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 ぐいぐいと腕を引っ張られながら、キースは揺れる金色の髪を茫然と見つめていた。


 フェリシアとの縁談を断り、嘘をついて逃げてきたのは、ほんの数時間前のことだ。

 そしてリディアと会い、ライルから王太子殿下と弟殿下がフェリシアをお茶会に招待したと聞いて駆けつけた。


 ──魔王様と、夕食の約束なんてしていない。


 それなら何故、彼女はあのようなことを言ったのか。簡単に想像がついて、胸に重石が乗せられたように苦しくなった。


 見つめていた背中が急に動きを止めて、ぶつかりそうになった。


「……フェリシア嬢?」


 ここはまだ紫陽花の間を出て少し歩いた先の廊下だ。

 問いかけるとフェリシアは振り返った。


「……お兄様達にウソついちゃったわ」


 項垂れて、長いまつ毛がしょんぼりと下を向いている。


 やっぱりだ。


 この少女は、キースが嫌がっているのを察して、嘘をついてまで約束を反故にしてくれたのだ。そしてそのことについて自己嫌悪で落ち込んでいるらしい。


「君のせいじゃないよ! 僕が自分で断らなきゃいけなかったんだ。君は悪くない」


 慌てて宥めれば、フェリシアの首がゆっくり傾いた。


「どうしてお兄様達との夕食が嫌なの? 二人のお兄様もお姉様もとても優しくていい人達だったのに」


 素直な彼女の問いかけに、次に項垂れたのはキースだ。


 そんなことは、誰よりもよく分かっているのだ。あの方達のことをもう十八年も側で見てきたのだから。


「あの方々は王家の方なのに身分に分け隔てなく接してくださるとても優しい方達だよ。…………だから僕は、それに甘えちゃいけないんだ」


「兄弟なのに甘えちゃいけないの?」


「兄弟じゃないよ」


 今日はエナメルのパンプスを履いている、フェリシアの足元を見たまま、キースは力無く首を振った。


「あの方々は正式な妃殿下からお生まれになった高貴な血筋の王子王女殿下だけど、僕は違う。僕は側女の子だから。あの方達の弟じゃないんだよ」


 フェリシアは大きな目をわずかに見開き、首を傾けた。


 ほんの僅かな逡巡ののちに言った。


『魔族語でもいい? タイシだけ後妻の子供ってこと?』


 難しい話を人間の言葉でするのはまだ難しいらしいフェリシアに、キースも魔族語で返した。


『違う。王妃殿下──オーグスト殿下やアデルダート殿下、ヴィオラ姫殿下の御母君がまだご存命の時に妾に迎えられた女性が僕の母なんだよ』


『それ、知ってるわ。側室ってことよね?』


『少し違う。愛妾だから、非公式の立場で、婚姻もあげていないんだ。おまけに母は貴族でもなかったから、僕は本当なら王子なんて呼ばれる身分じゃないんだよ』


『……でも、お父様は同じ人なんでしょう? それならやっぱりお兄様はお兄様じゃない?』


「違う」


 返した声は恐ろしく硬く、重くなった。


 オーグストもアデルダートもヴィオラ姫も、常々キースを可愛い弟だとはっきり公言している。だが人前であの方々を兄姉と呼べば、こう言われるのだ。『己の分も弁えない、図々しい庶子だ』と。


 その庶子が王妃の養子となっても、キースを見る人々の目は何も変わらなかった。


 それどころか、陛下はあの庶子がよほど可愛いらしい。亡き王妃様や王子王女殿下がお可哀想だとまで噂され、キースにはどこにも居場所がなくなった。




 おまけにあの事件だ。


 あの日、陛下に呼び出されて出向いた先にいたのは見知った面々だった。


 ライルの叔父で公爵家当主のローマン小父さん。

 ゴードンの兄で侯爵家当主になったばかりのダルトン兄さん。


 その二人のそばには表情を硬くしたライルとゴードンも控えていた。


 今日は何か用事があったかなと不思議に思いつつも、その場の厳粛な空気に飲まれて黙っていたキースに、父陛下は言ったのだ。


「ゴードンとライルには、今日からキースの従者になってもらうことにしたからね。これからはお前が、王子として彼らを従え、よく国に尽くしてくれるように」


 何を言われているのか、さっぱりわからなかった。


 二人は特に親しい友人達だ。


 それが、従者とは。


 陛下の台詞に合わせたように、ローマン小父さんやダルトン兄さんが床に膝をついて頭を下げた。


 いつも優しく、親しみを込めて頭を撫でてくれていた人達が自分に跪く姿を呆然と眺めていた。


 ライルも同じようにした。


 ゴードンがわずかに遅れて、しかし憮然と兄に従った。


 この日、キースは友人達を残らず失った。


 兄も姉も失った、翌日のことだった。





「タイシ。わたしはね、エサなの」


 項垂れるキースに、フェリシアはゆっくりと諭した。


『分かってる? お兄様達が本当にお茶会に招待したかったのはわたしじゃない。あなたなのよ』


 そんなものは、言われずとも分かってる。


 突然距離をとるようになった弟に三人がどれほど驚き困惑したか。


 困らせていることがわかっていても、あの方達に可愛い弟だと言われるたびに、嬉しさよりも苦しさが増すようになったのはいつからか。


「…………」


 なんとも返事ができず、フェリシアの方を見ることもできずに足元を見つめ続けていると、突然何かに暖かく包まれた。

ありがとうございました。

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