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「…………」


 フェリシアを映したまま動きを止めた細い目を、フェリシアは恐る恐る見返した。男連中の怯えがこの暢気な人魚にも伝染したのだ。


 しかしそれも束の間。身を奮い立たせてフェリシアは一歩、王女殿下へと歩み寄り、膝をついた。


 タイシの兄と姉に会った時の挨拶はサラから教わっている。兄の時は上手くできなかったが……。


「ごきげん麗しゅう、王女殿下。人魚族のフェリシアにございます。お目もじ叶いましたこと、身の誉にございます」


 噛まずに言えたわと安堵しつつ、返事があるまで顔を下げていなさいと言われた通りにする。


 王女はすぐに返事をくれた。


「ごきげんよう、フェリシアさん。さぁ、立ってちょうだい。目を見て名乗らせていただきたいわ」


 いつもの五倍、いつもの五倍、と念仏のように唱えながらフェリシアはその場に立って、王女殿下のお顔を真正面から見つめる。

 王女殿下は、弟達に対する厳しさを一切消して、柔らかく微笑んでいた。


「こちらの殿方達の姉のヴィオレット・ダイアナ・グランドーラです。遠くからようこそいらっしゃいました。弟が親しくしている人魚のお嬢さんに会えて嬉しく思いますよ。さぁ、まだお茶会は途中でしょう。わたくしも混ぜてくださいな。可愛らしい人魚さんとのお茶会なんて、なんだかわくわくしますわ」


 途中ちらりと厳しい目を年長の弟、オーグストへと向け、後半はまたフェリシアへと笑顔を向ける。

 男達はその笑顔に逆らえない迫力を見たが、フェリシアはそれをじっと見返していた。


 返事をせずこちらを見つめる人魚にヴィオレット姫は内心で首を傾げていたが、動じずにかねてからの願いを口にした。


「本当に、この世のものと思えないほど可愛らしいこと。堅苦しいのは抜きにして、是非わたくしのことは姉と思って親しんでいただけると嬉しいわ。どうせなら姉と呼んでいただきましょうか。ヴィオラ姉様というのはいかが? 可愛らしい妹が出来たらとずっと思っておりましたのよ。可愛くない弟ばかり三人もいるものだから」


 またしても後半を向けられ呻く三人を他所に、フェリシアは首を傾けた。


「キース殿下は可愛くありませんか?」


「可愛かったですよ。小さい頃はそれはもう、ヴィオラ姉様、ヴィオラ姉様と後をついてきて。それよりも幼い頃はヴィオラと発音でなかったのかヴーと呼ばれていました。ああ、あんなにも可愛かったと言うのに、男の子いうのは体ばかり大きくなって」


「王女殿下……」


 キースは顔を赤らめて王女の言葉を止める。幼い頃の話をこの人魚に聞かせられるのは恥ずかしい。そもそも恥ずかしい話も多く知られている相手だから、あまり親しくしてほしくない。


 そんなキースの心を知らず、フェリシアはにっこり笑って返事をした。


「わたしは一人っ子だからお兄様とお姉様が出来て嬉しい。こちらこそこれから仲良くしてね。ヴィオラ姉様」


 返ってきた王女殿下の微笑みはそれはそれは優しく、フェリシアはまたしても確信していたのだ。


 ──お姉様もとっても優しい、良い人だわ。




 結局上の弟達は椅子へと追いやられ、ソファにはヴィオラ姫、フェリシア、キースが座った。


「今日は暑いくらいの陽気ですから、水の中で泳ぐのは気持ちが良いでしょうね」


「そうなの。でもそれ以上に陽気と風が気持ちいいから、よく池の外に出て友達と歌ったりお喋りしたりするのよ」


「まぁ。人魚の歌は幼い子の童話にも書かれているくらい有名なんですのよ。是非聞かせていただきたいわ」


「……えっと、あ、あとで友達に頼んでおくわ」


 困って返事するフェリシアに、ヴィオラ姫はそれ以上追求せず、鈴を鳴らして侍女を呼んだ。


「わたくし達はこのくらい暖かい日には特別なお菓子を食べますのよ。気に入ってくれると嬉しいのだけど」


 運ばれてきたのは真鍮の大きな容器に空の器だ。

 お菓子を入れ忘れたのかと不安げに見てくるフェリシアに姫は微笑みかける。


 侍女が容器の蓋を開けると、中から冷たい空気が降りてきた。


 容器は二重構造になっているらしい。外側の容器には水と透明の塊が浮かんでいる。内側の容器に侍女が長く大きなスプーンを突っ込んで、出てきたのは白い塊だった。


 空の器に盛り付けられたそれを、フェリシアは不思議そうに見ていた。


 お兄様といいお姉様といい、不思議なお菓子をたくさん知っているのね、と感心していたら、その白い塊が端からキラキラと輝いていく。


「このスプーンを使ってちょうだいね」


 まじまじと見ていたフェリシアの眼前にスプーンが差し出される。右手にスプーンを持ち、左手で器に触れて、驚いてすぐに離した。


「冷たい!」


「氷菓の冷たさが器に移って、ひんやりするのよ。冷たいものはお嫌いだった?」


「ううん。驚いただけ。これは食べもの?」


「ええ、そうよ。このスプーンで掬って食べますの。早く食べないと溶けてしまうわ。さぁどうぞ、召し上がれ」


 スプーンを差し込むと柔らかい。ふわふわとした見た目も美味しそうなそれを口に運ぶと舌がひんやりとして、じわじわと甘みが広がる。


「甘くて美味しい!」


「良かった。気に入ってくれたかしら」


「ええ。とっても美味しい! お兄様もお姉様も美味しいものをたくさん知ってるのね。海には甘いお菓子なんてないから、魔王様のお城でしか食べたことなかったの」


「魔王様とはお親しいの?」


 一瞬きょとんとしたフェリシアはキースへと顔を向けた。


「親しいって、友達って意味で合ってる?」


 供されたアイスに困った目を向けていたキースはフェリシアに対して困った顔のまま笑みを作り、答えた。


「広い意味だとそうなるけど、この場合は……」


 その目が一瞬、王女殿下へと向けられる。それを受け取ったヴィオラ姫はにっこり微笑んで頷いた。


「ええ。魔王様はフェリシアさんのお友達かしら?」


「魔王様はお友達じゃないけど、過保護なんだってサラは言ってた。あ……でも、友達じゃないって言ったら魔王様また泣いちゃうかも……?」


 首を捻るフェリシアにオーグストは意外の調子で呟いた。


「あの御仁が、泣く?」


「うん。本当はわたしがこの国に行きたいって言った時も駄目だって猛反対してたんだけど、サラとスライムの族長のニーシャが説得してくれたの。その時にたくさん泣いてたから、友達って言ってあげた方がいいかも」


 この時、王太子オーグストとその弟、そして二人の姉のヴィオラ姫は同じことを考えていた。


 魔王様はこの少女を手放すのを惜しんだ。それだけの立場にいる少女である、と。


 アイスをすっかりお腹に入れて、お代わりされますかと侍女に言われ、目を輝かせて器を差し出している少女を。


 生まれた妙な沈黙を誤魔化すように、弟のアデルダートが笑って言った。

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