味を理解できなかったのかもしれない。
またしても見つめ合う格好になる。
スープが冷めてしまうわとメイベルが冷静に考えるほど時間が経った頃、男性の顔にみるみる血が上り、手を振り回しながら大慌てで叫んだ。
「ちがっ、違います!! け、決してそのようなつもりで言ったのでは!! ああでもそのように取られても仕方のない発言であることは認めます、貴女がお怒りになるのも無理はありません。お、お待ち下さい、すぐ他の者に供をさせ……っしまった今日は男ばかり連れてきたんだった!!」
驚いたメイベルも慌てて、静かにと口元に指を当てる。こんなに大騒ぎをしたら屋敷中の人が飛び起きてしまう。
「分かっています! 冗談です、怒っていませんから!」
小声で宥めつつ、メイベルは目の前の男性を改めて観察した。
髪をかきむしり自らの失態を恥じて狼狽る姿といい、目は忙しなく動き動揺を露わにしているのといい。
──都会のお貴族様にもこんなに抜けてらっしゃる方がいるのねぇ。
さすがにこれは言えない。
言えないが──吹き出してしまった。
声を立てて笑うメイベルを男性が呆気にとられて見つめてくる。
「申し訳ありません。つい、可笑しくて」
涙を拭って、深々と頭を下げた。
「もう一つ謝罪します。実は今朝から具合が悪いというのは、仮病なんです」
「……仮病? どうしてそのような……」
「父に部屋に閉じ込められまして」
顔を上げて困ったように笑って見せれば男性は父の考えを察したらしい。
なるほど、と呟いて居心地が悪そうに頭を掻いた。
それと同時に腹の虫が大胆に鳴いた。
思わずお腹を押さえる。しかし鳴ったのはメイベルの虫ではなかった。
「………………申し訳ない……実はとてもいい匂いがしたのでこちらを覗いたのです……」
またしても頰をわずかに染めてお腹をさすり、男性は恥ずかしそうに笑う。
メイベルは思わずちらりとテーブルの上のお皿に目を向けた。
スープは一人分しかないが、水を足せば量は増やせる。
「よろしければ召し上がられますか?」
「とんでもない。催促をしたつもりはないのです。あなたのお夕食を頂くわけにはいきません」
生真面目に首を振る男性に、メイベルは小さく笑って口元に手を添えた。
「実は父のお気に入りのサラミやチーズを拝借したので、ご一緒していただけると有り難いのです。叱られた時の言い訳に使えますから」
男性はポカンと口を開けて固まってしまった。黄金の瞳はメイベルを映したまま。恐らくはメイベルの言葉の意味がなかなか頭の中に染みていかなかったのだ。
この男性が普段接するだろう貴族令嬢にはあるまじき台詞だから仕方ない。
──呆れられちゃったかしらね?
ほんの少し心配になったメイベルの前で、男性は突然口元に手をやった。
肩が、体全体が揺れている。
手で押さえても漏れてくるのは笑い声だ。
「し……失礼……御父君の酒肴を拝借するご令嬢には初めて、お会いし……したもの、で……ふふ……」
「我慢せず笑っていただいてもこちらは一向に構いませんが?」
許可を与えてみるも男性は首を振り、まだ唇に笑いを残して背筋を伸ばした。
「喜んで共犯になりましょう」
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