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 フェリシアが身をかがめた先では、ガサゴソと葉が擦れ合う僅かな音とともに見知らぬ男性が地面に這いつくばっていた。

 後ろ姿でもわかるほど立派な身なりの男性だ。


 習った限りで一番丁寧に話しかけた。


「失礼いたします、おじさま。いかがなされましたか?」


 しかし「うぇっ!?」と驚きの声を上げて慌てて体を起こす男性からは、あまり『偉い人』の雰囲気を感じない。優しい蜂蜜色の髪にも服にも葉っぱがいくつも引っかかっている。


「……ああ、いやこれはちょっと…………って君は? 城の侍女じゃないね?」


 あたふたと言い訳しようとした男性はフェリシアの格好を見て首を捻る。


 タイシと夕食に出た時の町娘の服装そのままのフェリシアを不思議に思ったらしい。


「はい。わたしは侍女ではありません。魔王様と共に参りました、人魚のフェリシアと申します」


 地面に膝をついて、丁寧に頭を下げる。


 ──お許しがあるまで顔を上げたら駄目よ。


 サラの教えを反芻して、フェリシアは賢く地面を見つめていたが、今度も返事はすぐにもらえた。


「ああ、魔王様の! どうりで……あ、いやなんでもない。その人魚のご令嬢が私に何か御用かな?」


「何をされているのか気になって。お加減でも悪いのですか?」


「いいや。実は大切なペンダントのチェーンがここで切れてしまってね。遠くに転がってはいないと思うのだけど、あいにく暗いせいで良く見えなくてねぇ」


 それで大の大人が地面で四つん這いになっていたらしい。


 それでも、フェリシアは不思議そうに目を瞬いた。


「誰か人を呼んで探してもらわないの?」


「……ん?」


 葉を払っていた男性は、少し困ったように微笑んだ。


「一人や二人なら手伝ってもらいたいところなんだけどね。私が声をかけてしまうとたくさんの人の仕事の手を止めてしまうから、それは悪いかなと思ってね」


「たくさんの人?」


「うん。ざっと……二、三十人は来るんじゃないかな……?」


 大きな桜色の瞳が驚きに見開かれるのを見て、男性は可笑しそうに笑った。


「この辺りにあるのは分かっているから、大ごとにする必要はないんだ。私のことはいいから、お嬢さんも早く部屋にお戻りなさい。魔王様が心配なされるよ」


「行くところがあるから、まだお部屋には戻らないの。でも……約束してるわけじゃないから、おじさまを手伝ってあげるわ」


「いやいや、いいんだよ。一人でもすぐに見つかるから。ドレスが汚れてしまうよ」


「いいの。そんなの、魔法ですぐ綺麗にできるんだから。でも人魚はあんまり夜目が効かないからなぁ……」


 すっかり探す気になってしまった人魚に、男性は困ったように頭をかいた。


「こんなことなら人を呼んでおくんだったなぁ」


「だって、おじさま言ってたじゃない。一人や二人なら手伝ってもらっても良いって」


 だから私が手伝っても良いはずよと言い張るフェリシアに男性は少し笑って、律儀に頭を下げた。


「ありがたく手伝って頂こう」


 フェリシアも満足そうに笑った。


「どういたしまして。落としたのはこの辺りなの?」


「ああ、ここで取り出したらチェーンが切れてね。この辺りに転がっていったのは見えたのだけど」


 大きさや色などの情報を聞き取って探すも、やはり簡単には見つからない。


「夜目が効く人を呼んだほうがいいかも」


「そうだね、もう人を呼んで探してもらうからお嬢さんは──」


「トガ!」


 突然、フェリシアは上階へと向けて声を上げた。


 驚いて無意識にフェリシアの目線の先を追う。窓からひょいと出てきた吊り目の顔には見覚えがある。


「猫人の族長殿か」


「おやおや、可愛らしい声に呼ばれたと思ったら、何やら面白い組み合わせですなぁ。私も混ぜていただけますかね」


「ねぇ、探し物してるの。どこにある?」


 窓から身を躍らせて軽々と目の前に着地した猫人の族長に、フェリシアは主語もなく話しかける。

 しかし今は猫の耳も尻尾も隠した、どこから見ても人間そのものの猫人は、あっさりと庭の茂みを指差す。


「あのペンダントのことです?」


 茂みに隠れるようにして引っ掛かっていたペンダントが、月明かりを受けてキラリと光った。


「ああ、これだよ! すごいな。良く分かりましたね」


「いつも身につけておられるものなんでしょう? 匂いがついていますから」


 目を瞬いて、思わずペンダントの匂いを嗅ぐ男性をフェリシアはちょっと笑って、猫人の族長へと向き直った。

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