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 硬く強ばった体をほぐし、暗く澱んだ心が温かく和らぐ、優しい暖かさだ。


 安堵の息が漏れた。


 なんだろうか、これは。


 暖かくて、すごく柔らかくて、居心地が良い。


 おまけにとてもいい匂いがする。






「…………? ………………へっ!? ちょ、なっ!?」


 これが何か、ようやく思い至ったキースは回らない舌で懸命に何かを口にして、早く離れなければと必死にもがいた。


 なのにうつむく姿勢のキースの首に腕を回し、抱きついた格好のフェリシアは、恐ろしいほど力強くキースを抱きしめていた。


 必死のキースでもふりほどけないほどの剛力でだ。


「フェ、フェリシアじょ……なっなにを、はな、は、離し、て!?」


 ぎゅううと抱きしめられたまま、キースは舌を縺らせ体を離そうとするが、そもそもこの柔らかい体のどこを押して離せばいいのか。


 極限の混乱状態で手を右往左往と彷徨わせていると、フェリシアの方から体を離した。


「タ、タ、タイシが、落ち込んで、たから……っ慰めなきゃって、思って……」


 フェリシアにとっても一大決心の行動だったらしい。耳まで真っ赤になって言い訳のように言った。


「そっ それなら他のやり方でして! これは、その、し、心臓に悪すぎるから……っ」


「他のって……あ、頭を撫でる、とか……?」


 頭にのばされた手から逃げるようにキースは体をのけぞらせた。


「今はいい! 今はもう落ち込んでない!!」


「本当? 元気になった? 効果あった?」


「有りすぎるよ……」


 激しくなった息を整えて、ほんの少し抗議したキースだった。


 だが、思わず笑みが溢れた。

 混乱しすぎて、なんだか少し可笑しくなってくる。


 あれだけ落ち込んでいたのはほんの数秒前だというのに、今や頭の中は彼女の温もりに支配されて心臓が爆音を立てている。


 ──彼女といると、ゆっくり落ち込んでもいられないな。


「ありがとう。もう大丈夫だよ。……けど次からは別の方法で慰めてね」


 笑顔で礼を言えば、フェリシアは安心したらしく表情を緩め、少し悪戯めいた笑みを浮かべた。


「こんなに効果が高いことが分かったのに?」


「ほとんど劇薬だから駄目」


「それって、なんだか危険薬物みたいな言い方だわ」


 久しぶりにフェリシアの膨れっ面を見られてついにキースはお腹を抱えて笑った。


「またそんな難しい言葉を。本当に、誰が君にそんな言葉を教えたの?」


「サラと魔王様。他にもたくさん難しい言葉を知ってるのよ。えっと、なんだっけ。……そう、魔王様がね、『男は狼だから、二人きりにならないように』ってわたし達に言うの。そうだわ、タイシに会ったら聞こうと思ってたの忘れてた。もしかして人間は狼人族の血を引いてるの?」


「意味が違うし魔王様は君に何を教えてるんだろうね……」


 再会した日に魔王様が自分を殺意を込めて見つめていた理由を何となく察して身震いしたキースだった。


 しかしきょとんとこちらを見つめ返すフェリシアは意味が分かっていないらしい。

 魔王様は何か勘違いしてるのかしらと明後日の方向で首を捻っている。


 一年前と何も変わらない。自分が王子だと知っても態度を変えずに自由に接してくれる彼女が可愛くて愛おしくて、どうしても離れがたくなる。


「本当に夕食は一緒に食べない? 城じゃなくて、外で」


 キースの提案にフェリシアは目を輝かせた。


「外でお食事!? 嬉しい!」


「何が食べたい? この町には大きな貿易港があって、城下町にはいろいろな国の料理屋があるんだよ。もちろん、デザートの美味しいお店も」


「なんでもいい!」


 フェリシアは声を弾ませた。


「タイシと一緒ならなんでもいい!」


「そう? それならタコ料理のお店にしようか」


 わざとらしく笑顔で提案するキースに、フェリシアの表情は一瞬で曇った。「タコ料理なんてあるの……?」としょんぼり言ってくる。


 そのあまりの落差にはつい吹き出して、お腹を抱えて笑ってしまった。揶揄われたことが分かったフェリシアの眦がピンと跳ねる。


「言葉が分かるようになったタイシはちょっと意地悪だわ」


「そうかな?」


「そう。不公平だからあなたの嫌いなものも教えて。今日の夕方はあなたの嫌いなもののフルコースよ」


 そっぽを向きつつ横目で睨んでくる人魚にキースは両手を合わせて「それは許して」と懇願する。実のところ嫌いな食べ物はないキースだが、彼女との、言葉を交わしてのやり取りが楽しくて仕方なかった。


「美味しい魚料理のお店があるんだ。そこに連れていくから、許してくれる?」


「お魚!?」


 一瞬で機嫌が浮上する。人魚だから彼女は肉よりも魚が好きなんじゃないかと思ったが、予想は当たっているらしい。


「仕方ないから許してあげるわ」


「ありがとう。それじゃあ、着替えてくるから一時間後に──」


 久しぶりに見る百面相に笑いを堪えつつ、自らの格好へと目を向ける。

 今の格好のまま町に出ては、貴族であるという名札をつけているようなものだ。

 隠し持っている町人風の装いに変える必要がある。


 ふと靴音がして顔を上げると、廊下の先から二人の男女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


 見覚えのある緑のドレスに、額をピシャリと叩く男の姿。


 頰が引き攣るのを感じた。


 同じく頰を引き攣らせたライルが「これからお出かけですか。その……お二人で?」と問いかけてきた。

ありがとうございました。

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